春を待つ手紙<下>第1回Reライフ文学賞・Reライフ読者特別賞受賞作品

作・室土猩さん(東京都)

2022.06.01

 朝日新聞Reライフプロジェクトと文芸社が創設した「Reライフ文学賞」の第1回受賞作から、Reライフ読者特別賞の「春を待つ手紙」(東京都・室土猩さん)を、上・中・下の3回にわたってお届けします。今回は〈下〉(最終回)です。

Reライフ文学賞ロゴ

「春を待つ手紙」<下>-目次

母の便箋

「人の身はいつ許されて大空の――」

 やっと空と海への返事を書き終わりました。それでは早速、あなたのお手紙に着手させていただきます。

 今月の誕生日で、私もとうとう六十歳になりました。世間でいうところの還暦ですって、驚いてしまいます。あなたは六十三歳になるのかしら。心は女学生の頃と変わらないのに、体だけが老いてゆく。とても不思議な気持ちです。あなたが還暦を迎えた時は、いかがでしたか?

 今、欲しい物と訊(き)かれたら、私は年相応に老けてゆく心と答えるかもしれません。そうすれば、迷わず老いることができるでしょう。あなたは、美貌(びぼう)とでも答えると思ったのかしら……それはそれは、お生憎(あいにく)さまでした。でも憎まれ口はこれくらいにして、本当に嫌われると困りますから、近況の報告にうつらせていただきます。

 実は最近、或(あ)る男性から、欲しくもない飲み物を出されたり、手紙を渡されることが続いて困っています。男性といっても、チビで、髪の薄い九十歳位のおじいちゃんで――ごめんなさい、あなたの方が素敵だと言おうとしただけで、言葉が過ぎてしまいました。手紙の内容は、……隠し事は嫌なので正直に書いてしまいますね。いわゆる黴臭(かびくさ)いラブレターといったところです。当たり前ですが、私にその気はありませんからご安心下さい。

 しかし誤解のないように申し上げますが、恋をしたくないと言っているのではありません。相手によりけりと言っているだけなんです。女ですもの、男性への憧れは、十五の頃から心の隅に潜んでいます。あなたに見つからないよう、ずっと、内緒にしていたんです。こんな複雑な心境で生きているんですから、女ってどんなに大変かが分かるでしょう。

 ところがです、先程、この男性(ひと)が別の女性と親しそうに頬を寄せているところを見てしまいました。いつも私だけに優しかったのに、変わりやすい男心には驚くばかりです。私は嫉妬したのでしょうか、それとも男性にひとこと言いたかったのでしょうか、自分でも分からないまま二人に近づいていました。

 すると向こうの女性が穏やかに手を差し伸べて、私もつられて手を出して、優しく互いの手のひらは合わされました。私は自分のはしたなさに気づいて、笑いました。向こうの方も微笑(ほほえ)んでいます。

 お相手の女性も、九十近くでしょうか。近くで拝見すると、真紅(しんく)のワンピースが印象的で、しかもその鮮やかさが浮(うわ)つかず、しっくりと納まっています。悔しいけれど、女性は幾つになってもこうあらねばなりませんね。そうでなければ、浮気っぽい男性を繋(つな)ぎとめることはできませんから……。

 しばらく彼女の赤いワンピースを眺めていたら、あの日に還(かえ)ったような気持ちになっていました。あの日とは、あなたの復員通知を受け取った日のことです。

 あなたが帰ってくることを知って、私はどのくらい跳ね回っていたのでしょう……、でも頭の隅で、困ったなという思いも湧いてきました。

 どうしてか分かりますか?

