<連載> アンチエイジング最前線

65歳以上の日常生活での事故による救急搬送、8割が転倒 骨折は寿命を左右します

アンチエイジングの最前線――人生120年時代へ 第3部骨編(1)

2022.05.11

 人はなぜ老いるのか――。その謎が近年、解き明かされつつあります。アンチエイジングの研究は、老化の原因を解明し、健康に過ごせる寿命を延ばすにはどうすればいいのかを探求しています。連載では、研究の最前線や、研究に基づいた、日常生活で取り組める具体的な方法を紹介します。

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 第3部は骨編です。介護が必要になる大きな原因の一つが骨折です。骨折は、健康寿命が短くなる主だった要因にもなっています。骨折を防ぐには、骨が弱くなった状態の「骨粗鬆症(こつそしょうしょう)」にならないようにすることが大切です。NTT東日本関東病院の大江隆史院長(整形外科)に、高齢者の骨折の実態や、骨粗鬆症を防ぐための取り組み、骨粗鬆症になった場合にどうすればいいのかを、3回にわたり聞きました。

道で転倒するシニア

女性の要介護になる原因 認知症の次は骨折・転倒

 内閣府の「高齢社会白書」(2021年版)によると、骨折・転倒は、65歳以上の人が介護が必要になる原因のうち、認知症や脳血管疾患(脳卒中)、高齢による衰弱についで4番目に多くなっています。女性に限ってみると、認知症(19.9%)についで骨折・転倒(16.5%)が2番目に多い原因です。

65歳以上の要介護者の性別にみた会とが必要となった主な要因

 交通事故などで骨に大きな衝撃が加われば、年齢にかかわらず骨折が起きます。しかし、高齢になると、大きな衝撃が加わらなくても骨が折れてしまう人が増えてきます。

軽い衝撃でも骨折 平らな場所で転倒して死亡する高齢者が多い

 屋内で立った姿勢から転ぶ、あるいは重いものを持ち上げようとしただけで、太ももや背中の骨が骨折してしまうことがあります。こういった軽い衝撃だけで骨が折れることを「脆弱(ぜいじゃく)性骨折」と呼び、高齢化に伴って増えていきます。

 東京消防庁によると、2015~19年の5年間に、日常生活における事故(交通事故を除く)により救急搬送された65歳以上の約82%は、転倒が原因でした。

事故種別ごとの高齢者の救急搬送人員

 2020年の人口動態統計調査によると、転倒・転落・墜落で亡くなった人の9割以上が65歳以上で、8851人でした。内訳をみると、平らな場所でつまずいたり、よろめいたりして転んだ人が8割以上を占めていました。

65歳以上の転倒・転落・墜落による死亡の内訳

背骨の骨折は年に48万人 太ももの付け根は22万人

 骨粗鬆症財団のリーフレットによると、50歳以上の男性の5人に1人、女性の3人に1人が骨折をしているそうです。

 脆弱性骨折の起こりやすい部位は、背中の骨や太ももの骨、手首や腕の骨です。とくに多いのが腰の上から背中にかけての骨(脊椎〈せきつい〉椎体)や、太ももの骨の付け根の部分(大腿(だいたい)骨近位部)の骨折です。

高齢者の骨折部位

 鳥取大学の研究チームによると、鳥取県内で実施した調査結果と全国の人口動態調査を使った推計では、2020年の患者数は脊椎椎体骨折が約48万9千人、大腿骨近位部骨折が約22万6千人とみられました。

骨折の1年後に以前と同じように動ける人は半数くらい

 脊椎椎体骨折や大腿骨近位部骨折が起こると、健康寿命が短くなるとわかっています。NTT東日本関東病院の大江隆史院長(整形外科)はこれらの骨折の影響を次のように説明します。「脊椎椎体も大腿骨近位部も骨折すると、歩けなくなったり、車いす生活になったりする危険性があります。筋肉や関節を動かす活動が減ると筋力が落ち、関節も硬くなり、場合によっては寝たきりになるリスクもあります。手術やリハビリテーションをしても、1年後に骨折前と同じように動けるようになる人は半数くらいとみられます」

 大腿骨だけでなく、背骨の脊椎椎体が折れても歩けなくなるのは、脊椎椎体の中には脳から下半身へとつながる神経が走っているからです。脊椎椎体では、骨にヒビが入ったり、断絶したりする形の骨折だけでなく、潰れる形で起こる、圧迫骨折がよく起きます。圧迫骨折で脊椎椎体が潰れると、内部の神経が圧迫され、足にまひが起きたり、腰が立たなくなったりすることがあります。

 「大腿骨や脊椎の骨折は、歩行を含めた日常生活に大きな支障が出るだけでなく、寿命にも影響します。骨折がきっかけで寝たきりになれば、肺炎を起こしやすくなったり、活動量が大きく減って虚弱化が進んだりするからです。骨折が間接的な原因で亡くなる人は決して少なくありません」。大江さんは、こう警告します。

太ももの付け根を骨折した人の5年後生存率は一般の3分の2未満

 東京大学の研究チームが1991~96年に大腿骨近位部骨折で入院した患者480人について、2002年に本人や家族にメールや電話でその時点での健康状態などについて調べました。その調査を基に計算したところ、骨折から1年後の生存率は88.5%で、同年代の一般的な日本人の1年生存率(期待生存率)の91.7%よりも低いことがわかりました。骨折から年数が経つにつれ、大腿骨近位部骨折をした人の生存率と期待生存率との差は大きくなり、骨折から5年後の生存率は約40%で、一般の人の期待生存率約60%強の3分の2未満になりました。骨折した人の10年生存率は20%未満でした。

大腿骨近位部を骨折した人の生存率

 三重大学の研究チームが実施した60歳以上の男女629人の追跡調査によると、脊椎椎体骨折を経験していない人の10年後の生存率が86%だったのに対し、脊椎椎体骨折を経験した人は69%と、有意に低い傾向がみられました。骨折した脊椎椎体の数が多いほど生存率は低く、脊椎椎骨を1、2カ所骨折した人の10年生存率が76%だったに対し、3カ所以上骨折した人の10年生存率は50%でした。

脊椎椎体を骨折した人の生存率

 「最近はがん治療成績が上がってきていることもあり、がんの種類によっては、進行がんよりも、大腿骨近位部骨折などの方が、生存率が低いこともあります」と大江さんは指摘します。国立がん研究センターが同年4月に公表した、2008年にがんと診断された約24万人の10年生存率は全体で59.4%でした。

主ながんの10年生存率


 次回は、人の一生における骨の変化と成長期に骨を強くする重要性について紹介します。

(監修=大江隆史NTT東日本関東病院院長、協力=日本抗加齢医学会、文=大岩ゆり)

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  • 大江隆史
  • 大江 隆史(おおえ・たかし)

    NTT東日本関東病院院長

    1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院整形外科医局長、名戸ケ谷病院院長などを経て2021年から現職。専門は手の外科、マイクロサージャリ―(顕微鏡下の微細手術)。ロコモティブシンドロームの研究や啓発活動にも力を入れている。

  • 大岩 ゆり
  • 大岩 ゆり(おおいわ・ゆり)

    科学医療ジャーナリスト・翻訳家

    朝日新聞社科学医療部専門記者(医療担当)などとして医療と生命科学を中心に取材・執筆し、2020年4月からフリーランスに。同社在籍中には英オックスフォード大学客員研究員や京都大学非常勤講師、早稲田大学非常勤講師を兼任。主な著書に『最後の砦となれ~新型コロナから災害医療へ』、主な訳書にエリック・カンデル著『芸術・無意識・脳』(共訳)がある。

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