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覆されたイタリアのイメージと家族のかたち 

読者会議メンバーがみた映画「ナポリの隣人」 上

更新日:2019年02月14日

(c) 2016 Pepito Produzioni
 断絶した父と娘、つかの間の隣人家族との交流……。Reライフプロジェクトの読者会議メンバーが今回鑑賞したのは、現代に生きる人々の心の闇を描いたイタリア映画「ナポリの隣人」(2017年)です。幸せそうに見えた隣人一家に起こった思いがけない事件で、互いの家を行き来し合う疑似家族のような平穏な日々は突然幕を閉じることになります。この展開に寄せられた感想はさまざまです。上下2回にわけて紹介します。


陽気なイタリア人が出てこない
 まず目に飛び込むのは建物が落書き、落書き、落書きでびっしり。観光地ナポリでも、住宅街に入るとこんな感じなのかと驚く。人混みの中、老人が歩いている脇をぶつかりそうに疾走するバイク。険しい表情で歩く人々。生活の場所だからなのか、街のいら立ちが立ち上がっているかのようだ。画面には陽気なイタリア人なんて、どこにもいない。
 仲の良い朗らかな家庭も出てこない。なんとか仲をつなぎとめようとしている若い夫婦。すでに壊れてしまって子どもと話を交わそうとしない主人公のファミリーたち。
 安易な、つじつまあわせのハッピーエンドに着地しないところが 長い歴史を生き抜いてきたイタリアの良心なのか。現代のイタリアやどこの国でも起きている、行き所のない崩壊に向かっていく不安を、リボンに包まず、すっと差し出された感があった。(千葉県 小林晴美さん 50代)

(c) 2016 Pepito Produzioni

イメージと異なるイタリア人の内面
 イタリア人の特性は明るく楽天的なイメージが強かった。しかし映画でのナポリ人は、人に対して疑念を抱き、ナポリという土地に優越感と誇りを持ちながら、土地に縛られ、歴史にほんろうされている。その現実に逆らえずに流されてしまっているのがリアルに表現されていたと感じました。
 家族・隣人・関わる全ての人たちの心や感情の距離感・バランスを保つのがいかに難しいことか、人間の持つ計り知れない深い闇や恐怖が淡々と表現されていた。主人公の目の表情が心情を強く物語っていました。現代の日本においても同様なことが起きていると感じます。
 お互いが求めあい、しかし得られない漠然とした心情。そのことにどの様に向き合うのが良いのか。(東京都 廣瀬正子さん 50代)

息苦しいほど深い心理描写
 1月中旬、観光で訪れたナポリは、古代ギリシャ・古代ローマの大きな石の建造物の遺跡が残っていた。何世紀もの間イタリアは世界の中心。映画の映像は、建設中のビルとクレーンや街中の雑踏、難民らしき人の姿など、今のイタリア社会を切り取っていた。
 映画のキャッチコピー「血の繫(つな)がりだけで、心は繋げない。」が、とても気になった。隣人との疑似家族体験は心をつなげられていたのだろうか? 血のつながりは、相手に対する甘えも含め、時として正面からぶつかり合い傷つけあうこともあるが深い。この映画でも「隣人」を失った父の失意を案じる娘や息子とのつながりを映し出していた。心理描写の深さは息苦しいほどでした。つながれる人に出会えることが人生の幅を広げられると感じました。(埼玉県 古澤博子さん 60代)

(c) 2016 Pepito Produzioni

「家族との距離」みつめるきっかけに
 一人暮らしの老人の隣に若い夫婦と2人の子ども一家が引っ越してくる。老人も若い夫婦もお互い家族との絆を求めているが、自身の本当の家族とはうまくいっていない。過去に犯した過ちのために素直に心を開くことができないようだ。老人は隣人の妻に自分の娘を重ねていたのだろう。最後に老人と娘が並んで座っている場面は、隣の家族の事件をきっかけにお互いすぐに分かり合えなくとも、寄り添うことで相手のために生きることを選択しようとしているのではないかと思った。
 家族だからこそ、お互いに遠慮がないことで分かり合えないことがあるのは万国共通なのだろう。自分と子どもたちの距離についても考えさせられた。(埼玉県 古本幸代さん 60代)

