NHKのアナウンサーだった内多勝康さんは2016年、NHKを退職し、医療的ケア児の短期入所施設「もみじの家」のハウスマネージャーに転職しました。52歳のときでした。勤続30年、アナウンサーとしてのキャリアを捨てて、まるで畑違いにみえる福祉の現場への転身をなぜ、決めたのでしょうか。
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始まりは「クローズアップ現代」での出会い
「もみじの家」は、人工呼吸器での呼吸管理やたんの吸引など、在宅で医療的ケアが必要な子どもたちとその家族を支えるため、2016年春に国立成育医療研究センターが開設した医療型短期入所施設です。ハウスマネージャーになった内多さんは、「生活ほっとモーニング」のキャスターなども務めた元ベテランアナウンサー。内多さんにとって「医療的ケア児」との出会いは、2013年に放送した「クローズアップ現代」でした。
当時、ぼくは「クロ現」の代行キャスターでした。メインキャスターの国谷裕子さんが海外取材にいったときなど、国谷さんに代わってキャスターを務めるのです。クロ現のキャスターは経験したくてもなかなかできない仕事です。なんとか1本、自分で企画・取材する番組をつくりたい。そんな思いで提案したのが、新たな支援の取り組みが始まろうとしていた医療的ケア児についての番組でした。
医療的ケア児という言葉自体は、まだ社会に浸透していませんでしたが、入局以来、少しずつ取材をしてきた障害者福祉の現場の話を聞くと、退院した後も医療的な措置が必要なまま、自宅で日常生活を送っているお子さんが増えていて、そのケアを担うお母さんが大変な思いをしているというのです。
小さく生まれてきたり、重い疾患をもっていたり。これまでなら救えなかった命が、医療技術の進歩で、救えるようになった。一方で、救った命をどうやって守っていったらいいのかが、新たな課題になっていました。いまこそ医療と福祉が手を携えた支援の形が必要になっているのではないか――。そんな問いかけをする番組でした。

思わぬ誘い「断ったら一生後悔しつづける」
端緒をつかんで提案をして、実際の取材を重ねて放送するまで数カ月。もともとディレクター志望だった内多さんにとって、障害者福祉の取材は、自らのテーマとして続けてきた、思い入れのあるものでした。ただ、それでも、放送を終えると、次の日には、異なる仕事やテーマがまっています。日々の仕事に追われ、取材で得た問題意識を次につなげられずにいるときに、思いがけない誘いの声がかかったのです。
番組の放送から1年半ほどたったころです。福祉関係の知人が、クロ現で取材した成育医療研究センターに「もみじの家」をつくる準備が進んでいることを教えてくれ、「内多さん、ハウスマネージャーになってはどうですか」とすすめられたのです。
そのとき、ぼくはクロ現の担当をはずれて、ある意味、取材や提案をして社会に発信していくことがむずかしくなっていました。先輩方の歩みをみると、その先がわかります。日々の仕事をやりながら後進の指導にあたる、いよいよそういう時期にさしかかったかな、と。
まあそれは、しょうがないですよね、順番ですから。ただ、仕事とやりがいが一体化して、それが充実感につながっていましたから、取材の現場から離れるのは寂しい思いがありました。でも、ふたつはもう別れさせざるを得ない。自分のなかで1回、気持ちの整理をつけたときに、もみじの家の話が聞こえてきたわけです。
ここでは、仕事とそのやりがいを一致させることができる。それがすごく魅力的でした。おそらく最後のチャンスだった。50歳を超えていましたから。断ったら、一生後悔するだろうなと。もちろん定年まで勤めあげれば、それはそれで安定した人生を送れる。でも、あのとき転職していたらどうだったろうなと、きっと思い続けるんじゃないか。それもしんどいなと。
すごく運命的だったんですけど、クロ現の番組づくりのとき、成育医療研究センターの取材でお世話になった先生が、もみじの家の準備室の担当をされていたんです。決心がつかないまま、もみじの家の話を聞かせてもらえませんかとセンターを訪ねたら、その先生が「おお、内多さん、こちらに来てくれればね……」といった感じで出迎えてくれました。
それがちょっとうれしかったんです。NHKにいれば、なにかこう、これから徐々に閉じていく感じがあったのに、ここでは先に向けて開けていく感じがしました。人間は、期待されたり、声を掛けてもらえたりって、うれしいですよね。もう一度、チャレンジという気持ちにさせてもらったんです。