 秋田から東京に戻ってからというもの、大方の衣類は食べ物に代わってしまい、あなたをお迎えするような着物や洋服が、一着も残っていなかったんです。男性にとっては、どうでもいいことかもしれません。でも女性には、とてもとても大事なことなんですよ。そこで私は家中の布切れを集めて、洋服を仕立てはじめました。出来上がったのは、引き揚げ船が着く当日の朝でした。空をあやしながらの大奮闘です。

 鏡の前で、新しいワンピースを着て、何度もお帰りなさいを練習しました。ちょっぴり派手だったのは、誰よりも早く、私を見つけて欲しかったからです。だって私のために帰ってきてくれたんですもの。

 港で、私が赤いワンピースを着ていたことを憶(おぼ)えてますか?

 あなたは似合うよって抱きしめてくれて、空は大声で泣くばかりで、私はあんなに練習したのに、ひとことも喋(しゃべ)れなかった。やはり現実は、与謝野晶子の歌のようにいきませんね。……もうあれから四十年です。年をとると、昔のことが昨日のことように想(おも)えて、逆に最近のことが昔のように想えます。これも新しい発見です。

 目の前に、白衣の人たちが、何かを並べています。……分かりました、食事です。私ったら手紙を書くのに夢中で、昼食の時間を忘れていたようです。辺りを見回すと、例のおじいちゃんもいなくて……あら、見覚えのない手紙を見つけました、開けてみましょう。

 ……懐かしいわ。これは、結婚の時、あなたのお母さんからいただいた手紙です。こんな大切な物を、何処(どこ)に仕舞(しま)い忘れていたのかしら。病気のせいか、年のせいかは分かりませんが、もの忘れには本当に嫌になってしまいます。内容については、母と娘の固い約束ゆえに永遠に秘密です。悪(あ)しからずご容赦下さい。

 では時間ですから、食欲はありませんが、いただいてみます。食事の後、少しだけお昼寝もしようと思っています。

 それでは、しばしの間、ペンを置かせて下さい。

トップへ戻る

春を待つ手紙

祖母の手紙

「――星の神秘と程近くある」

 拝復

 寒さの折り、東京では銀杏(いちょう)が散りはじめたとのお便り。北国のこの村では、奥羽の山々が桔梗(ききょう)色に染め抜かれ、驚くほど近くまでせまってまいりました。貴方(あなた)様におかれましてはご健勝のご様子、なによりと存じます。

 本日、まばゆい日差しにつられて空を見上げましたところ、光の粒が素敵に列を組んで舞いながら、やがて睫毛(まつげ)の先を真綿のようにかすめ、地面に降りると、初雪にかわっておりました。宙(そら)は青々と音もなく、大地ばかりが柔毛(にこげ)のごとき銀の衣を羽織ってまいります。あたかもわらべ唄さながらの光景に、わたくしは大根を洗う手を休め、遠い気持ちで見入っておりました。

 幼少の頃、藁(わら)シベ布団に顔を押し当て、夏の匂いをまさぐったこと。その中で父と母と川の字になって温(ぬく)まったこと。……それとも両親との寝物語を思い出していたのかもしれません。

「カンコは授かりものよ。男共の授かりものよ」

 カンコとはわたくしの愛称で、これが冗談めかした父の口癖でございました。わたくしもつられて笑い、うなずいておりましたが、想えば、わたくしは村では稀(まれ)な一人っ子ですし、まだ口減らしの間引きの噂も残っている状況で、子供の無い家が貰い子をすることなど、当たり前のことでございました。煩瑣(はんさ)な役場の手続きは、省かれることもしばしばだったそうでございます。

 それとも、もしかして母が……そう考えると、私も女のはしくれですから、よけいに母がいとおしくなってまいります。

「カンコは授かりものよ。女共の授かりものよ」

 すると母は、こう言って口を尖(とが)らせたものでございます。

 また聞きとはなりますが、父は村一番の伊達(だて)者だったらしく、近隣の村には、顔だちの似た子供がいたとか、いなかったとか……。だからといって村に波風が立つわけでもなく、何事もなく季節は巡ってまいります。

 舶来思想に親しまれた貴方様には、にわかに信じがたいと存じますが、もちろんわたくし自身、文字としてしたためると頬が赤らんでまいりますが、言葉というものがなかったら、これは女としてのひいき目でしょうか、むしろ穏やかな温(ぬく)もりのように存じます。

