【読者会議】大切なお店 今はもうない…

<Reライフアンケート>閉店してしまったお気に入りのお店は?

2022.07.10

 閉店してしまった、お気に入りのお店はありますか? 寄せられた経験談の中には、ひきこもり中や介護中など、自分が苦しい時期に支えになったというエピソードも多くありました。

生き直す力をくれた古本屋

 「えっ! 」。奈良市の古本屋のレジで今年1月、金子紅(くれない)さん(48)は思わず声を上げた。貼り紙に、来月閉店します、とある。職場から商店街を歩いて5分。自分の部屋のような店だったのに……。
 受験競争で燃え尽きて入った大学は、めざす学部だったわけでもなく、ズルズルと卒業した。
 初めてこの店を知ったのは、就職も進路も決まらずに苦しかった24歳のころ。外出に引け目を感じ、高校の友人から電話がかかってきても出られない。
 早く社会に出なければと思うほど、苦しくなり、ひきこもった。
 確かな真理がわかれば、動揺せずに生きてけるのではないか。「大げさですが、そこまで思い詰めていました」
 勉強し直したくて専門書を探したが、公共図書館には蔵書が少なく、新刊書店でも限られる。ネットでは、手に取って見ることができない。「古本屋があるよ」と母が教えてくれた。
 初めて入った店内は、広く、見たことのない専門書を格安で売っていた。思えば、高校の時は、世界史の資料集を読むのが好きだった。憧れていたギリシャの文化や哲学に関する本を読みあさった。
 前の所有者が引いた線や書き込みを見るのも好きだった。読み方が自分と違って面白い。新刊本以上の価値を感じた。
 支えになってくれる本を手元に置きたくて、通い詰めた。店員に顔は覚えられていたが、「はい、いらっしゃーい」と言うだけで、程よい距離感で接してくれてありがたかった。

行き直す力をくれた古本屋
【写真左】ドイツの哲学者・シュティルナーの「唯一者とその所有」(現代思潮社)。金子紅さんが、ひきこもっていた生活を変えようと思ったのは、この本を読んだことがきっかけだったという 【写真右】金子紅さんが記者に送ってくれた、特に影響を受けた本の表紙のコピー。ギリシャ文化や哲学についての本が並ぶ

 

 一歩ずつ、精神的に立ち直った。29歳の時に、視覚障害者のリハビリを学んで歩行訓練士をめざそうと受験し、学び直した。
 実習で、読書経験の合う、父親ほどの年齢の男性の担当になり、目が見えている時に大事にしていた本をもらった。やりがいを感じたが、心身ともに疲れ、2年目でやめた。
 数カ月間、ベッドから起き上がれなかった。母が散歩に連れ出してくれたのをきっかけに、再び古本屋に通い出した。店にいる間は自分の部屋のようで、心が落ち着いた。
 31歳のある日。図書館の帰り、土産物屋の店先で、パートを募集する貼り紙を見つけた。面接に行ってみると、ちょうど自分と同じ年齢の人が辞めたばかりだという。そこで勤め始めた。
 奈良の中心部にある職場は、増える外国人観光客でにぎわった。立ちっぱなしの仕事は過酷だった。それでも、帰りに古本屋に寄るのが支えになった。
 ところが、コロナ禍で観光客が激減。店のシフトも少なくなった。古本屋の閉店を知ったのは、ちょうどそんな時だった。勤め先の土産物屋と同様にコロナ禍で客が減り、厳しくなったという。
 ただただ寂しい。でも、「これまでためてきたお金をここで使わなくてどうする」と、それから閉店までの3週間、ほぼ毎日通い、計250冊の本を買った。哲学書から水草の育て方まで、あらゆる棚から。
 連日、あまりにたくさん買うので、店員の女性には「もう買わなくていいよ。あなたが破産しないか心配だから、だめ」とまで言われた。
 最終日の2月20日。自分が行く時はたいてい2、3人しかいなかった客が、すし詰め状態だった。皆が次々とねぎらいの言葉をかけている。割って入るのもはばかられた。
 店員にお礼の菓子折りを託して去ろうとしたら、「体だけは気をつけて。またどこかでお会いできたら」と声をかけられた。泣きそうになった。
 閉店を知るまでは、自分の本だけ買えればいい、と思っていた。店に入った瞬間、本と自分、ただそれだけの関係になることが心地よかった。しかし閉店になって改めて、地域社会の中に古本屋がなければ、本は届かないことに気づいた。
 今の職場に勤めて、今年で17年。古本屋との出会いから24年になる。古本屋がなければ、自分はつぶれていたと思う。
 「本に救われたと思っていたけど、提供してくれる店があってこそだった。本は自分の先生、古本屋は自分の学校でした」

(田渕紫織)

閉店してしまったお気に入りのお店は?

父の命支えた おすし2貫

 持ち帰りのおすし屋さん。父が亡くなる1年半前、吐き気がひどく食事がとれなくなった時、「あそこのすしなら食べられるかもしれん」と漏らした。大将に事情を話し、週4日、2貫だけ売ってもらった。最初は大好きなマグロの刺し身を1口。次はシャリも一緒に1貫。次は1貫と半分……と徐々に食べられるようになり、亡くなる3日前まで食べ続けた。父の死後も買ってお供えしていたが、2年ほどして閉店してしまった。
(静岡県 富田敦子さん 64歳)

毎週土曜 店主の気づかい

 近所にあったクリーニング屋。22歳から28歳まで通い、毎週土曜日にスーツを出していた。年配の女性店主は、残業で疲れた自分の顔色を見て「仕事、忙しいの? 」と気づかってくれた。シミ抜きの裏技も、惜しげもなく教えてくれた。貼り紙で閉店を知って寂しくなり、声をかけると、「かなり残念です」と落ち込んでいて、それ以上何も聞けなかった。20年以上経つが、その時の店主の切ない表情を、ふとした瞬間に思い出す。
(神奈川県 牧田武さん 49歳)

「キック」で嫌なこと忘れた

 3月に閉店したキックボクシングスタジオ。2年半前、夫と入会した時はまったくの初心者。初めは川に落ちたかと思うほど汗をかき、続けられるか不安に。でもやっているうちに少しずつ上達し、仕事や家事の嫌なことも忘れ、多い時で月15回通った。トレーナーたちは20歳ほど年下だったが、まるで学校の仲間のように思えた。スタジオのトレーニング動画を見て惜しんでいるが、トレーナーが目の前にいるのとは全然違う。
(東京都 中村かおりさん 48歳)

 Reライフで読者のみなさんにお答えいただいたアンケートは、「Reライフ白書」のページにまとめています。ぜひご覧ください。

関連記事

あわせて読みたい

おすすめ記事

PAGE TOP