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<連載> 介護を語る

全力投球しない介護 母が残してくれたものは

俳優・市毛良枝さんインタビュー(下)

2021.12.06

 13年近く、母を介護していた俳優の市毛良枝さん。最初は自分で何でも背負いこみ、「二人羽織のような生活」を送っていましたが、介護を始めて5年近くたったころに、「うつかもしれない」と感じたことなどをきっかけに、近所の人や友人の助けを借りたり、徐々に介護保険サービスの利用を増やしたりするようになりました。そして、短時間で楽しめる新たな趣味として社交ダンスを始めました。母を見送った後は、介護の経験を生かして他の家族の相談にのり、施設でのボランティアも経験しました。

【二人羽織みたいな介護 「私が頑張るしかない」を変えたもの】市毛良枝さんインタビュー(上)はこちら

市毛良枝さん
母の介護について語る俳優の市毛良枝さん=2021年10月、東京都中央区

山には行けない 代わりに社交ダンスで心身をリフレッシュ

 市毛さんは還暦を前に、大好きな山登りに代わって短時間でできる趣味として、社交ダンスを始めました。ほんのひととき、介護から離れる時間をつくることが心のバランスを保つうえでも、大切な時間だったと言います。

 母の介護が始まってからも、山には仕事では何度か行っていましたが、母をショートステイで預けてまで、プライベートで山に行くのは気が引けました。山には長く入っていたい人間なので、遊びで行くとなると1週間くらいはかかります。ショートステイの期間中も私は行けるときはほぼ毎日、面会に通っていましたから、そういう意味で自分のしたい山登りは長い間できませんでした。

 介護と仕事だけの生活を長く続けていると、体がぼろぼろになっていきました。整体で体をほぐしてもらっても、筋肉をつけないとゆがんでしまった体は元に戻りません。筋トレに行こうと思っていたら、すごく親しくしていた10歳年上の友人が社交ダンスの体験レッスンに誘ってくれたんです。還暦を迎える少し前のことです。
 体験レッスンでは、想像以上に筋肉を使うことがわかったので、「筋トレ気分でやってみよう」と習い始めました。体験レッスンの当日なら入会金が無料だったことと、自宅からも遠くはなく、母がデイサービスに行っている間に通えるというのが決め手になりました。通い始めると、自分の体に足りない筋肉がよくわかって、はまってしまいました。

 音楽を聴いたり、体を動かしたりがすごく楽しくて刺激を受けましたし、知らない人たちと色々な話をして介護以外の時間を持つことがいいリフレッシュの時間になりました。ばかな話もできて、介護以外のことを話したり考えたりする時間が持てました。それが結果として肉体にも返ってきました。社交ダンスを始めて本当によかったと思います。
 介護をしていると、「自分はあなたのせいでこんなに大変なのに」と恨みごとの1つでも言いたくなるときがありますが、思っても口には出せません。そうやってストレスがたまっていくと、何かの拍子に深刻な事件がいつ起きても不思議じゃない精神状態になってしまいます。私の場合は、社交ダンスに行くことで、母のことを話せたり、介護の不満みたいなことをはき出したりすることができ、何とか乗り切れたんだと振り返って思います。

市毛良枝さん キリマンジャロ登頂
俳優の市毛良枝さんは1993年、アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロに登頂した=本人提供

100人いたら100通りの介護 孤立を防ぐには

 市毛さんの母は2016年、100歳で亡くなりました。13年近くに及んだ介護を振り返り、「家族は介護に全力投球せず、周りを頼ってほしい」と言います。そこで生まれた人間関係は介護者が孤立するのを防ぐだけでなく、介護を終えた後も、残された人の心の支えになるからです。

 介護を受ける人や介護者の事情は十人十色で、100人いたら100通りの介護があります。だから、「行きづまって家族を殺してしまう人がいてもおかしくない」というのは、介護をしていた者の実感としてあります。
 正直言って、私だって絶対に母を手にかけないとは限らないという闘いの日々でした。「もしかしたらそういうことをしてしまうかもしれない」。その「してしまうかもしれない」の一線を越えたら「絶対にダメ」というのを常に頭に置いていました。すごく怖かった。密室だからやろうと思えばできてしまう。もちろん絶対にしませんが、生活が苦しかったり、自分の居場所がなかったりしたら、そういうことをしてしまうかもしれないとすごくリアルに感じました。

 母の介護を経験して感じたことは、「家族は介護に全力投球をしないでほしい。みんなに助けを求めてほしい」ということ。「みんな」とは行政や医療機関、福祉施設も含めてですね。「私一人では無理です」と言わないと、制度は変わっていかない。街角でもどこでもいいから、「誰か手伝ってくれる人はいませんか? 」と声をかけることが大事。助けを求めることを恥だと思わないでほしい。