いがみ合うなか 家族を意識するとき
 娘に距離を置き、顔を合わせればいがみ合い、優しくなれない。そんな主人公は、しかし心の奥底で娘を気にかけて分かり合いたいと思っている。一方、娘も父親が隣人に親身に付き添う姿を見て、「自分は彼の家族なのだろか」と突き放されながらも、父親を追い込むことも突き放すこともせず思いやる。やはり彼をどこかで父親と思っている。
 隣人の死から父親と娘のわだかまりが解け始め、寄り添う。お互いがお互いを全部理解は出来ずとも心の距離が少しずつ狭まっている。広場で2人が会うラストシーン。この先どうなるのだろうか。
 イタリア・ナポリが舞台だが、私たちの住む日本と何も変わらない現代社会の一面を切り取った映画だった。(東京都 青木永津子さん 50代)

(c) 2016 Pepito Produzioni

移民問題抱えるイタリアの姿 背景に
 試写当日はあいにくの天気。夜は雪になるかもしれないという予報どおり、みぞれ混じりになってくる中、家路に急いだ。この作品でも、南イタリアのナポリの細い路地を急ぐ老人<主人公>のシーンで度々雨に打たれていたが、黙々と歩き続ける展開にもレナート・カルペンティエーリの圧倒的な存在感が印象的だった。
 それら歩くシーンが意味を持っていたように思えて忘れられない。それが「距離」ということなのだろうか。それが邦題にもつながったのであろう。
 「ナポリを見ずして死ぬことなかれ」という言葉があり、20年近く前になるが、ソレント、ポンペイなどのついでに訪れたことがある。今でも汚い、物騒な街という印象を持っているが、丘に登れば、美しい入り江やヴェスヴィオ火山がみえるので忘れられない風景だ。
 この作品でも、冒頭シーンから、落書きだらけの建物などの壁がいやになるほど出てきたが、終わりのシーンには、新しい都市ゾーンのビル群が出てきて変わってきたことを知った。
 それに主人公の身近にも引っ越してきたが、多くの移民たちによって変わろうとしていることもわかる。今のEUが抱える課題のひとつでもある。この作品は、家族を描きながらも、深く、重い意味を持つイタリアらしい巨匠の最新作といえよう。(東京都 蓑輪正信さん 70代)

しばらくして心が解けて温まる
 いぶし銀の輝きを放つ新たな名作。巨匠ジャンニ・アメリオ監督と名優ぞろいでしか創れない映画だ。
 人生を生きていく時、後押しをしてくれるものは何なのだろうか。人を温めてくれるものは何だろうか。それを示してくれたのが隣に住む家族、ナポリの隣人だった。隣人の移民家族は家族愛で包まれている。しかし一家の主は何か激しい怒りを抱いている。
 隣人は大事件を起こす。しかし誰も怒鳴ったり怒ったり笑ったりもせずに淡々と日々の業務をこなしていく。主人公の老人は隣人に付き添うが、その表情も変わらない。
 試写を見終えた私は帰りにお茶を飲むだけだった。しかし、しばらくしてフーッと心が解けて温まってきた。熱い火種が映画から飛んできたようなのだ。普通の生活から発火熱が湧き出るような映画を作るのはかなり高度な職人技だ。
 私のつまらない生活からも温もりを湧き出せると思わせてくれた。これぞ名作だ。(千葉県 沖雅子さん 70代)

