母乳が育む赤ちゃんのビフィズス菌 ヒトと腸内細菌の共生の原点

母乳とビフィズス菌 「ヒトミルクオリゴ糖」が橋渡しするヒトと腸内細菌の支え合いの仕組み

2021.10.20

 赤ちゃんのおなかは、ビフィズス菌で守られている。赤ちゃん特有のそんな腸内環境は、お母さんが与える母乳によって育まれていることをご存じですか。じつは母乳には、赤ちゃんへの栄養だけでなく、おなかにビフィズス菌を住みやすくする独自の成分が含まれていることが、近年の研究でわかってきました。カギを握るのはヒトミルクオリゴ糖です。

母親に抱かれる笑顔の赤ちゃん

ヒトミルクオリゴ糖は、ビフィズス菌のため

 離乳前の赤ちゃんの腸内細菌の特徴は、ビフィズス菌の多さにあります。平均すると腸内細菌全体の5割超、多い子では9割以上をビフィズス菌が占めているとされています。こうしたビフィズス菌優位の腸内環境をつくりだすのが母乳に含まれるヒトミルクオリゴ糖です。

 ヒトミルクオリゴ糖とは、ヒトの母乳に含まれている様々なオリゴ糖の総称です。母乳の固形成分のなかで、乳糖(ラクトース)と乳脂肪に次ぎ、3番目に多い成分です。赤ちゃんが生まれた直後、5日間ほどの初乳には1リットルあたり20グラム超、その後の常乳でも1リットルに10グラムを超すオリゴ糖が含まれています。

母乳の主要成分

 このオリゴ糖、赤ちゃん自身は消化・吸収することができません。つまり、直接、赤ちゃんの栄養にはならない成分を、母親は自分の体内(乳腺細胞)でわざわざ合成し、母乳につけ加えているのです。なぜなのか。その理由のひとつは「赤ちゃんのおなかでビフィズス菌を増やすためと考えられます」と、京都大学教授の片山高嶺さんは話します。

菌の「発見」から1世紀、見えてきた共生の形

 ヒトの腸内から最初にビフィズス菌がみつかったのは、19世紀末。フランス・パスツール研究所の小児科医が、母乳で育った赤ちゃんの便を調べて発見したといわれています。それから半世紀後の1950年代には、母乳に含まれるヒトミルクオリゴ糖が、赤ちゃんのビフィズス菌の多さや少なさに関係していることがわかってきました。ただ、実際にどんな仕組みが働いているのか、その詳細はわからないままでした。

 ヒトミルクオリゴ糖はなぜ、ビフィズス菌だけを増やすのか。具体的なメカニズムが解き明かされたのは今世紀に入ってからのことです。京大教授の片山さんや農研機構食品総合研究所の北岡本光さん(現・新潟大教授)ら国内外の研究者が、ビフィズス菌がもつヒトミルクオリゴ糖の分解酵素を相次いで発見したのがきっかけでした。

 複数の糖が連なるヒトミルクオリゴ糖を途中で切断したり、切断した一部をビフィズス菌の菌内に送り込んだり、菌の内部に取り込んだ糖を分解したり。見つかった酵素は、それぞれ異なる役割や機能をもち、そのほとんどが、ほかの細菌ではみつかっていないものでした。ビフィズス菌はこうした酵素を連動して働かせることで、ヒトミルクオリゴ糖を優先的に分解・活用しているとみられています。

オリゴ糖分解イメージ

 ビフィズス菌の側からみれば、ヒトミルクオリゴ糖は、赤ちゃんのおなかのなかで独り占めできる貴重な「栄養素」といえるでしょうか。その意味で、お母さんの与える母乳は、赤ちゃんを育てると同時に、赤ちゃんのおなかのビフィズス菌を育んでもいるわけです。

ヒトとビフィズス菌が共に「進化」

 もともと哺乳動物の乳には、その量の多少はあるもののミルクオリゴ糖が含まれています。また動物の腸には、ごく普通にビフィズス菌がすみついています。それなのに、ビフィズス菌優勢の腸内環境となるのはヒトの赤ちゃんだけとみられています。

 なぜなのか。じつはミルクオリゴ糖には大きく二つのタイプがあり、ヒトの母乳にだけ、ほかの哺乳類とは異なる構造のオリゴ糖が多く含まれています。北岡さん、片山さんらが発見した、赤ちゃんのビフィズス菌のもつ酵素は、この異なる構造の部分を切断することと関係していました。

 ヒトミルクオリゴ糖がもつ独自の構造は、ほかにはボノボやチンパンジーなど霊長類の母乳中のミルクオリゴ糖にわずかにみられるだけで、ヒトや霊長類が進化する過程での構造変化とみられています。

 ヒトの赤ちゃんのおなかにいるビフィズス菌は、この変化に合わせて、新しい構造のオリゴ糖を切断・分解する酵素を付け加えたと考えられます。実際、新たに見つかった酵素は、動物やヒトの大人のビフィズス菌には存在しないことがわかっています。ヒトの赤ちゃんのビフィズス菌優位の腸内環境は、いわばヒトとビフィズス菌とが共に進化していくなかで培われたといえるのです。

乳児型ビフィズス菌の知られざる役目を探る

 ヒトミルクオリゴ糖を優先的に使う能力を手にしたビフィズス菌は、赤ちゃんにとって特別な存在です。選ばれた菌として、あるいはヒトとの共生による「ギブ・アンド・テイク」として、ほかの細菌とは違う特別な働きがあるのではないか。片山さんは、乳児型ビフィズス菌がもつ知られざる役割を探ることを次の研究テーマのひとつと考えています。

 一例としてあがるのが、乳児型のビフィズス菌のみが持つ、インドール乳酸と呼ばれる乳酸を作り出す機能です。インドール乳酸は、宿主の免疫機能などを整える役割があるとされる乳酸で、デンマーク工科大学と片山さんらの共同研究チームは、この乳酸をつくりだす酵素を乳児型ビフィズス菌がもつことを見いだしました。「ヒトと細菌との共生、ともに進化していく共進化の過程のなかで、幼児型ビフィズス菌には、様々な機能が備わってきたはず。それをみつけていきたい」と片山さんは話しています。

 ヒトミルクオリゴ糖の解析が進んだことをうけ、欧米では育児用ミルクを改良する研究や商品化も、急ピッチで進んでいます。

 もともと1950年代にビフィズス菌とヒトミルクオリゴ糖の関係が明らかになってから、育児用ミルクは、様々なタイプのオリゴ糖などを加え、より母乳に近づけるための改良が続いてきました。欧米では、2010年代後半から、ヒトミルクオリゴ糖の一部を発酵生産して加えた製品も商品化されています。

 ヒトミルクオリゴ糖には、大腸でビフィズス菌のエサとして分解されるまでの前段階で、腸内からの微生物やウイルスの侵入を食い止めたり、免疫力を高めたり、アレルギーを抑えたりするなど「抗感染効果」や「免疫調整効果」があるといわれています。

 これまで母乳からしか取り出せなかったヒトミルクオリゴ糖が、その一部とはいえ大量生産が可能になったことで、これらの機能や効果をさらに深く調べていく研究が増えてきています。ビフィズス菌とヒトミルクオリゴ糖それぞれの意外な役目や両者の思わぬ関係が今後、さらに明らかになっていくことが期待されています。

 (取材・文 田中郁也) 

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