俳優として活躍しながら、骨髄バンク啓発や戦争で被災した子どもたちの医療支援など、さまざまな社会貢献活動を30年近く続けてきた東ちづるさん。難病に倒れた夫を支え、自らも胃がんの手術を乗り越えてきました。20年以上前から、病気や障害のある人や生きづらさを感じている人を支援する活動にも取り組んでいます。マイノリティーの人たちの実情に触れるなかで、誰のことも排除しない「まぜこぜの社会」をめざすようになりました。それは高齢者の介護においても大切なことではないかと感じています。
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自分にできることは何か 探し求めた日々
20代の4年間、大手メーカーで働いていた東ちづるさん。友人に誘われて受けたオーディションでグランプリを受賞し、芸能界デビューしました。テレビ番組が次々に決まり、着実に仕事が増えるなかで戸惑いを感じていました。
アナウンサーでもないし劇団員でもない、師匠がいるわけでもない。ましてや芸能界への志もない自分が、この仕事をいったいいつまでできるんだろう? そんなモヤモヤした気持ちを常に抱えていました。そんななか、ある情報報道番組で司会を務めることになったのです。その番組のディレクターから、「報道と政治は困った人のためにある」と教わりました。同時に、テレビの影響力も知りました。私がやりたいと思えること、私にできることがあるかもしれない……。そう覚醒したのです。
30代を迎えたある日。故郷・広島の因島で白血病と闘う少年を取り上げた番組を目にしました。「病気に負けずにがんばってほしいですね」。VTRの締めくくりに司会者が言ったそのひとことに、違和感を感じました。
「もう十分、がんばってるじゃん、これ以上何をがんばれと? 」って。これでは少年のメッセージは伝わらないし、テレビの力も発揮できていない。いても立ってもいられなくなり、少年のご家族を探して連絡を取りました。そして、彼らが本当に伝えたかったことを知ることができた。それがきっかけとなり骨髄バンクの啓発活動を始めました。今から29年前のことです。

活動するなかで、病気や障害のある人たちにとって日本がいかに不便で不自由な国なのかということに気づいて。そこから自閉症や障害がある人、LGBTQの人たちと一緒に活動するようなって、活動の幅もどんどん広がっていきました。
震災でマイノリティーの生きづらさが浮き彫りに
2011年から、アートや音楽、映像、舞台などの表現を通じて、誰も排除しない「まぜこぜの社会」を目指す活動を始めた東さん。翌年には一般社団法人 Get in touch を立ち上げます。きっかけは東日本大震災でした。
避難所でトランスジェンダーの方がトイレやお風呂に困ったり、障害のある方とその家族が避難所に行くことすらためらったりと、普段から生きづらさを感じているマイノリティーの方々がますます追い詰められていたんです。また、「迷惑をかけたくないから避難所には行けない」と、亡くなった夫のお墓の前で自殺したという高齢の女性の話に大きなショックを受けました。何かしなければ、でも、これまでの私のやり方だったら社会はきっと変わらないだろう……。そこで団体を作ることにしたのです。
実は団体行動は得意じゃないんです。学生時代、休み時間に女同士で一緒にトイレに行くのとか、苦手だった(笑)。会社員を辞めた理由も、組織の人間関係に悩んだから。でも、さまざまな活動をする中で「つながる」ことは大きな力になると痛感しました。日本の社会は、団体も役所もなんでも縦割りなんです。私自身はそれぞれとつながっていても、点と点を結ぶ線にしかならない。一人でできることには限界があるし、この線を面にしていかないと制度も条例も変わらない。さまざまな人や団体、活動をつなげるハブのような存在になれたらいいな、と考えました。
私は自分にできることがあるならやりたい、やらずに後悔したくないというタイプなんだと思います。それに芸能人だから私は私を活用できる。人を巻き込む力、瞬発力もあると思う。新型コロナ対策では2020年春に「#福祉現場にもマスクを」という活動をほかの団体とともに立ち上げ、全国の障害者施設などにマスクを寄付することもできました。
自分らしく生きていける本当に成熟した社会
Get in touch のコンセプトである「まぜこぜの社会」。それは、どんな状況でも、どんな状態でも、誰も排除しない、されない、そんな成熟した社会のことです。
私、「共に生きよう! 」とか「共生社会」とかいう言葉が苦手なんです。これってマジョリティーや権力側が上から目線で使う言葉ですよね。マジョリティーもマイノリティーも関係なく、何かしっくりくる表現はないだろうか……と考えました。インクルーシブとかダイバーシティーとかノーマライゼーションとか、やたらカタカナが多いのもわかりにくいよね(笑)。それで思いついたのが「まぜこぜ」という言葉でした。