 はじめに貴方様にお礼を申すべきところを、わたくしごとを述べさせていただいておりますのは、我が家の成り立ちなど、貴方様が思われるようなものではなく、このように数行も費やさない、まことに取るに足らぬものであることをお伝えするためでございます。

 ここで後先が逆になりました非礼をお詫び申し上げるとともに、トウヘンボクと夫婦(めおと)となっていただけるということに、衷心より感謝申し上げます。

 しかしながら、こういう言い方をすれば語弊があるかと存じますが、わたくしには息子の結婚よりも、男所帯の我が家に娘を授かったことの方が嬉(うれ)しくて、胸が張り裂けんばかりでございます。

 何反から何俵の米をとるかの暮らしにおわれ、牛馬と同等に働いておりますわたくしでございますが、何処かに子供の頃からの想いが残っていたようでございます。

 ただ今、貴方様のお手紙を仏壇に供え、ロウソクを灯(とも)しました。

 大袈裟(おおげさ)なことと、お笑いにならぬようにお願い申し上げます。隣がお寺さんなものですから、昔より染みついた習慣でございまして、このようにしないと落ち着かないのでございます。

 お寺という文字をしたためた途端、幼少からの秘めた願いが、よみがえってまいりました。決して男には分からない、女だけのささやかな夢でございます。わたくしにとりましては、少々気恥ずかしいことでもございますが、耳たぶのほてりを隠しながら筆を進めてまいります。

 実は、わたくしは、もの心がついた頃から、今の方丈様に憧れておりまして、何かにつけては、お寺にお邪魔させていただいておりました。たしかわたくしより、ふたつほど年上かと存じます。もちろん伺う時には、よそゆき様の着物をおねだりしたものでございます。

 それが十歳の頃だったでしょうか……女の子とはおませなものでございますね、男女が寝ると子供が出来ると小耳にはさみまして、昼寝をしている方丈様の横に添い寝をしてから、胸をドキドキさせて家に帰ったことがございました。

 その夜、わたくしは意を決して、母に子供ができたことを打ち明けました。母はきょとんとしておりましたが、すぐに察したらしく、「そう、きっと女の子のような気がするわ。わたしもカンコが女の子で嬉しかったもの。さぁて娘ならお輿入(こしい)れは、どんな花嫁衣装が良いかしらね」と、申しました。

 その言葉を耳にすると、頭上の輝かしい世界が開け、わたくしは天にも舞い上がらんばかりになっておりました。なぜなら、すでに自分の輿入れを通り越して、将来、わたくしから生まれるであろう、娘の祝言(しゅうげん)を夢見ていたのでございます。それ以来、わら半紙に描き続けた振り袖や打ち掛けは、数えきれないかと存じます。可笑(おか)しいにもほどがありましょう。

 ところが肝心な年頃になりました折り、うちの宿六に懇願されまして、あまりの熱心さに哀れになったものですから、……やはりこれも女のさがなのでしょうか、情にほだされたまま夫婦になっておりました。

 そして生まれたやや児は、すべて男ばかり。方丈様は女の子ばかりでございます。

 もし方丈様と結ばれておれば女の子が生まれていたかもしれないなどと、お会いするたび、胸が高鳴ることも無きにしも非(あら)ずで……困りました。筆がわたくしから離れ、どんどん勝手に進みはじめたようでございます。どうか、これらはすべて女同士の秘密にして下さいますよう、お願い申し上げます。

 さきほどから宿六は、御神酒(おみき)と称して、どぶろくをちびちびと飲(や)りはじめました。こんな嬉しい日ですもの、わたくしも、お流れを頂戴(ちょうだい)しております。

