骨髄バンクの啓発など、さまざまな活動やボランティアに30年近く取り組んできた東さん。夫が突然、原因不明の難病に倒れ、手探りで介護した経験があります。2020年末には自らも初期の胃がんを発症しました。長年の支援活動で培った経験があったからこそ、人生の大きな波も覚悟をもって受け止めることができたそうです。いま、障害や生きづらさを抱えたマイノリティーの人たちとの創作活動に取り組み、「介護の現場も、いろんな人が集まる『まぜこぜ』がいい」と考えています。
【誰もが介護の当事者になる時代 誰のことも排除しない「まぜこぜの社会」を】東ちづるさんインタビュー(上)はこちら

支援活動をしてきたからこそ「覚悟」があった
2010年、突然、夫が病を発症して体の自由を奪われました。のちに「ジストニア痙性斜頸(けいせいしゃけい)」という脳神経の難病だと明らかになりますが、当初は病名がまったくわかりませんでした。自分の意志とは関係なく首や肩周辺の筋肉が収縮し、頭が傾く症状です。治療もできないまま、2年間寝たきりになりました。
介護生活は文字どおり、手探りの日々でした。病名がわかれば闘う方法もあるけれど、「敵」の正体がまるでわからない。とても不安でした。「なぜ」とネットばかり見て、悩みましたよ。
当の夫はさらに混乱していて、私に「介護のために仕事をやめてほしい」とまで言い出したのです。けれど私は冷静に、夫にこう伝えました。「私は仕事がしたい。もしも仕事をやめたら自分がなくなってしまうと思う。あなたを恨むことになるかもしれない。それに介護はプロフェッショナルのかたのほうがうまい。私が働いてお金を稼いで、そのお金でプロのかたに介護してもらう方がよくない? 」と。専門の医師に出会ってから少しずつ症状は改善し、今では車いすを使いながら生活できるようになりました。
さらに2020年の末、自分自身も病魔に襲われました。胃潰瘍(かいよう)が見つかり、当初は「99%良性です」と言われたものの、精密検査の結果は胃がんの疑いが。しかし、早期発見だった上に、がんなら治療の術があることから「ラッキー! 」と感じたといいます。21年春、公表しました。
冷静に病と、そして医師や治療とも向き合えたのは、それまでの骨髄バンク支援活動などを通じて得た経験があったからです。「なんで、わが子が」「まさか自分が」と、死と向き合う患者やそのご家族の皆さんが苦悩し、それでも前を向く姿を何度も見て、「人生には必ず何かが起きる、その時には覚悟が必要だ」と学びました。
そして覚悟を決めたら次は合理的にどう進めていくか、なのです。たとえばインフォームド・コンセントにしても医師とどう向き合うか、とかね。治療や手術の説明を受けるとき、患者やその家族は聞きたいことが聞きづらかったりするもの。でも、こちらはお金を払ってサービスを受ける側だし、大切な命を預けている。医師と患者は対等であるべきなんです。

私は、医師に説明していただく場合、その様子を録画・録音させてほしいと伝えます。このデータは、自分が家族に説明する場合にも力を発揮するんです。私ががんの宣告を受けたのは、新型コロナウイルスが猛威をふるっていたころ。説明を聞くにも入院するにも、家族は立ち会えませんでした。そんな中で伝えたら、夫と82歳になる母親はパニックになるかも、とも思いました。そこで、医師からの説明の場を録画し、動画を家族にそのまま見てもらったんです。
「これがお医者さまから言われたすべてだよ、あなたを安心させようと真実と違うことを言ってはいないからね……」と。動画がかなり長くて、夫も母も妹も途中で「わかった、わかった、結論だけ教えて」って。もちろん、誰もが私のようにできるわけではありません。そんなときは第三者を入れるといいですね。ボランティアさんなどに立ち会ってもらい、患者やそのご家族が聞きにくいことを医師に聞いてもらう。実は私が様々な支援活動をするなかで、その第三者の「役割」を引き受けてきたからこそ、そう思います。
介護は当事者だけの問題ではない
「第三者」が必要なのは介護の現場も同じ。超高齢社会を迎え、「老老介護」が大きな問題になっています。東さんは「誰だって年を取るんだから、介護は当事者だけの問題じゃない。これは国の、社会の、地域の、みんなの課題」と考えています。
「当事者がどこまでがんばれるか」という精神論にしたり、がんばった人を美化したりしないでほしいんです。家族が介護に疲れた時は、介護してもらえる仕組みがあるといいですね。たとえば難病患者さんは症状が安定しているとなかなか入院もできません。家族や介護者が一時的に休息をとれる「レスパイト入院」のシステムがもっと整うといいなと思います。介護の当事者が少しだけでも楽になれる時間ができます。
「自己責任」という言葉が軽々に使われがちですが、それは社会福祉の基盤が整って初めて使っていい言葉です。公助、共助、自助とありますが、自分でできることはみんなギリギリまでやっている。公助、共助にもっと頼っていいと思うのです。
介護現場では恒常的な人手不足が問題になっていますが、仕事に見合う「やりがい」となるだけの報酬が得られるようになることも大切です。自分が尊重されなかったら、他人を尊重することなんかできないですよね。「やりがい」の搾取は絶対にやめてほしい。働く人の尊厳が守られるためにも、やはりお金は重要です。私たちの活動でもボランティアスタッフは「自腹禁止」なんですよ。少額でも必ず有償ボランティアにしているのはそのためです。