 母が亡くなってから気づいたんですが、一生懸命に助けを求めて色々な人に助けてもらったら、いつのまにか親戚のような人が増えていました。家に深く入り込んでいるから、友達というよりは親戚みたいなんです。あのとき助けを求めて本当によかった。私は一人娘なので、こうした人たちがいなければ本当にひとりっきりになるところでした。
 今も当時の介護仲間たちとの「LINE」(無料通信アプリ)のグループがあるんです。母の介護を一緒にしてくれた人たち。今も一緒に母のお墓参りに行ったり、遊びに行ったりするんですよ。

 自分だけで頑張って、「この人に尽くさなければ」とやっていると、一緒に死んでしまうことになる、と自分を振り返っても思います。介護する相手が亡くなった後も、残された人はまだ何十年か生きなければいけない。そのときに孤立しないためにも、人に助けを求めてほしい。また、介護のために仕事を辞めると、生きがいも社会とのつながりもなくなってしまうから、どんな形であれ仕事は続けてほしいですね。

介護のプロじゃなくてもできること

 だから、「家族」の立場になってくれる人の存在はすごく重要。介護保険サービスの事業者や近所の人や友人はもちろん、例えば、ボランティアの方の存在も。母がお世話になった施設に、すごく頼りになる男性のスタッフの方がいたんです。花の水やりなどの庭仕事、設備のメンテナンスなど、直接的な介護以外のたくさんの業務に目配りされていたので、てっきり職員さんだと思っていたら実はボランティアの方でした。
 あるときその男性がボランティアの集会であいさつをされて、「定年退職後にご縁があって、ここでボランティアを始めました。仕事をしていたころにはこういう活動を一切できなかったけれど、ここに来て、皆さんとお付き合いするのがすごく幸せです」というようなことを話していましたね。

 リタイア後にボランティアをすることがある種の生きがいになるということはあると思います。人によって、社会の色々な大変なことが終わって、「やっと遊べる時期になったのに、また仕事みたいなことをするのは嫌だよ」という人もいるでしょうから、それは仕方ないですが、そうやって介護のプロではない人たちを巻き込んでいくことは大事ですよね。

市毛良枝さん
俳優の市毛良枝さんは、母の介護を通して、自然に触れることの大切さを改めて実感した=2021年10月、東京都中央区

 その施設ではカフェのようなスペースを開放して、地域の人と交流できるようなイベントをよくやっていました。ただ、新型コロナウイルスの流行でそれが断たれてしまったので、一からまたやり直しで大変だろうなと気になっています。私もコロナ前はちょくちょく通って、コンサートなどの催しのお手伝いや、カフェをするときには配膳やお皿洗いなど、できることをさせてもらっていました。コロナが終息したらまたお手伝いに行きたいですね。

 母の介護を通して色々な人とつながりができ、そのご縁で、介護に関する相談を受けることもあります。介護は本当に100人いたら100通りあって、制度にははまらないこともあるし、ある家庭でうまくいったことが、別の家庭でうまくいくとは限りません。母の介護経験をふまえて、その家族の状況に応じて、私なりに「こうした方がいいのでは」とお話をさせてもらうこともあります。私が色々な人に助けてもらったように、人と人をつなぐお手伝いもしていけたらいいなと思っています。

(撮影・伊藤菜々子)

(衣装協力)
・ジャケット、トップス、スカート=YUKIKO HANAI(株式会社花井 03-6738-4877)
・イヤリング=アビステ(株式会社アビステ 03-3401-7124)
・その他=スタイリスト私物

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本プロジェクトは令和3年度介護のしごと魅力発信等事業(ターゲット別魅力発信事業)として実施しています。(実施主体:朝日新聞社・厚生労働省補助事業)

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  • 市毛良枝
  • 市毛 良枝(いちげ・よしえ)

    俳優

    1950年、静岡県出身。文学座付属演劇研究所などを経て、71年にドラマ「冬の華」でデビュー。77年のドラマ「小さくとも命の花は」で人気を集める。40歳で登山を始め、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロにも登頂した。NPO法人日本トレッキング協会の理事を務め、環境保全の取り組みを助言する環境省の環境カウンセラーにも登録。著書に「山なんて大嫌いだった」など。2022年1月放送開始のドラマ「駐在刑事シーズン3」(テレビ東京、金曜8時)の出演が控えている。

  • この連載について / 介護を語る

    Reライフ世代にとって「介護」は他人事ではありません。親のこと、自分のこと、そして社会のあり方として、これからの介護をどうしていけばいいか。識者の方々に自らの経験やあるべき形を伺いました。

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