 貴方様の心を痛めております事情は、あの子の口ぶりから、うすうす感じておりました。しかしながら、人のこしらえた時勢の悲しみは、人の手でぬぐえるものかと存じます。何がありましても授かった命は宝でございます。どうかご安心下さいませ。それよりもわたくしが心配しておりますのは、ご両親様がすでに他界されているということでございます。

 このようなことを申し上げるのは、差し出がましいとは存じますが、宿六が是非にと申しておりますので、無礼を承知で付け加えさせていただきます。

 どうか秋田でお産をなさるということも選択肢にお加え下さいますようお願い申し上げます。

 戦況の悪化とともに、東京では食べ物もままならぬと漏れ聞こえております。秋田の食べ物がお口に合うかどうかは存じませんが、干し物、漬物、魚のいい鮨(すし)ほどであれば不自由はございません。またわたくしのようなものでも、女手があると、安心できるかと存じます。

 繰り返しとなりますが、どうか初産(ういざん)は秋田でむかえるということも、含みおき下さいますようお願い申し上げます。

 御神酒のせいでございましょうか、便箋はわたくしごとやら、はてさて無礼千万なことがらで埋めつくされてしまいました。田舎者ゆえの不調法を、何卒(なにとぞ)ご寛容の程(ほど)お願い申し上げます。

 初雪の舞い降りる日、貴方様のお手紙とともに、幼少からの夢でございました、女の子を授かるという慶(よろこ)びがやってまいりました。この齢(よわい)になりましても、不意打ちのような幸せはやってくるものでございますね。季節は冬に向かいますが、我が家には一足飛びに春が訪れたようでございます。これから貴方様とわたくしは、母と娘として、ずっと女同士の言葉を交わしながら生きていけるのでございます。涙が出るほど嬉しいとは、きっとこのようなことを申すのでございましょう。

 結びとなりますが、祝言をあげるあげないはお互いの気持ちでございますから、口を挟むつもりは毛頭ございません。ただ、それならばと宿六は、やや子の柔らかい綿生地をみつくろうため、町に出掛ける算段をはじめました。山の神は、打ち掛けに代えて、暖かい産着を仕立てようと手ぐすねを引いております。どうかこればかりは、ご覚悟のほどをお願い申し上げます。

 東京も、これから寒さが厳しくなるかと存じます。特に貴方様におかれましては、お一人のお体ではございませんので、くれぐれも自重自愛(じちょうじあい)のほどお願い申し上げます。

 なおすぐにいらしても、こちらはまったく問題はございません。明日にでも、着の身着のままでお越し下さいませ。心よりお待ち申し上げております。

 まずはとり急ぎ御礼まで      

敬白 

奥羽のふもとの母より 

愛(いと)しい娘へ

トップへ戻る

業務日誌

 本日、奥様は三食とも完食。一日中、ディールームで書き物をされ、穏やかに過ごされておりました。明日は、朝から式に出かけられ、夕方、帰設の予定です。それまでに、二人部屋から個室への移動を完了させて下さい。また、ご主人の荷物は、別にまとめておくようにとの指示がありました。担当のスタッフは、荷物や備品の確認および、手紙や便箋などの小物類も忘れないようにお願いします。

 またご主人の遺影が届きましたら、新しい部屋に飾ることも忘れないように、あわせてお願いします。

トップへ戻る

母の便箋

「神ありて結ぶと云(い)ふは――」

 昼寝をしたら、夢を見ていました。正装した人が、たくさんでてくる夢なんです。でも奇怪(おか)しなことに、必ず夢にでてくるあなたや、おばぁちゃんはいないんですよ。

 辺りはうっとりするほどお花がいっぱいで、あなたの好きな百合(ゆり)も見つけましたから、私は嬉しくてお花を摘みはじめました。どれくらいそうしていたのかしら……顔を上げると、隣に男の人がいることに気づきました。お若い方で――たぶん先程から私を見ていたのかもしれません。私は照れくさくて、摘んだお花をその方に差し上げてしまいました。するとその方は、懐かしそうに微笑み、受け取ってくれたんです。

