<連載> アンチエイジング最前線

1日10分家事をする時間を増やすだけでも効果が期待できます 座りっぱなしには注意

アンチエイジングの最前線――人生120年時代へ 第2部運動編(1)

2022.03.02

 人はなぜ老いるのか――。その謎が近年、解き明かされつつあります。アンチエイジングの研究は、老化の原因を解明し、健康に過ごせる寿命を延ばすにはどうすればいいのかを探求しています。連載では、研究の最前線や、研究に基づいた、日常生活で取り組める具体的な方法を紹介します。

 第2部は運動編です。ふだん運動していない人は、体を動かす時間を1日10分増やしたり、座りっぱなしにならないように注意したりするだけでも効果が期待できるそうです。慶應義塾大学スポーツ医学研究センター・大学院健康マネジメント研究科の小熊祐子准教授に、家事も含めた広い意味での「身体活動」のさまざまな効果や、どのような身体活動をどれぐらいすればいいのかを取材しました。

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ストレッチをするシニアグループ

「運動」でなく家事などの「身体活動」でも

 ウォーキングや水泳、ダンス、筋トレなどの運動だけでなく、庭仕事や掃除といった家事なども含めて、安静にしている時よりもエネルギーを消費する動作を「身体活動」と呼びます。身体活動にはさまざまな効果のあることが、大勢の人を長期的に観察する「疫学研究」でわかっています。

図 身体活動の説明

  加齢に伴い、筋力が衰え、関節が硬くなり、日常生活に支障が出るような虚弱な状態になることがあります。全身の筋力が低下した「サルコペニア」や、心身の様々な機能が低下した「フレイル」(虚弱)と呼ばれる状態です。筋肉や関節の動きを含め、身体のさまざまな機能は、使わないと衰えていくからです。身体活動をすることで、さまざまな身体の機能を維持でき、ひいてはサルコペニアやフレイルを防ぐ効果が期待できます。

フレイルを予防し生活習慣病のリスクを減らす

  国立長寿研究センター老化疫学研究部によると、65歳以上の約400人を約10年間観察した疫学研究では、1日5千歩以上歩く人は、5千歩未満しか歩かない人に比べて、フレイルになるリスクが46%減少していました。速歩や社交ダンス、筋トレ、水泳など、中等度以上の強度の運動を1日8分以上している人は、していない人に比べて、フレイルになるリスクが44%少なかったことも明らかになりました。

グラフ 歩行量、身体活動量とフレイルの発症の関係

  加えて、身体活動をしている人はしていない人に比べて、高血圧や糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病になるリスクも低いことが疫学研究によりわかっています。

  小熊准教授は、そのメカニズムについて次のように説明します。

 「筋肉を使って体を動かすと、血管が拡張し、血流が良くなります。このため、一部の例外的な高血圧を除いて多くの場合は、運動をすることで血圧が下がります。また、糖尿病の人は、食後に糖を細胞内に取り込んで代謝するインスリンが効きにくい、『インスリン抵抗性』の生じた状態になっていますが、体を動かすことで、筋肉などの細胞のインスリン抵抗性が改善されます。脂肪を分解する働きのある酵素の分泌が促進されるなどして、脂肪の代謝も上がります。また、体を動かすことによって、高血圧や糖尿病、高脂血症の発症リスクとなる、肥満を防ぐ効果も期待できます」

不足すれば循環器病や糖尿病の発症が増える研究結果

  逆に言えば、身体活動が不足すると、生活習慣病のリスクが高まることになります。米国の研究チームが約1万7千人を16年間観察した疫学研究では、1週間に2千キロカロリー以上を身体活動で消費する人と、しない人を比べました。しない人の方がする人より、死亡のリスクが1.3倍高かったことが判明しました。これは、生活習慣病に限らずあらゆる原因による死亡についてです。また、心筋梗塞(こうそく)や狭心症などの循環器病の発症リスクは、しない人はする人の1.6倍、高血圧は1.3倍高かったこともわかりました。

 また、別の米国の研究チームが40~84歳の医師約2万1300人を5年間観察した疫学研究では、週1回以上、汗をかくような運動をした人に比べて、しない人は、糖尿病になるリスクが1.4倍高かったという結果でした。

死をもたらす危険因子 日本では喫煙、高血圧の次は身体活動の不足

  世界保健機関(WHO)によると、世界的にみて、死をもたらす危険因子のうち、もっとも死亡の原因となる寄与率が高いのは高血圧(high blood pressure)で、全死亡の13%の原因とみられます。次いで喫煙(tabacco use)(9%)、高血糖(high blood glucose)(6%)と続き、4番目に死亡リスクの高いのが身体活動の不足(physical inactivity)(6%)です。