定年後のための「社会福祉士」資格が追い風に
畑違いの分野への転身を決めたとき、内多さんは、じつはもうひとつ、背中を押してくれるアドバンテージを手にしていました。50代を前にして専門学校に入り、社会福祉士の資格をとっていたのです。この資格がなかったら、招かれることもなかったかもしれないと、内多さんは振り返ります。
ちょうど、初めての単身赴任の最中だったんです。人によっては羽を伸ばせて楽しいっていうけれど、ぼくは一人で時間がつぶせない人間で、全然、楽しくなかった。時間はあるんだけど、やることがない。それで資格をとることにしたんです。これまでの積み重ねで、福祉関係の人脈ができ、取材はこなせるようになったけれど、やっぱり専門家の話は半分ぐらいわからない。キャッチアップできていない思いがありました。系統だった勉強をするいい機会だと考えました。
ただ、それは転職を考えてということでは、ありませんでした。まあ、定年後には役立つかなと。元NHKのアナウンサーです、だけでは通用しませんから。「福祉のおじさん」としてどこかに雇ってもらうには、丸腰でなく資格が必要かなと。それが思いがけない追い風に働きました。
そうやって、すんなり入ることは入れたのですが、最初の1年間は、しんどかったですね。ハウスマネージャーは、もみじの家の管理や運営にあたる事務職です。ところが、ぼくには、ちゃんと事務の仕事をした経験がありませんでした。
事業計画をたててくださいと言われても、どんな資料をつくればいいか、わからない。パソコンソフトのエクセルも使えない。「もうちょっと自覚をもってください」としかられました。50歳をすぎて怒られるって、あんまりないじゃないですか。へこみましたね。次になにをしたらいいか、どこに情報があるか、つかむまで1年かかりました。
第二の人生「自分のためじゃなく人のために」
50歳をすぎてから慣れ親しんだ仕事を離れ、畑違いの分野と仕事への転身。そんな経験をした内多さんに、第二の人生を歩んだり、その準備を進めたりしているシニアへのアドバイスはないか、聞いてみました。
第二の人生は、なにも仕事一筋にならなくてもいいと思うんです。ただ、自分にとって落ち着く、安定する居場所があったほうがいいですよね。ぼく自身、結構、安定志向の人間で、将来への不安を抱えて、ずっと過ごさないといけないのは、しんどいだろうと思います。実際、このもみじの家が居場所になって、最初のうちこそ、これで大丈夫かと思ったけれど、それを越えたら精神的にも安定し、じゃああと10年やるとしたら、なにができるか、そんな発想をもてるようになりました。
もちろん居場所や生きがいは、ひとそれぞれです。夢中になって打ち込める趣味があって、生きがいになるなら、それはとてもうらやましい。でも、ぼくはそういう趣味を持ち合わせていなかった。そんなときは「自分のためじゃなくて、人のために」でいいんじゃないか。いま手持ちの札がないひとは、とりあえずそこから考えてはどうかなと思います。

かっこいい、あこがれの「お手本」を思い描く
これからの居場所や生きがい探しには、どんな準備や心構えが必要でしょうか。社会福祉士の資格を得ていた内多さんですが、おすすめは「自分がどういう人間なのか、わかりやすく伝え続けること」、そして「具体的なお手本を思い描くこと」だといいます。
ぼく自身、転職先やいまのポストのために、障害者福祉の取材をしたり、番組をつくったりしてきたわけじゃあない。その都度、自分のできる仕事をしてそれが結果的に、いまの現場につながったわけです。だから、こういう風にしたらこうなるなんていう方程式はありません。ただ、自分はどういう人間なのか、ということをわかりやすく伝え続けることはとても大事だと思います。
ずっと障害者のことを取材してきたこと、障害者福祉に関心があることは、関係者の人たちは知っていました。外部にいるけれど、内多という男は障害者ケアに熱心に取り組む人なんだということはわかってもらえる。そうすると「こういう人もいるから会ってみないか」という話になって、広がりがうまれます。
仲間うちでは、職場への不満や文句もいっていました。ああ、やめてえなとか。それも伝わっていたんでしょうね。それなら内多さんには、こっちのほうがいい現場かもしれないと、考えてくれたのかもしれません。
社会のためになにかをしたい。でも漠然としすぎて、どうしたらいいか、わからない。そういうときは、自分があこがれるモデルをイメージしてはどうでしょう。その人のようになりたいとか、一緒に活動してみたいでもいい。
長年、福祉の現場を取材してきて、やっぱりね、本当に人のために身を粉にして働いているひとは、格好いいんですよ。あっ、この人たちが世の中を変えているんだなって思えるんです。ぼくはそういう人たちがお手本です。なるべくそこに近づきたいし、ある意味、その人たちができないことにもチャレンジしていきたいですね。
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