睡眠の質を上げるには? 睡眠障害治療の専門家・内山真さんが解説

オンラインセミナー「いま知りたい! 大人の眠り」Q&A 第2回

2023.03.31

 朝日新聞Reライフプロジェクトは、日本睡眠学会の前理事長で、睡眠障害の治療が専門の内山真さん(東京足立病院院長)を講師に迎え、2月5日(日)にオンラインセミナー「いま知りたい! 大人の眠り~ウェルビーイングの実現のために~」を開催しました。
 セミナーの後半では、内山さんが応募者からの様々な質問に答えました。当日の回答をもとに、内山さんにさらに詳しく加筆いただいた内容を紹介する連載の2回目です。

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オンラインセミナー「いま知りたい! 大人の眠り」Q&A 第1回

睡眠オンラインセミナーQ&A記事用3

運動が脳を疲れさせる

――ゆっくり眠れたと思う日がほとんどありません。睡眠薬を使ってもあまり効果がありません。どうしたら快適な睡眠をとれますか?

 ゆっくり眠れたと思う日というのは、平日はあまりないのが普通かなと思います。
 実際このテーマで調査や研究をしたことはないのですが、自分も含め、自分の周りで元気にやっている人は、朝に「今日は仕事か、休みだったらいいのに」と思いながら目覚めて、でも起き上がって、何とか歯を磨いたり朝食をとったりする。
 そんなことをしているうちに「時間だから仕事に行こうかな」という気持ちになってきて家を出る。そして始業時刻ころになると、ちょうど何となく仕事を始められる状態になっている。
 私もずっとそんな生活をしています。これは皆さんにも共通しているのではないかと思います。

 毎朝、目が覚めると同時に、「今日1日最高に充実して過ごすぞ」と思って1日中充実して過ごすなどということはめったにありません。少しずつエンジンをかけていって、少しずつ夜になったら眠くなって休んでいく、ということが一番自然な姿ではないかなと思います。
 朝に疲れているようなら通常は少しペースを落として1日を送りますね、こうして、私たちの意識しないところで、うまく日々の疲労と活動の調整を行っているのです。「よく眠れた」という日は時々でもよいのだと思います。

――睡眠の質を上げるには、体と頭のどちらを疲れさせるのがよいですか?

 講演の中でお話ししたように、脳が疲れると、脳の疲れを回復するために眠って休養させる仕組みが働きます。
 それでは、脳を疲れさせるのに一番よいのは何かというと、実は運動が一番なのです。例えばテニスをしている時を考えてみましょう。まず目を凝らしてボールをとらえますが、この時、脳の後ろの後頭葉が使われます。次に、ボールが飛んでくる位置を立体的に把握する時には、脳のてっぺんの頭頂葉が使われます。そして、その場所に適切な力加減で正確にラケットを出す時は、脳の前半部の前頭葉が広い範囲で使われます。運動する時、広く満遍なく脳が使われるのです。
 実験的に、片手、例えば右手を全く動かせないようにして、1日過ごすと右側の運動や感覚を支配する左の脳が使われなかったことになります。そして夜になって眠った時、使われなかった左側の脳の眠りが使った右側に対して浅くなったという実験結果があります。

「遅寝早起き型」で自然な睡眠時間に

――睡眠導入剤を長期間服用していますが、ずっと薬を使い続けることにも抵抗があります。薬との上手な使い方を教えてください。

 睡眠導入剤というのは、製薬会社がある睡眠薬を売り出したときに、今までのものより副作用が少なくなったということをアピールするために付けられたキャッチフレーズです。だからおそらく、質問者の方が服用しているのは睡眠薬のことですね。

 睡眠薬を適切に服用していると、睡眠は安定してきます。かえって不眠症になる前よりも長く眠るようになっている人もいます。例えば60代や70代でも睡眠薬を服用すると7〜8時間くらい眠ることができるようになります。それはそれで悪いことではありません。
 ただ、60代や70代の健康な人が睡眠薬なしで眠れるのはおよそ6〜7時間くらいであることを考えると、睡眠薬で1時間分の睡眠が付け足されていることになります。

 睡眠薬を使って毎晩7〜8時間眠れている人が少しずつ睡眠薬を減らしていったら、同じ時間眠れるようになるのかというと、徐々に睡眠時間が年相応に自然な6〜7時間に変わっていきます。
 確かに睡眠薬を減らすときには徐々にやっていくのが良いのですが、成功させるには「遅寝早起き型」にして、寝床で過ごす時間を少しずつ短くし、本来の自然な睡眠時間に近づけていくことが重要です。
 こういう方法で多くの人が睡眠薬を減量したり、やめたりしています。こうした工夫があれば、睡眠薬をやめることは実はそんなに難しくないのです。

 ただ、服用していて特に副作用なく7〜7時間半くらい眠って、「自分はこれがいいんだ」とで思っているなら、よくお医者さんと相談して、そのままでもよいですし、寝床で過ごす時間を短くしながら、睡眠薬を減らしていくのでもよいと思います。
 睡眠薬がやめられなくなるということは、通常の用量で医師の指示に従って使用している場合は起こることはまずないと考えてください。