「この方をご存じですか」

 うしろから声が聞こえました。

 振り返ると、心なしか皆の顔が怖くなったようで、私は目を伏せました。もちろんこの方は初めて会った男性(ひと)です。でも知らないなんて言ったら、叱れそうな気がしたので、ちょっぴり嘘をついてしまいました。

 まもなく、泣き声がもれてきました。手を叩(たた)く人もおります。笑い声が聞こえました。しまいには抱きつく人もいて、大きな歓声になりました。全くもって、何だか分からない変な夢でしょう。

 今、目が覚めて、ぼんやりとあの男性を思い出しています。なぜかしら顔が火照っているようで、……もしかして恋をしたのかしら。そんなことを思いつくだけで、ドキドキしてしまいます。

 たとえ夢でも隠し事は嫌なので、やはり正直にお伝えしますね。

「しばらくだったね。帰ってきたよ」と、あの方は仰(おっしゃ)いました。それから、ふいに肩を抱かれ、……どうして殿方はいつもこうなのでしょう。そのたびに女性はハラハラしたり、泣きたくなったりしてしまうんです。

 いかがでしょう、たとえ夢の出来事でも少しは妬(や)けたでしょうか? あなたの、への字に結んだ口元が目に浮かぶようです。

 でも本当に夢から覚めたのかしら……、部屋の様子がいつもと違うような気がして、それから見慣れない写真も飾られています。もしかして、前のように薬が変わったのでしょうか? またボンヤリしたら困りますから、急いで書き忘れを確認させていただきます。

 ……困りました。手紙は信じられないほどの長さになっていて、呆(あき)れるやら、反省もしています。なんとなく淋(さみ)しくて、あなたと話しているつもりが、いつのまにかペンも動いていたみたいです。

 ……淋しい。今、記(しる)したばかりの淋しいという文字を眺めていたら、とても不思議な気持ちになってしまいました。

 もともと一人っ子の私は、一人遊びしか知らなくて、それに両親も早く亡くなりましたから、言葉自体は知っていても、淋しいということがまさか自分のことだなんて想像したこともありませんでした。その真(ほんとう)の意味を知ったのは、あなたと出会い、あなたの中に別の言葉を見つけた時からなんです。ですから何ていえばいいのかしら……、淋しいということを教えてくれたあなたには、何万遍もありがとうを言わなければなりません。このことをお伝えするのは初めてですが、あなたにお会いしてから、ずっとそう思い続けております。

 ……どうしましょう、文字が震えてきました。動悸(どうき)も早くなってきたようです。あなたに大切な気持ちを綴(つづ)ろうとする度にこうなって――やはり、この続きは次のお手紙にさせていただいてよろしいですか。もうこれ以上ドキドキしたら、倒れてしまうかもしれないんですもの。

 ……こんなことを書きながらも、お手紙が届く前にあなたが退院なさり、ふいに逢(あ)いに来てくれたらと、お伽噺(とぎばなし)のようなことを考えてしまいます。もしそんなことになったら、私は少女のように飛び回ってしまうかもしれません。もちろんあなたは、いつものように何も喋らなくても構いません。たとえひと言もなくても、笑顔がぎこちなくても、実はみんなどうでもいいことなんです。

 ……なんだか病院の玄関に、あなたが到着したような気がしてきました。すでに廊下を通って、私のお部屋に向かっているのかしら。……まさか、本当にいらしたら困りますから、口紅だけでも差さなくっちゃ。ちょっぴり身だしなみを整えてから、のちほどまたペンを取らせていただきます。だってまだまだお伝えしたいことがあるんですもの……

父の手紙

「――二人居て心のかよふことを云うらん」

 引き揚げ船の甲板に、日本の廃墟(はいきょ)があらわれた。途方もなく寂(さび)れた風景に、子供を抱えた真紅のお前が、あたかも菩提(ぼだい)寺の来迎図のようにゆらいでいた。

