近藤サトさんの「たった一つの選択」に背中を押された


【朝日新聞ReライフFESTIVAL2019】講演「『自分らしく生きる』とは?」を聴いて

3月1日に開かれた朝日新聞ReライフFESTIVAL2019で、二つのプログラムに参加した。

 

  • 「白髪を染めない」 若さへの過剰な通念から解放

 

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フリーアナウンサー近藤サトさんのスペシャルトーク「『自分らしく生きる』とは?」に参加した。紹介文の中に「華やかな語りにちょっぴり毒をのせる」とあり、とても楽しみだった。

近藤さんはグレーヘアを選んで何が変わったかを語った。

 

テレビ局アナウンサーとして企業に属している頃は、長い歴史の中で築き上げられた社会通念を当たり前と思っていた。人間は若くなくては、女性は美しくなくては、という若さへの過剰な社会通念に自分自身も流されていた。ある時、知らぬ間にその通念に縛られていたことに気づく。フリーになり年齢も重ね、化粧品のかぶれなどのストレスから自分を解放するために白髪染めをやめた。たった一つ「白髪を染めない」という選択するだけで、自分の周りの世界が動き、生き方・選択・出会いに広がりが出てきたことは驚きだった。

「近藤さんだからグレーヘアがステキ」ということではなく、老人のしわ・しみ・白髪にその人の積み重ねた年月が美しいと言われたい。

もちろんグレーヘアにしていいことばかりではなかった。自分の目も欺いてきたのだから、鏡を見て落ち込んだこともあるが、今は実像に近づけることができてよかったと思える。なぜグレーヘアにしたかをしばしば尋ねられる。その質問を通じて、どれだけ多くの女性が白髪染めにストレスを感じていたかに気づかされた。

「最近のシニアは若々しすぎて、目標にしたい大人がいない」という声を大学生から聞いた。大人として、生きる姿勢を受け入れてもらえる、白髪でも美しいと思ってもらえることが、人生をステキに積み重ねてきたことへの称賛になる。私自身も先輩たちに謙虚に教えを請いたいと思う。言葉で伝えることには限りがあるが、たったひとつの行動やしぐさで鮮明に伝わることもある。老いて死んでいく姿を若者に見せることも老人の使命ではないかと考えている。

「自分らしく生きる」とはどういうことか?

「自分らしく」ということは日々選択し、行動してきた結果として出来上がっていくもの。未来ではなく、歩いてきた道筋にできていくものである。新しいことに挑戦して進んでいく、その足跡に「自分らしく」が残っていく。

他者から見た「私」は見る人によって様々な「私」がいる。自分のイメージとは違う。日々変化していくポテンシャルを持った自分でありたいと思う。

白髪も非難から賛同へと変化していった。自分の決断を通してよかったと思っている。しかしそうした中でも、他者からの評価を受け入れる柔軟性も持ちたい。グレーヘアから白髪染めに戻すという選択も今後あるかもしれない。それらすべての決定は自分で選びとっていくもの、自己責任である。「自分らしさ」は自分で一歩一歩作り上げていくもの。長い暮らしの中で、「自分らしさ」という言葉で、はまり込んでしまった自分のパターンを見つけ、そこからひとつでも抜け出してみると新しい自分が生まれるかもしれない。

 

近藤さんは、こんな内容を、柔らかな響きで、きっぱりと語りかけた。その声は、自分の凝り固まったパターンの棚卸しへと背中を押してくれるようだった。

 

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  • 「変わる、変える 50代からのおひとり生活」

 

もうひとつは、「変わる、変える 50代からのおひとり生活」というテーマの「リアル読者会議 in フェス」に参加した。「おひとりさま」の第一人者である、荒川和久さんと中澤まゆみさんに男女2人ずつ計4人の読者代表を加えて、「住まいについて」「人と人とのつながり」という議題に絞って話し合われた。

まず4人の読者の暮らしぶりについて紹介があり、それぞれの現状と未来についての問題点とそれらを解決する提案が出された。

老後も自宅で過ごしたいという女性は、最近の介護サービスは進化しており、施設利用にかかる高い費用を介護サービスに充てれば自宅でも豊かなサービスを受けられることを紹介。「見えないものに対しての不安は大きいが、情報を丹念に収集すれば、問題や不安が小さくなる。それで老後の自宅暮らしを乗り切りたい」

独身男性は、老後の賃貸住宅の契約ができるか、入院の時には保証人や経済状態にも不安があるという。退職後1年の男性は、住み慣れた地域で持ち家を減築して妻や兄弟と暮らし続けたい。そのために退職後地域の活動にかかわり、人間関係を構築中だという。

また、60歳になって介護施設に入れるようになったら、老親と一緒に施設に入ることを考えている女性もいた。健康を害した時、認知症になった時が不安だそうだ。

それらの個々の事情を踏まえて、「おひとりさまの終(つい)の住みか」の著者である中澤まゆみさんは、いくつかのアドバイスをした。

まず、(1)どこで介護されるか、(2)誰に介護されるか、(3)どこでみとられたいかの3点を決めておくと良いこと。

施設から自宅に戻った時に、安心感からか元気になり長く生きるケースもあるが、リフォームが必要になったり、家族の負担が増えたりすることもあり、介護・医療・家族のチームプレーが欠かせないという。

一人暮らしの広い家は、学生や女性に貸すなど下宿より緩やかな活用をしたり、趣味等でつながった小さな居場所をつくったりすることで、人とゆるくつながれる。しかし、地方と違って都会のコミュニティーづくりには何らかの仕掛けが必要になることなども指摘した。

 

「超ソロ社会」の著者である荒川和久さんは、ソーシャルリビング・ソーシャルダイニングという、自宅と施設の中間的な人と人とのつながりを提案する。

地域コミュニティーが崩壊している現代社会で、地域で役割を見いだせるのはとても幸せなこと。高齢社会になり、家族との離別・死別など、誰でも「おひとりさま」になる可能性がある。女性は高齢になっても夫を亡くしてもポジティブに暮らすことが多いが、仕事漬けや、妻に依存度の強い男性は、老後安心できる居場所がなくなることがある。そうなる前に自分で誰かとつながる努力が必要ではないかとの指摘だ。自分の好きな場所・人・もの・イベントを仲立ちとした会合に参加することで継続的なコミュニティーに発展させていくとよいと示した。

 

まとめとして、中澤さんは「好きで一人でいるわけではない。誰でも一人になりうる。その時に孤立しない仲間や居場所を作っておく。中途障害や要介護予備軍であるという認識も必要なのではないか。また、行政に任せるだけでなく自分で考え、ちょっとずつのおせっかい、できることをできるだけ、地域の中で仲間・居場所・役割などを積極的に求め、『お互い様の町づくり』」を提案する。

荒川さんは、「一人暮らしであろうとも心が独りぼっちにならない」「自己肯定感を上げる」ことを提案し、「自撮り連続90日」を参加者に強く勧めた。そのことで、「自分の顔に見慣れ」そして「自分で自分を認める」ことができると科学的な裏付けのもとに提唱する。議論の最後に、会場の参加者で「集団自撮り」ならぬ記念撮影を行った。

司会者から「おひとりさま」に代わる言葉はないかとの投げかけに「オンリーワン」「ソリスト」「ソロ」という提案があったが、継続的な課題とし、「個々の心構えだけでなく社会的なシステムを整備する必要」「課題を共有することが大切」であり、「読者会議inフェスで話し合うことが社会化の第一歩」になると締めくくった。

(読者リポーター・境潤子)