――睡眠導入剤の服用と認知症のリスクについて、関係があるか教えてください。

 睡眠薬と認知症のリスクについては実はすごく複雑です。
 例えば、「たばこを吸っている人は心臓病を起こしやすい」というのは元々普通の人が好きでたばこを吸っているために病気の要因になる。
 一方、睡眠薬というのは、好きで飲んでいるのではなく、睡眠が不安定だから使っています。睡眠が不安定でよく眠れない一番大きな要因は、心身の不調です。心身の不調は、やはり認知症の危険因子の一つです。ちょっと複雑になってきます。
 ですから、好きでたばこを吸っている時のリスクとは同じに考えることはできません。

 実際に住民調査などで睡眠薬を使っている人ほど認知症になりやすいという調査結果がある一方、睡眠薬と認知症は関係がないという調査結果も多く、結論が出ないのです。
 睡眠薬を服用しているかどうかよりも、毎日の健康感が保たれていて、日中のQOL(生活の質)、あるいはウェルビーイングが保たれていることの方が重要と思いますね。

 もしある種の睡眠薬で認知症が特異的に悪くなることが発見されたら、睡眠薬と反対の作用をもたらす薬で認知症を予防改善する手がかりが得られるはずです。
 しかし、まだまだこうした発見には至っていません。現在使われている睡眠薬で、認知症を起こしている脳の病気をものすごく悪くするようなものはないと考えて良いです。

心身の健康を保つことが認知症対策に

――睡眠中に脳はたまったゴミを捨て、そのゴミがたまると認知症になるというのは本当ですか。今からでもできる対策があれば教えてください。 

 「脳の中にゴミがたまる」というのはいい言い方ですね。睡眠中には、脳の神経細胞と神経細胞の間に隙間ができ、ここを通って老廃物の処理が行われています。
 確かに一部の認知症は細胞と細胞の間に老廃物である異常たんぱくがたまるものがあります。このため、睡眠時間が短い人ほど認知症になりやすいのではと考えて動物実験を行った研究者がいました。
 人間に関しては、地域住民を対象にした調査研究が行われましたが、睡眠時間が長くも短くもない普通の人が一番認知症になりにくかったという結果でした。これまでお話ししたように、高血圧、糖尿病、うつ病などその他の病気と全く同じ結果でした。

 認知症については、本質的には遺伝的な体質などの要因が関係する場合が多いのですが、大雑把に言って体の調子の良い人、心の調子が良い人では認知症になるのが遅くなると言えます。そういう体質を持っていても、健康に暮らしている場合は、実際の認知症になるのに時間がかかるということです。そのため、毎日の健康に対するこまめな気遣いが重要です。こうした意味で、睡眠に不調がある場合は治療しておくのがひとつの対策になります。

――眠りやすくなるサプリメントが気になっています。体質に合う、合わないということはありますか?

 機能性表示食品などと言われるサプリメントについて、日本では厳密に安全性を検討してから出すようになっていますので、規定通りに使えば、基本的に安全と考えてよいでしょう。
 ただ、サプリメントには健康の維持および増進に役立つとは書いてありますが、どこにも特定の病気を治す力があるとは書いてないですね。病気を治す力があるかどうかについては検証していないのです。実際に不眠症という病気をサプリメントで治すのは難しいと思います。

 例えば、機能性表示食品のなかには、腸内細菌や食物に含まれるある種の成分などで体調を整える作用を持つものがいくつかあります。これらが睡眠を改善する作用があったとしても、直接作用なのか、あるいは体調を全体に良くする作用の中で睡眠も良くなっているのかということがはっきりしません。
 不眠症で病院に行くほどでもない方が、サプリメントをきちんと指示通り使ってみることは、特に悪いことではありません。ただし、睡眠に関しては、睡眠習慣の見直しの方がサプリメントよりも重要だと思います。このため、サプリメントを使うようなら、講演でお話ししたように睡眠習慣についても見直してみるのが良いと思います。

 注意すべきなのは、高いサプリメントを買ってしまうと、私たちは、これだけ高いものを買ったからということで、ついどこかに無理やりに効果を見つけようとしがちです。その結果、効果のないものを続けることになってしまうことになります。だから、自分にとって本当に良かったかを振り返って効果を評価することが重要です。

(第3回に続く)

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  • 内山真
  • 内山 真(うちやま・まこと)

    医師 東京足立病院院長 日本大学客員教授 東邦大学客員教授

    1954年生まれ。80年、東北大学医学部卒業。 東京医科歯科大学神経精神科、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所を経て、日本大学医学部精神医学系主任教授(2006~20年)。日本睡眠学会理事長(17~21年)。日本大学医学部付属板橋病院睡眠センターで外来診療も担当する。厚生労働省の検討会座長として「健康づくりのための睡眠指針2014」の作成に尽力した。著書に「睡眠のはなし」「眠りの新常識」「睡眠障害の対応と治療ガイドライン 第3版」など。テレビの健康番組や市民向け講座などの出演も多い。

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