【読者会議】もう、忘れたいんだけど…

<Reライフアンケート>捨てたい思い出ありますか?

2022.07.03

 あの時、なぜあんなうそをついてしまったのか……。言い間違えてしまって、ああ大失態――。生きていれば、こんな捨てたい思い出もありますよね。多くの体験談を寄せていただきました。

先生にうそ 苦みは人生の原点

 うそをつくことは、悲しいことなんだ――。
 大阪府の松下依子さん(64)にとって、「捨てたい思い出」とは、この気持ちとともにある。
 小学校2年生の時のこと。国語では、ひとつの単元が終わる度に小テストがあった。母と同い年の女性の担任の先生が、ガリ版刷りの紙で作ってくれていた。
 依子さんは一人っ子で、母は教育熱心だった。「小テストでは100点とる」と母子は約束していた。まじめな性格だった依子さんは、毎回その約束を果たそうと、頑張っていた。
 どの時期の小テストかはもう記憶はないのだが、ある時、先生が返却してくれた答案用紙に、赤ペンで「98点」とあった。今日も100点、のはずが……。衝撃を受けた。お母さんに怒られる! 頭が真っ白になった。
 よく見ると、2問目の答えが空欄だった。なんてこと。とっさに、答えを書き込んでしまった。そして、先生の所に行き、「ここ、答えが書いてあるのに、98点になってます」と伝えた。
 すると、先生は動揺することもなく、「依子ちゃん、また問題飛ばしてるな、と思いながら採点したのよ」とだけ言った。
 そこから後の記憶がない。
 次の記憶は、帰宅したところから。母に答案用紙を見せ、食事も済ませた後、ぼうぜんとしながら自分の部屋でひとり考え込んだ。
 とんでもないことをしてしまった――。
 穴があったら入りたい気持ちになった。うそをつくことは、自分がすごく悲しいことなんだ。そして、信頼してくれている人も悲しませることなんだ。その思いが頭の中を駆け巡った。
 泣きながら、母にすべてを告白した。いつもは厳しい母が、「しょうがないねぇ」とだけ言って、ただ話を聞いてくれた。そして、依子さんは、泣き疲れて眠った。
 依子さんは一般企業に就職し、27歳で結婚し、パートナーと穏やかな生活を送っている。
 だがあの出来事は、今でも思い出すと苦しい。でも自分にとっては、原点ともいえる。「その後は、うそをつかない道を歩いてきたからです」
 「優しいうそ」もつけなかったという。正義を重んじて、周囲とぶつかることもあった。ちょっと杓子定規だったかなと思うこともある。まっすぐすぎる人生だなぁ、と。
 でもやっぱり、この生き方で良かったとも思う。
 母は4年前に他界したが、先生とは今も年賀状を交換している。

(山内深紗子)

読者会議アンケート

海行きたくて「母、入院」

 社会人3年目の夏のこと。知人から急に2日後の金曜日に一緒に海に行こう、と誘われた。山育ちの私は、どうしても行きたい衝動にかられ、上司に「実家の母が急に入院することになったので」と休暇申請し、週末を海で過ごした。月曜日、上司から母の具合について聞かれ「大丈夫でした」と報告。だが私の顔は、日焼けで真っ赤……。上司は、私の顔を見ながら、「良かったな」と一言。今でも、悔やまれます。
(埼玉県 佐藤富男さん 73歳)

好きだったのに「友達」

 大学生のころ、好きだった女性とデートした際に、その女性から「私のこと、どう思っているの? 」と聞かれた。恥ずかしさと照れから、「とても気の合う友達」ととっさに言ってしまった。そして、その女性とは、それきりとなってしまい……。今でも忘れたい思い出です。でもこの反省を教訓に、その後は、思いを寄せる人には、自分の気持ちを正直に伝えるようにし、無事に、意中の人と結婚することができました。
(東京都 男性 51歳)

イチョウじゃなく栗!?

 「大きな栗の木の下で」という童謡を、子供が生まれて3歳くらいになって巡回保育の時にみんなでこの歌を歌うまで、「大きなイチョウの木の下で」と信じて疑わず三十数年生きていました。「栗の木の下って えー? 」と言ったら周りの人たちがけげんな顔。私の通っていた幼稚園は、大きな夫婦イチョウが有名でした。それで「栗」を「イチョウ」だと信じ込んでいました……。今思い出しても、恥ずかしいです。
(東京都 高野淑子さん 69歳)

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