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中東の実情を知らなくても 心に刺さる人間ドラマ 

読者会議メンバーがみた映画「判決、ふたつの希望」

更新日:2018年08月29日

 東京・渋谷のユーロライブで8月8日、映画「判決、ふたつの希望」の試写会が開かれました。台風13号が関東に接近する悪天候のなか、参加した読者会議メンバーからは、後日、映画の感想が寄せられました。

「判決、ふたつの希望」(英題「ジ・インサルト(The Insult)」)
 映画は地中海に面する中東の小さな国レバノンの首都ベイルートが舞台です。その一角で住宅の補修作業をしていたパレスチナ人の現場監督ヤーセルと、キリスト教徒のレバノン人男性トニーが、アパートのバルコニーからの水漏れを巡っていさかいを起こすことから物語は始まります。ささいな口論は、ある侮辱的な言動をきっかけに裁判となり、国家を揺るがす騒乱にまで発展。度重なる紛争の歴史を背負ったレバノンで生まれた前代未聞の法廷ドラマは、政治、宗教、⺠族といった複雑な問題を扱いながらも、レバノンで大ヒットを記録。同国で初めてアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされました。


 18もの宗派が共存しモザイク国家とも呼ばれる中東の小国を舞台にしながらも、世界中で異例の反響を生んだ映画をみて、読者会議メンバーはどう考えたのでしょうか。寄せられた感想の一部を紹介します。


小さなセリフの端々から伝わる「中東問題」
中東と聞くと政治と宗教と民族とが複雑に絡みあい、ついどちらが正しくてどちらが間違っているか? という図式で見ようとしてしまう。この映画はそんな単純に色分けられる問題ではないということをレバノンというなじみのない国を舞台に教えてくれる。
 小さなセリフの端々にあらためて中東問題の難しさとそれぞれの感情の根深さが強く伝わってきた。
 ドゥエイリ監督のトークでこの映画がよくわからなかった人は? と挙手を求められた。私を含め多くの人が手をあげたのは、背景にある宗教や民族や政治についておぼろげな理解しかできていないためだろう。
 しかし、ご近所トラブルが裁判に発展した話は非常によく理解できたのではないだろうか。
 久しぶりにセリフ回しのみで展開する映画が心に深く刺さってくれた。また近年、多様性や相互理解や共存といった過去の犠牲の上にたどり着いた英知を否定するような潮流にも思いをはせ、それでも人は共存できるというメッセージを受け取り爽やかに観終わった。(神奈川県 宇佐美千明さん 60代)

胸に刺さる「悪人」の言葉の理由は
 悪人にしか思えないトニーからなぜか目が離せなかった。なぜかすごくつらそうに見えた。ベランダにまいた水が仕事をしているヤーセルにかかってしまって、目が合うのにトニーはなぜ謝らないのだろう。私の心の中は「?」でいっぱいだった。
 「正義は俺にある」「パレスチナ難民はレバノンに保障をしろ」
 トニーの心は憎悪でいっぱいなのに、なぜかトニーの言葉がぐさぐさ胸に刺さってきた。
 冒頭から映画に引き込まれて食事をしていなくて空腹なのも、飲み物を買っていなくてのどが渇いていたのも、すっかり忘れて夢中になって見ました。
 テレビやネットでしか知ることの無い、日本からはとても遠い中東の問題。レバノン人やパレスチナ難民の現実の複雑な思いを知ることが出来たと思います。
 たくさんの人に見て欲しい。つらい過去や心の傷や憎しみの連鎖を人間は乗り越えて前に進む力がきっとあると、この映画を見て思いました。
 娯楽大作でもアクション映画でもありませんが良い映画です。自分の息子に見せたいと思いました。(埼玉県 山田真理子さん 40代)

最後に一筋の希望が
 レバノンとパレスチナの民族紛争を背景に描いた、重い主題の映画。
 経緯はささいなことで、ご近所の男性2人がいがみあい、やがて国まで巻き込む争いに発展する。けれど、多かれ少なかれ、ささいな行き違いが取り返しのつかない所にまで行きつくのは、誰の身の上にもあっておかしくないと痛感した。
 相手の立場を思いやり、謝るのも立派な勇気だ。私がこの2人の立場になったら、どうするだろう?
 2人のように勇気を出せるか、わだかまりを抱えたまま、憎しみを手放せないか、色々と考えさせられた。最後、一筋の希望が見えてホッとした。改めて、また見に行きたい映画になった。(埼玉県 渥美妙子さん 50代)

国内問題として考える機会に
 どのように和解へとつなげるかがキーポイントだと思っていた。しかし、和解ということが本当に可能なのかと考えたとき、思考停止に陥ってしまった。日本人同士、あるいは隣人の間でもなかなか理解しあえないのが現実ではないか。
 映画では、お互いの過去や現実を知ることによって、和解への手がかりとしていた。しかし、私たちの周りではそんなことはあり得ない。自分にかかわりがない限り、かかわらずに済ませようとする。
 このような作品に出合うことによって、少しは自分自身の問題として考えるきっかけになるのではないか。日本に多くの外国人労働者、あるいは難民とひとくくりにされる人々がやってきたとき、私はどんな態度を取っているかなと……。(東京都 水野信利さん 80代)

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