人はなぜ老いるのか――。その謎が近年、解き明かされつつあります。アンチエイジングの研究は、老化の原因を解明し、健康に過ごせる寿命を延ばすにはどうすればいいのかを探求しています。連載では、研究の最前線や、研究に基づいた、日常生活で取り組める具体的な方法を紹介します。
第1部は入門編です。日本抗加齢医学会副理事長の南野徹・順天堂大学大学院医学研究科循環器内科教授へのインタビューを基に、どのような研究が行われていて、「老化」について現時点でどこまで解明されているのか、全体像を紹介します。

WHOの疾病分類に「老化」が付け加えられました
「老化は病であり、治療や予防ができる可能性がある」と考えられるようになってきました。治療法や予防法について、動物実験だけでなくヒトを対象にした臨床試験も多数、行われています。
世界保健機関(WHO)は2019年5月、改訂版国際疾病分類「ICD―11」の中に、「老化(エイジング)関連」という項目を加えました。ICDは日本をはじめ多くの国が死因や患者の統計、医療保険の支払いなどに使う病気やけがの分類です。
ICDが改定されたのは約30年ぶりで、ICD-11は2022年1月に発効します。改定では、いわゆるゲーム依存症である「ゲーム障害」が初めて疾病として認められたり、それまで精神疾患に分類されていた性同一性障害(GID)が精神疾患からはずれて「性別不合」という名称になったり、大きな変更がたくさんありました。
変更点の一つが、「エクステンション(拡張)コード」の導入です。疾病をさらに詳しく分類するための項目で、そこに「老化(エイジング)関連」が入りました。たとえば2型糖尿病に老化(エイジング)関連というコードを加えることで、老化に伴って起きた糖尿病、という分類になります。
老化がWHOの疾病分類体系に組み込まれたのは、「老化は病である」という認識が医療の世界で広まりつつある現状を反映しています。
「高齢者の死因を調べると、脳卒中や心筋梗塞(こうそく)といった既存の病名をつけることができない場合が少なからずあります。死因が心不全になっている多くの高齢者がそのような状態だったと思います。いわゆる老衰の状態です。そのような病態を『老化』というひとつの疾患としてとらえようという考え方が、少なくともアンチエイジングを研究する医師や、老年医学に取り組む医師の間では主流になりつつあります」(南野教授)
きっかけは線虫の寿命が2倍になったことでした
なぜ老化を病気としてとらえようという考え方が主流になりつつあるのでしょうか。南野教授はその背景をこう説明します。
「アンチエイジングの研究が進むにつれ、老化は治療できる可能性のあることがわかってきたからです。当然、予防もできるはずです」
アンチエイジングの研究が急に増えたきっかけの一つは、1993年に出た、線虫と呼ばれる実験動物の論文でした。「Daf-2」というたった一つの遺伝子が変異するだけで、寿命が約2倍も伸びたのです。ほかの寿命を左右する遺伝子の探索が動物実験で盛んに行われるようになり、たくさんの寿命関連遺伝子が見つかりました。同時に、動物で見つかった寿命関連遺伝子に相当するヒトの遺伝子の探索も行われました。
その結果、エネルギー代謝に関係する遺伝子や、インスリンに似た物質のシグナル伝達に関係する遺伝子などが、寿命の延長や短縮に関係するとわかってきました。

こういった遺伝子の働きを高めたり、抑えたりする薬や物質を投与することで、寿命を延ばし、ひいては健康寿命も延ばすことができないか。動物実験だけでなく、ヒトでも臨床研究が行われています。たとえば古くから糖尿病の治療薬として使われている「メトホルミン」や、免疫抑制剤「ラパマイシン」といった薬剤を投与する臨床研究です。
中高年のアカゲザルは「腹八分目」で寿命が延びました
一方、遺伝子をターゲットにした治療法の開発だけでなく、「腹八分目」の効果を確かめる臨床試験も行われています。ラットや線虫といった実験動物では、早くは1930年代から、与えるエサの量を減らしてカロリーを制限すると、寿命が延びるという報告がありました。
2000年代に入ると、霊長類のアカゲザルを使った実験で、中高年期にカロリーを減らすと、2型糖尿病や心臓病、がんといった、加齢とともに増える疾患の発生が減ったり、発症年齢が遅くなったりして、寿命が延びるという結果が出ました。
これを受け、ヒトでも、カロリー制限をする臨床試験が行われています。
米国を中心に、世界中の臨床試験を登録するサイト「ClinicalTrials.gov」で「老化(aging)」をキーワードに検索すると、実施中のものや計画中のものだけでも約700件の臨床研究が出てきます。