グラフ WHO報告書 死をもたらす危険因子

 『ランセット』日本特集号「国民皆保険達成から50年」によると、日本の場合、死亡の危険因子のうち身体活動の不足は3番目に死亡への寄与率が高く、2007年には全死亡のうち5万人が、身体活動の不足に起因して亡くなっているとみられます。それ以外の死因のうち、高血圧や高血糖、高脂血症などは、身体活動を増やすことによって予防できるため、間接的には、身体的活動の不足による死亡リスクはさらに高いと考えられます。

グラフ 危険因子・外因と死亡者数

座っている時間が長い日本人 健康に悪影響

  また、最近は、身体活動の不足に加えて、座っているなどじっとしている時間が長い生活も、健康に悪影響を及ぼすことがわかってきました。たとえば、座っている時間と寿命には相関関係がありそうです。オーストラリアの成人約22万2500人を対象にした疫学研究によると、運動習慣があるかどうかにかかわらず、1日のうち座っている時間(座位時間)が0~1時間の人の死亡リスクを1とすると、1日に11時間超座っている人の死亡リスクは1.4倍でした。

グラフ 座りすぎと寿命
 

 厚生労働省によると、世界の20カ国の国民が1日のうち座っている時間の長さを調べたところ、日本はもっとも長かったそうです。20カ国平均の中央値は1日300時間でしたが、日本の中央値は400時間を超えていました。

グラフ 20カ国の座位時間

まず自分の身体活動を把握しましょう

  それでは、具体的にどのように身体活動を増やせばいいのでしょうか。その話に移る前に小熊准教授は、身体活動を増やす前に2点、確認しておくべきことがあると指摘します。1点目は、健康状態の確認です。

 「まずは、健康診断を受けて下さい。自覚症状が無くても、高血圧だったり、糖尿病だったり、不整脈だったりすることがあります。多くの場合、そういった基礎疾患があっても運動はできますが、病状などによっては、治療してから運動しないと、逆に身体に悪影響を及ぼす場合もあります。そういったリスクが無いかどうかをチェックするために、健康診断が欠かせません」

  2点目に確認するべきことは、自分が今、どれぐらいの身体活動をしているかという現状把握です。

 「ふだんは1日に何歩ぐらい歩いているのか、あるいは1日のうち何時間ぐらい座っているか、週に何回ぐらい、どの程度の強度の運動をしているのか、外に出ないでずっと家の中にいる日が週に何日ぐらいあるのか、といったことを、振り返ってみて下さい。現時点でどれぐらいの身体活動をしているのかによって、どのような身体活動をどの程度、増やしていけばいいのかが違ってきます」(小熊准教授)

  また、発熱している時など、無理をせずに運動を控えた方がいい場合もあります。下記は、小熊准教授が10年以上かかわっている、神奈川県藤沢市の市民を対象にした、身体活動を促進するプログラム「ふじさわプラス・テン」で使っている、運動前のチェックリストです。身体活動を始める前に、下記の点に当てはまらないかをチェックしてみて下さい。

表 身体活動のリスクチェック
表 運動前のセルフチェック

  次回は、具体的にどのような身体活動を、どの程度すればいいのかを紹介します。

 (監修=小熊祐子・慶應義塾大学スポーツ医学研究センター・大学院健康マネジメント研究科准教授。協力=日本抗加齢医学会、文=大岩ゆり) 

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  • 小熊祐子
  • 小熊 祐子(おぐま・ゆうこ)

    慶應義塾大学スポーツ医学研究センター・大学院健康マネジメント研究科准教授

    1991年、慶應義塾大学医学部卒業。腎内分泌代謝内科研究室にて臨床・研究に従事した後、2000~03年、ハーバード大学公衆衛生大学院に留学。運動疫学について研究し、公衆衛生学の修士号を取得。現在は生活習慣病の運動療法の指導や身体活動の普及啓発に注力している。主な著書に『サクセスフル・エイジング: 予防医学・健康科学・コミュニティから考えるQOLの向上』慶應義塾大学出版会(2014年)など。

  • 大岩 ゆり
  • 大岩 ゆり(おおいわ・ゆり)

    科学医療ジャーナリスト・翻訳家

    朝日新聞社科学医療部専門記者(医療担当)などとして医療と生命科学を中心に取材・執筆し、2020年4月からフリーランスに。同社在籍中には英オックスフォード大学客員研究員や京都大学非常勤講師、早稲田大学非常勤講師を兼任。主な著書に『最後の砦となれ~新型コロナから災害医療へ』、主な訳書にエリック・カンデル著『芸術・無意識・脳』(共訳)がある。

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