【読者会議】今思っても 冷や汗じわり

<Reライフアンケート>人生における「ヒヤリハット」

2022.07.17

 「あのとき失敗やミスをしていたら……」と思うような「ヒヤリハット」の経験はあると思います。小さなきっかけで人生が変わっていたような、冷や汗が出る体験談が集まりました。

さあ役員面接…本社がない!?

 31年前の5月の終わりごろ、当時25歳だった神奈川県の味野和勝彦さん(56)は、就職活動で初めて大阪を訪れた。
 東北地方の国立大学の大学院で樹木の病気について研究をしていた味野和さん。その研究を生かしてバイオ分野の道に進みたいと考えていた。当時の化学系メーカーはどこでもバイオテクノロジーに力を入れていたという。ただ、20社くらい会社訪問をしたものの、上場企業ばかりを選んだせいか、なかなか内定が得られなかった。
 しかし、大阪に本社がある化学系メーカーの場合は違った。
 人事担当が味野和さんのことを気に入ってくれ、大阪での役員面接まで進んだ。
 面接は朝の9時。早かったため、新幹線に乗って、本社近くのホテルに前泊することにした。大阪に着いたのは夕方ごろ。まずは本社の下見に出かけた。7、8階建ての細長いビル。会社の名前が書かれた看板を確認し、ホテルへと戻った。
 面接当日。少し早めに8時半ごろ、本社に着いた。だが、よく見ると人の出入りがない。入り口を確認すると「移転しました」の貼り紙と地図が……。この「本社」は新社屋ができるまでの仮移転先で、1カ月ほど前に新しい本社へと移っていた。
 近くにあったおかしやパンなどを売る店の男性に事情を話すと、「なにしとんの。ここまっすぐだから、はよ行き! 」。言われたとおり土手沿いに本社に向かって、大きな肩掛けバッグを背負いながらスーツ姿に革靴でダッシュした。
 10分くらい走っただろうか。面接開始の9時前には何とかたどり着いた。人事部の人は、汗だくの姿に「どうしたんですか? 」。「実は……」と事情を話すと、クーラーが利いた部屋に通され、麦茶も持ってきてくれた。面接も9時から9時半にずらしてくれた。
 一息ついてから、役員4人との面接。しかし、用意していた想定問答はすっかり頭から吹っ飛んでしまった。「学生時代の研究を説明してください」。説明したものの、「その研究は本当に世の中の役に立つの? 」と言われたことを覚えている。多分、落ちたなと思った。
 しかし、1週間後、内定の書留郵便が届いた。ただ、会社はその年の夏にバイオ部門からの撤退を表明。人事部からは「それでも入社しますか? 」と聞かれたが、また就職活動をするのも大変だと思い、入社を決めた。
 入社後は鉄道塗料などの研究をし、天皇陛下が乗る鉄道の塗料も担当した。焦げ茶色が光のあたり具合で紫にも見えるという特殊な塗料だった。技術職からは外れたが、約30年間勤め続けている。「あの時、もし面接に間に合わなければ全く違った人生になっていたと思います」

(小泉浩樹)

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ニラ焼きそばのはずが

 20年ほど前、当時4、5歳の孫が遊びに来るので、好物の焼きそばを食べさせようと買い物に出た。すると、向かいの門脇に「お持ちください」との紙とともに「ニラ」の束が置いてあった。焼きそばに入れて調理し、お昼に私が先に食べた。間もなく吐くわ下すわで大変なことになった。よく見ると紙には「スイセンです」とも書いてあった。中毒死することもあるという。もし孫が食べていたらと思うと今でもヒヤリです。
(神奈川県 久徳富子さん 80歳)

想定外の列車に間一髪

 鉄道工事に携わっていました。夜間、最終列車の通過を確認してから軌道の交換・補修をします。その日の作業終了間近、いつもの始発より前に臨時の貨物列車が入ってきたのでした。「退避! 」。大声で叫びました。間一髪、線路から飛び出し、全員退避しました。全身に震えが来ました。打ち合わせでの勘違いで、痛恨の確認ミスでした。見張り員を配置し、作業を再開しました。慣れは大事故の元。確認の上にも確認です。
(東京都 早野和則さん 69歳)

鍋から火 とっさの消火

 小学6年生の頃、帰りの遅い両親の代わりに夕食を作ってました。その日は唐揚げを揚げてたのに居間のテレビが気になって、離れてしまいました。気づくと台所が赤くなって鍋の油に火が付いてました。とっさに鍋にふたをして火を消し、鍋を持って家の外に出ました。台所の天井はすすだらけでした。空気を遮れば火は消えると知ってはいたけどよくできたと思います。天井まで届く火柱は忘れられないです。
(福岡県 宮崎里美さん 58歳)

 Reライフで読者のみなさんにお答えいただいたアンケートは、「Reライフ白書」のページにまとめています。ぜひご覧ください。

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