牛になって押していく――のそのそと、しかし休むことなく、そして、未来を切り開く

田んぼの詩人たち 近藤康太郎編集委員の「アロハで」外伝(5)

2021.12.01

 朝日新聞天草支局長兼編集委員の近藤康太郎が、九州で百姓・猟師をしているあいだに拾った言葉を語ります。

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田んぼの詩人たち第5回イラスト
イラスト・辛酸なめ子

わが支局に若者たちが勝手に集まってきて、文章の話をする

 アロハで田植え、アロハで猟師シリーズも、もう7年している。最初から読んでいる読者ばかりではないから仕方ないのだが、先日、読者から本社に抗議があった。わたしの、塾生に対する言葉遣いがいただけない、乱暴だというのである。60歳代の教員の方だという。

 塾生とは、わたしが前任地の大分・日田でしていた私塾に通う若者のことである。自社や他社の記者、カメラマン、フリーライターらが、いつしかわが支局に集まり始めた。勝手に上がり込み、わたしの酒を飲み、わたしのつまみを平らげる。わたしにすれば、イナゴの大群に襲われたみたいなもの。災難である。

 その間、地元や社内のうわさ、「恋バナ」なんかするのなら追い出す。そういうのは大嫌いだ。しかし彼女、彼らは、仕事の話を求める。文章の話を、欲する。砂地が水を吸い込むように聞く。

 「近藤塾」だの「塾生」だのいうのも、彼らが勝手につけた名前だ。わたしの知ったことではない。勘違いしないでほしい。わたしは、プロの教員ではないのである。ぞろっぺいは、生まれつきだ。わたしの話せることを、わたしの話したいように、話す。来たい者が、来る。

田んぼの詩人たち第5回
田植えでも工場長の孫と遊ぶだけ、役に立たない芳一(左)

唐変木は熱心に修業を積み、本社へ去って行った

 さて、その私塾に通う他社の記者に、芳一(35)がいた。身長183センチと図体(ずうたい)ばかり無駄にでかく、どうにも気の利かないうつけ者、というのがわたしの印象。猟や田仕事の手伝いをさせれば、のそのそしていて、そのくせ酒を飲ませるとずうずうしい。きわどい話題に踏み込む。

 矩(のり)を越える、なれなれしすぎる嫌いがある。一喝することが、たびたびあった。いや、宴席の話題の半分くらいが、芳一をしかることだった時期さえある。

 しばらく経って分かったのだが、しかし、このでれっとした、なっちゃいない唐変木が、塾で課す「勉強」を、もっとも熱心にしているのだった。ライターの勉強とは、読むことと、書くことである。本ならなんでもいいわけではない。課題図書がある。毎日書く記事とは違う、規矩(きく)正しい文章を書く修業もある。

 2年前、芳一は日田を去った。出世して、本社に引き抜かれた。花形部署に配属になった。

書くことに、一生を賭す 勉強は、過去を書き換える

 別れ際、礼状をもらった。

 「牛になります。牛になって、押していきます」

 自分は、長崎県の国境近い離島の出身で、島でも中心部を離れた僻村(へきそん)に生まれた。書くことを生業にしている人など、周囲に一人もいない。新聞記者になっても劣等感にさいなまれた。しかし塾に通ううち、書くことが、口に糊(のり)する仕事、ただ生活のための労働とは、思えなくなった。書くことに、一生を賭す。そう思えるようになった。

 馬のように走らない。颯爽(さっそう)と駆けることを望まない。牛のように、のそのそと、しかし休むことなく、勉強する。

 礼状には、大略、そうあった。夏目漱石が門下生に書き送った言葉「牛は超然として押して行く」からとったのであろう。ベストセラーや新刊話題書しか読まなかった芳一が、漱石の書簡集をひもといているのが、分かる。

 勉強は、過去を書き換える。書くことは、未来を切り開く。

(朝日新聞熊本・大分版から転載)

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  • 三行で撃つ書影サイズ変更
  • 近藤康太郎(著)
    出版社:CCCメディアハウス

     朝日新聞の名物記者、近藤康太郎編集委員による文章術の実用書です。つかみ(冒頭)の三行、常套句(じょうとうく)は禁じ手である理由、起承転結、一人称、文体、リズム、グルーヴといった技術や心得を25章にわたって紹介しています。文章を書く方法論にとどまらず、書く意味を問い続けます。なぜそう書くのかは自己の変容につながると説き、文章を書くことは生きることだと言います。

  • 近藤康太郎
  • 近藤 康太郎(こんどう・こうたろう)

    朝日新聞編集委員・天草支局長、作家、評論家、百姓、猟師、私塾塾長

    1963年、東京・渋谷生まれ。1987年、朝日新聞社入社。コラム「多事奏論」、連載「アロハで猟師してみました」を担当。熊本県天草市在住。社内外の記者、ライター、映像関係者に文章を教える私塾が評判を呼んでいる。主な著書に『三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾』(CCCメディアハウス)、『アロハで猟師、はじめました』『おいしい資本主義』(共に河出書房新社)、『リアルロック』(三一書房)ほかがある。

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