<連載> 今すぐできる終活講座

障害者の親が相続に備えてできること 「成年後見」は必要なコストも考えて

親亡き後の相続②

2022.06.22

 「終活」や「相続」について考えていますか? 大切な人や社会のために財産を役立てたいけれど、何からやればよいか迷っているという人も多いのではないでしょうか。そんなあなたのために、遺贈寄附推進機構代表取締役の齋藤弘道さんが今すぐ役立つ終活の基礎知識やヒントを紹介します。齋藤さんは長女が自閉症です。障害者の親が抱える共通の悩み、「親亡き後(あと)問題」への対策として、前回は「葬儀」と「遺言書」について教えていただきました。今回は、「遺言書」の続きと「後見」について考えていきます。

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「親亡き後問題」、家族にとってちょうど良い対策とは?

どうする? 「遺留分」の問題

 私の家族は、妻・長女(知的障害あり)・二女と私の4人です。私が亡くなった時、通常は相続財産について法定相続人全員(私の場合は妻・長女・二女)で遺産分割協議をして、財産配分を決めるのですが、長女には意思能力がないので遺産分割協議をすることができません。これでは私の残した預金等が使えずに困ったことになるので、「私の全財産および全債務を妻に相続させる」という自筆証書遺言を作成しました。

 前回の話はここまでですが、遺言に関してひとつ問題があります。それが「遺留分」です。遺留分とは一定の範囲の相続人(配偶者・子・親など)に、財産の一定割合の取り分を保障する制度です。相続人が妻と子2人の場合、妻は遺産の4分の1、子は一人あたり遺産の8分の1の遺留分があります。

 「妻へ全部相続させる」という遺言があった場合、遺言どおりにすべての遺産は妻に相続されるのですが、長女と二女はそれぞれ遺産の8分の1を私の妻(子供にとっては自分の母親)に「請求」することができます。これを「遺留分侵害額請求権」といいます。権利ですから、請求するか否かは本人次第です。

だれが遺留分を請求するのか

 二女は自分で遺留分侵害額請求権を行使するかどうかを決められますが(多分、自分の親には請求しないと思いますが)、長女は自分で判断することができません。長女のために成年後見人の選任を家庭裁判所に申し立て、選任された成年後見人が遺留分を請求することは考えられます。

 成年後見人は家庭裁判所が定めますので、誰が選任されるのか分かりませんが、成年後見人の候補者を家庭裁判所に推薦することはできます。ただ、遺留分請求を前提としている場合は、妻が成年後見人になることは難しいでしょう。妻が後見人の立場で、相続人の立場である自分に遺留分を請求することになるからです。

 最高裁判所の統計(2020年)でも、親族が成年後見人等に選任された割合は19.7%ですので、約80%は専門家(弁護士や司法書士等)が選任されていることになります。成年後見人が選任されると、家庭裁判所は財産額や職務内容等を勘案して成年後見人の報酬を定めます。報酬は月額2万円〜6万円だと言われています。成年後見人の報酬は成年被後見人の預金口座から支払われますが、親族が成年後見人の場合は報酬を請求しない場合が多いようです。

 成年後見人は成年被後見人の財産を管理することが主な役割となり、私の長女にはほとんど財産がありませんので、遺留分侵害額請求をするためだけに選任を申し立てして、その後ずっと(長女が生きている間は)報酬を払い続けることは、逆に長女の財産を減らしてしまうことになってしまいます。このような状況の場合は、必ずしも成年後見人を申し立てする必要はないように思います。

気軽に申請しづらい成年後見制度

 ここで成年後見制度についてお話をしたいと思います。成年後見制度には、法定後見制度と任意後見制度があり、さらに法定後見制度には「成年後見」「補佐」「補助」の区分があります。成年後見と任意後見の違いは以下のとおりです。

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成年後見と任意後見の違い

 任意後見のほうが自分の希望を後見人に託して実現できるので良いのですが、本人(私の場合は長女)に意思能力がない場合は任意後見の契約ができません。結果的に、重度の障害者が成年後見制度を利用する場合には、法定後見しか選択肢がないのが現状の法制度です。財産が多い場合は合理的な制度ですが、多くの利用者にとっては成年後見人報酬の負担が重く、誰もが気軽に申請できるような制度ではないように思います。

「親権」を使った任意後見

 意思能力のない子供は任意後見の契約はできないのですが、子供が未成年のうちは親が親権を使って任意後見契約できる場合があります。障害児に成人の兄や姉がいる場合、両親が共同して障害児の親権者(代理人)として兄や姉と任意後見契約を結びます。その後、後見が必要になったときに、兄や姉が後見人となることができます。

 しかし私の場合は、長女にとってのきょうだいは妹だけであり、長女が未成年の時は当然に二女も未成年ですので、この方法は使えませんでした。

 兄や姉ではなく、父や母が任意後見人になる方法もあります。障害児の母親に特別代理人(家庭裁判所が選任した第三者)を立て、父親は特別代理人とともに母親と任意後見契約を締結することができます。これにより母親が任意後見人となることができますが、そもそも両親ともに元気なうちは親権を使えるので、親権を使った任意後見は必要な場面は限定的なように感じます。

 親亡き後問題の対策は、どの対策が自分たちに適切なのかの見極めと、その対策に必要なコストとの戦いのように思います。残せる財産が少ないと不安ですが、多く残しすぎると後見人報酬などで財産が減ってしまう。少しずつ収入が入ってくる障害者年金のような仕組みを残すことができれば、それが一番の対策なように思います。次回はその方法について考えていきます。

 

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  • 齋藤弘道
  • 齋藤 弘道(さいとう・ひろみち)

    遺贈寄附推進機構 代表取締役、全国レガシーギフト協会 理事

    信託銀行にて1500件以上の相続トラブルと1万件以上の遺言の受託審査に対応。遺贈寄付の希望者の意思が実現されない課題を解決するため、2014年に弁護士・税理士らとともに勉強会を立ち上げた(後の「全国レガシーギフト協会」)。2018年に遺贈寄附推進機構株式会社を設立。日本初の「遺言代用信託による寄付」を金融機関と共同開発。

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