ただし、現在、科学的にアンチエイジングの効果が実証されているのは運動だけです。どのような運動をすると、どれだけ健康寿命が延びるのかについては、まだ検証が必要です。
運動以外の薬やサプリメント、さまざまな細胞の基になる幹細胞などを使った治療については、まだ科学的に効果が実証された上で臨床現場で治療が始まっているものはありません。現在、実施されているのは、すべて試験的な治療です。
診断基準や老化の度合いの定義づくりはこれから
高血圧や糖尿病などは、血圧や血糖値の数値によって、これ以上なら高血圧や糖尿病と診断する、という診断基準があります。また、がんの場合、体内におけるがん細胞の広がり具合などにより、ステージ1、2、3などと、進行具合が分類されています。
老化については、まだ統一した診断基準や老化度の分類がありません。それが無いと、治療法を開発する際に、治療効果を標準的に評価することができませんし、実際に治療を臨床で始める際にも、誰が治療対象になるのかも科学的に判断できません。診断基準や老化度の分類については今後、抗加齢医学会を含めた専門家の間で議論がされていくことになるとみられます。
いま実施されている「抗加齢ドック」では、動脈硬化の原因となる血管の硬さや、骨密度、筋力や歩行スピード、さまざまなホルモンの血中濃度、認知機能を調べる検査などを複合的に組み合わせ、それぞれ血管年齢や骨年齢、筋年齢、ホルモン年齢、脳神経年齢を出して、そのバランスをみています。

分裂できなくなった「老化細胞」の蓄積が老化の一因
治療法や予防法の開発には、原因の究明も欠かせません。原因がわかれば、どこを治せばいいのかが明確になり、より効果的な方法を開発することができるからです。
老化の原因についてはさまざまな説があります。動物を使った実験はできますがヒトでの実験が難しいため、どの説も科学的に証明はされていません。ただし、非常にまれな、単一遺伝子の変異が原因で起きる遺伝性の「早老症」を除いて、老化は複数の原因が複雑にからみあって起きているということは分かっています。

南野教授は、老化の主な原因を次のように説明します。
「体内では、脳神経細胞のような特殊な細胞以外の細胞は必要に応じて分裂し、増えています。ところが、加齢に伴うさまざまな理由で、分裂できなくなる細胞があります。それが『老化細胞』です。老化細胞は単に本来の働きができなくなるだけではなく、炎症を起こす物質など体の機能を妨げる物質を分泌します。体内には元来、いわば不良品とも言える老化細胞を除去するメカニズムが備わっているのですが、除去する速度が老化細胞ができる速度に追いつかず、老化細胞が蓄積していくのが老化の主な原因だと考えられています」
細胞が分裂できなくなるのは染色体に傷が入るから
細胞が分裂できなくなるのは、細胞内にある染色体に傷が入るからです。染色体には、遺伝子を含めた全DNA(ゲノム)と、各遺伝子がいつ、どこで働くのかを指示する「エピゲノム」と呼ばれる情報が含まれます。紫外線や放射線、活性酸素などさまざまな原因で、染色体に傷が入ります。生体には、少しの傷なら修復するメカニズムが備わっていますが、加齢や生活習慣などにより、修復機能が弱まり、染色体の傷が増えていきます。
染色体に傷が入り、細胞が分裂しなくなれば老化細胞になります。逆に細胞が無秩序に増殖するようになれば、がん細胞になります。老化細胞やがん細胞にならなくても、染色体に傷の入った細胞は、体に悪さをする物質を出したり、逆に必要な物質を作らなくなったりして、さまざまな病気の原因になります。
加齢とともにそういった悪さをする細胞は増え、動脈硬化やがんなど、加齢にともなって発症が増えるさまざまな老化関連疾患が起こります。そこに老化細胞も加わり、全体的に老化が進んでいくと考えられています。
(監修=南野徹・順天堂大学大学院循環器内科教授、協力=日本抗加齢医学会、文=大岩ゆり)
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この連載について / アンチエイジング最前線
人はなぜ老いるのか――。その謎が近年、解き明かされつつあります。アンチエイジングの研究は、老化の原因を解明し、健康に過ごせる寿命を延ばすにはどうすればいいのかを探求しています。連載では、研究の最前線や、日常生活で取り組める方法を紹介します。
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