第二の人生、できることがきっとある
高齢者施設に親を預けることに、家族は負い目を感じてしまいがち。高齢者のご本人が「あそこに行きたい! 」と思えるような場所になるといいですよね。
たとえば、施設内に一般の人が自由に出入りできるカフェやギャラリー、ミニシアターなどがあって、住んでいる人がいればどうでしょう。ごはんやパンがおいしいから、いい映画を上映しているから、「あの施設に行ってみようよ」と若い人たちが足を運び、高齢者の方々と交流が生まれるかもしれない。
保育園が隣接していて、高齢者の絵画教室に習いに来た子どもたちが、お返しにタブレットの使い方を教えてあげてもいい。そういう環境やシステムが生まれれば、お互いの理解も深まるし、共助、相互扶助につながりますよね。もちろんスタッフにはちゃんと報酬をお支払いして、無償にはなるべくしない、これが基本だと思います。
そこでは、仕事をリタイアしたシニア世代にも参加できることが、きっと見つかるはず。絵を描くことでもいいし、パンを焼くことでもいいんです。「だれもが、何かできることがある」と思える場になるでしょう。そうすると、介護する人と介護される人も、単純に「救う人と救われる人」という関係じゃなくなると思うんです。お互いにメリットを感じられる関係ですね。
もし私がそういう施設にボランティアで参加するなら、「悩み相談の館」のような場を作るかもしれない。入所されている高齢者のかたが、オンラインで外の人の悩み相談にのるんです。交流も生まれそうですよね。
きっとジェンダーも年齢も問わない、いろんな人がいる場所になる。まさに「まぜこぜ」の世界ですよね。そういう介護施設は、その地域の縮図にもなっているはずです。介護の現場も「まぜこぜ」がいいのではないでしょうか?

介護の話は晴れた日の昼間に
母は現在82歳。元気ですがやはり高齢です。介護はどうしても死を思わせる話だから話題にするのを避けがちだけど、意思表明ができる元気なうちに本人の希望をきちんと聞いておくのが大事。ニーズはその人のライフスタイルに関わることなので、「どういう人生を送りたいか」というビジョンは家族で共有しておいたほうがいいと思うんです。介護のプロの手を借りたいのか、トイレのお世話は同性がいいか、家族がいいか……など。ちなみにうちの母は「プロに任せてほしい」と言っています。
おすすめはね、晴れた日の昼間に話すこと。雨だったり夜だったりすると、どうしても人は不安になりがちだから。明るい音楽でもかけて、冗談をまじえながら、ですね!
これから目指していることは、私たちの社団法人が解散することですね。「マイノリティー」や「LGBTQ」なんて言葉が使われないことがあたり前で、「それってどういう意味? 死語だよね~」なんて言われる。そういう社会になれば、私たちは団体でいる必要も、活動する理由もなくなるでしょう。そんな社会が訪れる日を待ち望みながら、「まぜこぜ」の仲間たちと活動していきます。
(聞き手・中津海麻子、撮影・伊藤菜々子)
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この連載について / 介護を語る
Reライフ世代にとって「介護」は他人事ではありません。親のこと、自分のこと、そして社会のあり方として、これからの介護をどうしていけばいいか。識者の方々に自らの経験やあるべき形を伺いました。
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