田んぼのボルト!――子供とは、夢中になる人である 本質を一瞬でつかみとる

田んぼの詩人たち 近藤康太郎編集委員の「アロハで」外伝(2)

2021.09.29

 朝日新聞天草支局長兼編集委員の近藤康太郎が、九州で百姓・猟師をしているあいだに拾った言葉を語ります。

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田んぼの詩人たち②につくイラスト
イラスト・辛酸なめ子

「走れコウタロー」への恨み 大人になって記事で晴らした

 子供はあだ名をつけるのがうまい。

 名前から文字をとって呼ぶあだ名も多いが、たとえば筆者の場合、小学校には「バーゲン(浅野)」「シーモン(小林)」など、なにがどうしてこうなったのか、分からないあだ名の子が多くいた。

 わたしはながらく「コウちゃん」と呼ばれ平和な日々を過ごしていたのだが、小学高学年から「ウマ」と呼ばれるようになった。競馬を歌ったソルティーシュガーの大ヒット曲「走れコウタロー」からの連想だ。大嫌いだったのだが、ガキはしつこいから、いやがるほどよけい、執拗(しつよう)に呼ぶ。何度殴り合いのけんかになったことか。

 かつて本紙で、歌のモデルになった山本コウタローさんを取材し、その物語を書いたことがある(2013年2月9日付be)。われながら会心の冗談記事で、反響もきわめて大きく、小学生の恨みを大人になって晴らした。言葉とは、いいものである。

いまはサングラスマン かっこ悪いけど代々受け継がれ、あきらめた

 長崎・田結村にあるわが棚田で、近所の小学生の田植え授業を受け持っている。テンガロンハットにサングラス姿のわたしに、小学4年男子がつけたあだ名が「サングラスマン」。かっこ悪い。が、あだ名は代々の学年に受け継がれている。あきらめた。

 大分・日田で文章を教えている私塾に、ギャル原(25)という他社の新人記者がいることは、何度か書いた。田仕事にも手伝いに来る。常軌を逸した大食いのギャル原は、長距離走でオリンピックを目指し、ソフトボールでも強肩キャッチャーだったスポーツ万能女子。足首まで埋まる泥田を、まるでハイヒールでオフィスを歩くみたいに、すたすた歩く。どんな足腰してるんだ。

田んぼの詩人たち②につく写真
ギャル原(左の背中)と小学生。妙なノリで浮かれる

田んぼの上なら人類最速というあだ名 なるほどね

 泥田では子供たちとドッジボールやリレー競争をするのが恒例だ。「代かき」と称した泥遊びである。一度、わたしもドッジボールをしたが、5分で吐きそうになった。

 しかしギャル原は子供相手にまったく手を抜かない。男女別のドッジボールでは強肩を生かして男子の顔面を強打し、リレー競争ではぶっちぎりの独走で女子チームを勝利に導く。負けると、泥田にダイブの罰ゲームがあるので、男子も必死だ。しかし圧倒的な速さに、敵である男子からさえ声援が飛ぶ。

 「ボルト! 田んぼのボルト!」

 田んぼの上なら人類最速というあだ名。なるほどね。
 子供とは、なにか。夢中になる人である。夢中になれる、存在である。周りが見えていないぶん、本質を一瞬でつかみとる。あだ名をつける。だから、小5くらいの子供が複数で叫びあっているときは、重要だ。軽い酩酊(めいてい)と妙な覚醒が矛盾なく同居する、へんなノリがある。

一生を通じて、どれだけ大きな子供でいることができるか

 「でね、そいでね、そのときデストロイヤーがね、4の字固めで……」
 思えばわたしたちも、子供のときは、夢中で話し続けていたものだった。小さな物語を、懸命に語る。

 いまのわたしにも語ることができるはずだ。すべての経験を、どんないやなことであれ、暗い世界であれ、物語ることはできる。言葉とは、そうしたものだ。

 一生を通じて、どれだけ大きな子供でいることができるか――。そう書いたのはショウペンハウエルである。

(朝日新聞熊本・大分版から転載)

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  • 三行で撃つ書影サイズ変更
  • 近藤康太郎(著)
    出版社:CCCメディアハウス

     朝日新聞の名物記者、近藤康太郎編集委員による文章術の実用書です。つかみ(冒頭)の三行、常套句(じょうとうく)は禁じ手である理由、起承転結、一人称、文体、リズム、グルーヴといった技術や心得を25章にわたって紹介しています。文章を書く方法論にとどまらず、書く意味を問い続けます。なぜそう書くのかは自己の変容につながると説き、文章を書くことは生きることだと言います。

  • 近藤康太郎
  • 近藤 康太郎(こんどう・こうたろう)

    朝日新聞編集委員・天草支局長、作家、評論家、百姓、猟師、私塾塾長

    1963年、東京・渋谷生まれ。1987年、朝日新聞社入社。コラム「多事奏論」、連載「アロハで猟師してみました」を担当。熊本県天草市在住。社内外の記者、ライター、映像関係者に文章を教える私塾が評判を呼んでいる。主な著書に『三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾』(CCCメディアハウス)、『アロハで猟師、はじめました』『おいしい資本主義』(共に河出書房新社)、『リアルロック』(三一書房)ほかがある。

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