【読者会議】あかね色の空 わたしの心

<Reライフアンケート>夕日にまつわる思い出やおすすめの鑑賞スポットは?

2021.10.17

 「秋は夕暮れ」といいます。この時期は、夕日を眺めてつい物思いにふけってしまう……。そんな経験はありませんか。夕日に励まされたり、慰められたり。さまざまな思い出が寄せられました。

あの日の水沢山は泣いていた

 東京都府中市の荒畑正子さん(78)は、故郷・群馬県渋川市にある水沢山に沈む夕日をよく覚えている。
 「夕日には、その頃の自分の心の中身を重ねて見ていました」
 当時中学3年生。卒業後は進学せず就職することが決まっていた。小学5年生の時に母親が亡くなり、父親も既に他界していたため、しばらくは親戚や、知らない人の家で過ごした。身の回りのことが落ちつかず、学校に行けない時期もあった。その後、年の離れた姉夫婦のもとに引き取られたが、くらしは楽でなく、進学のためのお金を用意できなかった。
 「みんな進学するのに、自分は就職のため故郷を離れるのか……」。だんだんと日が暮れていく様子を眺めながら、さみしい気持ちを夕日に重ねた。両親のいない自分の境遇を「人に言えない」と思い、孤独も感じていた。
 特に覚えているのが、卒業を間近に控えたある日、友人と一緒に見た夕日だ。放課後「まこちゃん、散歩に行こうよ」と誘われ、学校近くの川べりを歩いた。開けた場所で、山が見えた。「大好きな水沢山の端にちょうど夕日がかかっていたことは思い出せます」。何を話したかは覚えていないが、友人には悩んでいることが伝わっていたのだろう。気を使って誘ってくれたのだと思った。赤い夕日は泣いているように見え、「山も私が去ることを悲しんでいるのかな」と感じた。
 卒業後は隣町の建設会社に就職。見積書を作るなど事務職として1年間働き、定時制高校の入学資金をためた。入学後は公務員試験の勉強に励み、東京都の職員試験に合格した。働きながら夜間大学に4年間通い、公務員の仕事も定年まで続けた。山登りは生涯の趣味になり、各地の山からたくさんの朝日や夕日を眺めた。
 故郷を離れてから約20年後、散歩に誘ってくれた友人とクラス会で再会した。進学や就職のことを話すと、「よくやったね」とほめてくれた。「長い間、私のことを本当に気にかけてくれて、うれしかった」
 複雑な思いを抱えながら過ごした故郷での日々。でも、友人と見た夕日があったから、故郷のことが好きなままでいられた。
 今でも卒業シーズンになると、あの景色を懐かしく思い出す。「あそこに山があって、友達が気にかけてくれたな。一緒に夕日を見たなあ。そういうことが、生きていく上で大事な思い出になりました」

(前田朱莉亜)

T1|夕日の思い出

夕焼け 母に会いたくなる

 学生時代、部活帰りに夕焼けを見るのは幸せな時間でした。夕焼けは家に続く道を照らす幸せのシンボルで、続く夕暮れも寂しいものではありませんでした。
 2年前に母を見送ってからは、夕焼けがしみじみと胸に迫ります。夕暮れは寂しく、月がのぼると思い出が次々よみがえり、会いたい気持ちが高まるばかり。同じものを見ても、体験によってこれほど感じることが違う。夕暮れは不思議なものですね。
(福岡県 谷口初美さん 65歳)

暮れゆく奄美 今は誇りに

 奄美大島の出身です。故郷は、山と海に恵まれた小さな集落です。海岸に沿うように道路が走っていて、ちょっと突き出た海岸には「かがんばなトンネル」があります。太陽が夕日になって地平線に下りていくときに、ちょうどトンネルの中にすぽっと入るのです。田舎の兄が送ってくれた写真は宝物で、自然の素晴らしさを感じます。若い時は「なんにもない」と思っていた故郷ですが、今は誇りです。
(兵庫県 奥村達郎さん 68歳)

曲の世界に 染まった会場

 本物の夕日ではありません。シンガー・ソングライターの槇原敬之さんのコンサートの思い出です。夕焼けの情景から始まる曲「LOVE LETTER」が流れ、演出で会場が真っ赤に染まりました。その光景が曲の世界観とリンクして、今でも忘れられません。
 次の日、朝起きてラジオをつけたら、なんとパーソナリティーの方も同じコンサートに行ったそうで、番組でも「LOVE LETTER」が流れました。
(愛媛県 神野純子さん 52歳)

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