 私の喉(のど)は、すでに嗄(か)れていた。私は船を飛び降り、走り、お前を抱きしめた。消え入るのをとどめるためだった。

 お前は温かかった。何万年も前から待ち望んでいたごとく微笑んでいた。

 息子の空が火がついたよう声をあげ、抱きとめると、私の髭面(ひげづら)を小さな足で撫(な)で回した。まるで春風のようにこそばゆい。私は涙の伝うのを感じた。お前は唇をかみしめた。突然、忘れていた笑いが私たちに押し寄せた。二人は空を真ん中でかかえ、いちどきに溢(あふ)れた笑いに身を任せていた。

 あれから七十五年だ。かつて心中したかもしれない男と女が、こうして九十三歳と九十歳の老人となって生きている。

 想えば、私の人生はお前への恥ずべき記憶で埋められている。結婚を申し込んだ時もそうだった。

「たしかに私の身辺は、幸福ではないかもしれません。しかし決して不幸でもありません。お申し出ではありがたいのですが、一言(ひとこと)いわせていただくと、あなたの感傷で私が塗り潰されることが、苦しくてなりません」

 たしかにその通りだったのだろう。私は同情を振りかざし、お前を救おうなどと考えていたに違いない。結果、救われたのがどちらかなど明白で、まさしく赤面の至りだ。しかし、その恥ずべきことさえ、今は涙ぐむほど愛(いと)おしい……。

 お前は、今でも赤いワンピースが好きなのだろう。それを着せると、ほんのりと上気する。それから廊下の姿見に、不思議そうに視線を向ける。まるで過去の自分を探しているようだ。

 鏡面を掘り起こすごとく指先を這(は)わせ、時には叩くこともある。けれどもしばらくすると、はにかみ、なぜかうつむく。

 お前は、自分と何を交わしているのだろう。いや、私も同様だが、なぜ自分が自分と対峙(たいじ)するのかと自問することがある。答えの出るようなことではないが、もし人間が、己の足元を確かに把握しようとするならば、主観や客観を超える座標軸としての何か、たとえば、かつて生命(いのち)のみなぎっていた瞬間が必要なのではないかと思う。人間とは、記憶によって生成され続ける生命体だということである。さらに突き詰めるなら、今この瞬間を生きていることと、過去を再生することは表裏一体となってしまうのだが……。

 早いもので、私たちがこの施設に入ってから三年が過ぎた。たぶんお前は病院だと思っているのだろう。誰に向かっても、たどたどしい声で先生と呼びかける。時には私にもだ。スタッフが挨拶(あいさつ)代わりに名前を尋ねる。するとお前は名前と年齢を答える。ずっと六十歳のままである。

 そして二人が暮らしはじめた頃、お前の生き方に驚かされたように、今もなお、お前は様々な驚きをもたらしてくれる。

 たとえば入設の後、わずかな単語しか話せないお前が、壁に貼られた消火器の使用方法を読みだした。お前はまだ文字を読むことができたのだ。

 私は試しに、便箋に文字を書き、反応を確かめた。空腹か、喉が渇いたか、眠いか……。その時々に、お前は頭を縦に横に振り、返事を返す。複雑な文章には、分からないというような様子を見せた。とにかく言葉より、文字への反応が明確であり、仮名よりも漢字への反応が早いということが分かった。以来、メモを通じて、意志の確認をするようになった。

 そんな或る日、お前は自ら便箋に言葉を綴っていた。筆蹟(ひっせき)はおぼつかないが、お前の好きな与謝野晶子の歌であることが分かった。そしてそのあとに文章が連なるが、こちらは文字を部分的に推測出来るだけで、全体として、誰に対するどのような内容なのか読み取ることが難しい。ただ分かっているのは、お前が与謝野晶子の文学に親しみ――かつ、私たち家族もお前の裡(うち)に呼び寄せられ、生かされてきたということだろう。お前は一冊の本も書かなかったが、間違いなく、私たちはお前本人から、多くのものを読み取っていたのだ。