2017年に私が座長となり、障害のあるプロのキャストと「まぜこぜ一座」も旗揚げしました。車椅子や自閉症のダンサー、全盲のシンガー・ソングライター、ドラァグクイーンなどの「マイノリティー・パフォーマー」と、プロのクリエーターたちが力を合わせて舞台「月夜のからくりハウス」を作っています。
2021年夏、東さんは国際的なスポーツの祭典で、公式文化プログラムの一つとして「まぜこぜ」の仲間が出演する映像作品を手がけ、構成、キャスティング、演出、総指揮を務めました。作品を作り上げていく過程で、参加する人たちの意識がどんどん変わっていく様子を目の当たりにしたと言います。
スタッフとして関わる、いわゆる健常者の人たちが、最初は「マイノリティーの人たちの『障害』を見てはいけない」「触れてはいけないんじゃないか」と遠慮していました。でも、一緒にいたらだんだん慣れてきて、「違うところ以外はみんな同じですよね」って。義足ばかり見ちゃうけど、その違いだけであとは同じ。そんな風に意識が変わる。すると、以前は街で障害のある方を見かけたときは見て見ぬふりをするのが「配慮」だと思っていたけれど、今では困っているかいないかを見て、困っているようだったら声をかけるようになった、と。すごくフラットな関係ですよね。
公演に足を運んでくれる観客の皆さんも、最初はパフォーマーの障害の部分にばかり注目するんだけど、舞台を楽しんでいるうちに障害がどうのなんて関係なくなる。「2時間で自分がこんなに変わるなんて」という声がたくさん届いています。知識や理解もあるに越したことはないけれど、障害や特性に関してはわからないこともたくさんありますよね。それよりも「排除しない」、そして「そばにいる」。それだけで相手のことがわかってくる、ということはとても多いと思います。
マイノリティーの人は私たちの「先輩」
2020年から続く新型コロナウイルスの猛威で、誰もが経験したことのない生活を強いられてきました。そんななか、Get in touch のサポートメンバーの言葉にハッとさせられたと言います。
ある人が「(コロナで)娘が遠足に行けるかどうかわからなくて、かわいそう」と言った時、車椅子のサポートメンバーが「私は子どもの頃からずっとそうだったよ」と笑ったのです。移動が大変だし、迷惑がかかるかもしれないし、いろんな許可を取らなきゃいけない。旅をする、買い物に行く、映画館に行く……。私たちにとってはあたり前のことで、コロナ禍でそれらを奪われたように感じていたけれど、マイノリティーの人たちはこれまでもずっと不安を感じたりガマンを強いられたりしていたのです。

人生100年時代。年齢を重ねる中で、だれもが病気や障害があったり、介護したり、されたりする「当事者」になる可能性が大いにあります。マイノリティーの方々は私たちの「先輩」なんですね。「見えなくなったらどうしたらいい、歩けなくなったらこうしたらいい」と先輩たちの姿を見て学ぶことは多い。自分や家族の身に何かが起きたとき、絶対的にオロオロ、ジタバタはするんだけど、その度合いを下げることはできる。そう思っています。なぜなら、私自身が突然、「当事者」になったことがあるからです。
2010年、夫が難病を発症して、体の自由を奪われました。ある日、突然、介護生活が始まったのです。
(聞き手・中津海麻子、撮影・伊藤菜々子)
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本プロジェクトは令和3年度介護のしごと魅力発信等事業(ターゲット別魅力発信事業)として実施しています。(実施主体:朝日新聞社・厚生労働省補助事業)
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この連載について / 介護を語る
Reライフ世代にとって「介護」は他人事ではありません。親のこと、自分のこと、そして社会のあり方として、これからの介護をどうしていけばいいか。識者の方々に自らの経験やあるべき形を伺いました。
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