 それから私たちは、お前に手紙を書くようになった。

 認知症の文献を調べると、かなりの重度の患者でも、文字の記憶が残る場合があると記されている。漢字は象形文字なので、文字が意味ではなく、形として記憶された場合、通常の記憶部分とは別の場所へ蓄積されるのかもしれない。だが文字を判別できても、その意味を理解できるかどうかの確証はない。

 現在もなお、お前は便箋に何かを書き続ける。だが明確な文字は姿を変え、複数の曲がりくねった線が記されるようになった。たしかに曲線にすぎないのだが、時折、私には、まだそれが文字に見えることがある。たとえ思い込みといわれようとも目頭が熱くなる。そんな私を覗(のぞ)き込んだお前は、さらに線を書き加える。とうとう紙は真っ黒に塗り潰され、その便箋を宝石箱のように閉じる。

 妙なことだが、最近は互いが理解できるかどうかも、さしたる問題ではなくなってきた。私がお前に手紙を書き、同様にお前も何かを書き続けている。それだけで良いような気がしてきたのだ。

 何故と問われても、上手(うま)く説明はできないが、……このようにはいえるかもしれない。根本的な生命の慶びとは、或る個体が、他の個体と時間を共有すること。そしてその時間を愛しいと思えることではないかと。

 近頃のお前は紅茶を飲ませようにも、トロミをつけないと噎(む)せるようになった。海の作ったおはぎは、私が潰して、少しずつスプーンで口元へ運んだ。

 お前にとって、それが嬉しいのか、迷惑なのかは分からない。確認できるのは、私を見て、アーッと叫んでいることだけだ。その言葉にならない言葉が、私に向けられているということ、それで全てなのだ。

 お前を見ていると、私の妻であることや、人間という区分を超えて、遙(はる)かに息づく生命というモノを感じる。それは決して、低次元であるという意味ではない。何といったらいいのか……お前は、まじりけのない根源に近づいた存在なのだ。

 私は何を書いているのだろう。まだお前に何かを伝えようと、些細(ささい)なことに囚(とら)われているようだ。畢竟(ひっきょう)、文字とは時間とインクの滲(にじ)みであり、時間とは命と命の滲みに過ぎない。

 東の空がかすかな鳩羽色(はとばいろ)を帯び、産声のような囀(さえず)りが、そこかしこへと拡(ひろ)がってゆく。今、この時が、ふたつの生命の最後の寄りそいだ。

 私はウイスキーをグラスに注ぎ、儀式のように口に運ぶ。

 一瞬、お前が笑ったように見えた。

 何を夢見ているのだろう……父母のこと、空と海のこと、私のこと、それとも、かつて戦争で失った恋人のことだろうか。

 私はお前を眠りから呼び戻し、夜明けを共に眺めたいという衝動にかられた。けれども私を認識できないお前は、不安に襲われ、大声を出すだろう。だからお前の髪に触れながら、懸命に込み上げる感情をこらえている。

 この毛先を辿(たど)れば、お前の肉体があり、……肉体の先に魂があり、病気のため鎖されているその裡に、私だけではないことは分かっているが……二人で過ごした七十五年の歳月も刻まれていると信じたい。そして記憶の中の生命は、今もなお鮮やかに躍動しているはずだ。

 退屈な私の手紙も終わりに近づいた。やがて一条の光が注(そそ)ぎ、窓の外には、お前の好きな季節が溢れるだろう。そして空の手紙も、海の手紙も、母の手紙も、私の手紙も、お前の好きな季節に包まれる。

 お前に心からの感謝をいだき、ペンをおこうと思う。お前の全てに、ありがとう。他に言葉はない。それでは、しばしのお別れだ。            

トウヘンボクより 

かけがえのない妻へ

<了>

トップへ戻る

<関連記事>

関連記事

あわせて読みたい

おすすめ記事

PAGE TOP