(c) 2016 Pepito Produzioni

俳優陣の人間的な魅力味わえる
 「ナポリの隣人」が描くイタリア現代社会における人間関係や生きづらさの映像表現は、私たち日本人が今、抱えている様々な社会問題の根底にあるものを切り取って照射してくれる。この作品でアメリオ監督は、表面的な親子関係や夫婦関係のトラブルにとどまらず、そうしたトラブルを生み出す社会の仕組みや国際政治や資本主義経済のひずみにまで、奥深く追求している。
 そうした監督の演出の狙いを、出演した俳優すべてが理解し、見事に演じ切って、私たちが直面している事態の深刻さを浮き彫りにしてくれる。何より、この作品の俳優陣の何と人間的な魅力にあふれていることか。俳優陣の演技の素晴らしさを味わうだけでも至福の境地を得られる作品である。(千葉県 山田幹夫さん 70代)

こころに残る隣人家族との交流
 永遠のテーマである「父と娘の関係」の映画であると思っていました。しかし、見終わってから、ちょっと違う、いや全く違う作品であると思えてきた。
 主人公の親子が主人公ではない。隣人の家族が私のこころに重く映ってしまった。精神を病む父親、多分これは幼少期のトラウマから来ているものと想像させる。瀕死(ひんし)の重傷を負った隣人の妻が、最後にほほ笑んで息子たちと夫のもとに旅立つシーンが印象に残った。勝手な思いであるのだが、幸せのように見えたのは私の傲慢(ごうまん)な感想なのだろうか。(東京都 小林義和さん 60代) 

人生いろいろ 生き方いろいろ 判断は各自で
 イタリアでは貧富の格差・断絶とカトリックへの不信が募っており、ポピュリズムが大きく台頭しているという。また、「だまされれば、信じたお前が悪い」的な道徳が一般的だと、イタリア在住の長いヤマザキマリさんが上演後のトークイベントで話されていた。陽気なイタリア人を私は思い浮かべるが、それは「過去の幻想」とのことだった。
 映画を観た印象は、「人生いろいろ、生き方いろいろ」というのが正直なところです。「家族って何?、家族の絆、そして幸せって?」「人に寄り添うこと」の根本を監督はこの映画を通して訴えたものでしたが、全編を通じて暗いイメージが強過ぎました。監督との直球勝負。皆さんが劇場に足を運んでご判断をいただきたい。(神奈川県 中谷輝義さん 60代)

(c) 2016 Pepito Produzioni

感じられなかった「血と心」の繫がり
 血の繫(つな)がりだけで、心は繫げない。映画のキーワードと思われる「血と心」というフレーズの解を期待したが期待外れ。父と娘・息子。その父と偶然出会いのナポリの隣人とその家族。父の元愛人。影すら見えない父の妻。それぞれの人間関係の言葉と心が繫がっていない。
 血の繫がりも、心の繫がりも、まったく感じられない。繫がらず、ただただ、それぞれの思いのままにそれぞれの思いの方向に突き進むだけ。本当に期待外れ。誠に残念。本当に、この作品がイタリアの映画賞を席巻したのだろうか?(千葉県 牧野史郎さん 60代) 

時間」「空間」「行間」想像力フルに
 とても静かな映画だった。行間を読む想像力をフルに使いながら映画を観た。
 なぜ娘は愛していた彼との再会であれほどの涙を流したのか。
 しかし、一人歩く帰り道。その時間と空間に想像を巡らせなくてはこの物語はひもとけない。幸せなのは行先でではなく、帰る場所があること。娘も父も帰る場所を求めていたのか。
 隣人が亡くなるのも残酷なシーンはなく、静かに亡きがらが運ばれる。子どももちいさなタンカーに乗せられて……。ただ、隣人との思い出、思い入れもそれほど深くはなく、淡々と日々が流れる。なので、涙は出なかった。
 大きな流れの中で、それぞれが悲しみを背負いながら、時の流れに逆らわず、それぞれの思いを背負い生きてゆく。見ている私たちは時間、空間、行間を想像しながら観る映画だった。
 父と娘は和解したかったのか……。
 同じように父との間に深い長い溝を持っている私には理解できなかった。長い時間がたち、私にとっての父は他人になってしまっている。今更、和解をしようと思う気持ちもなく、逢(あ)いたいと思う気持ちも全くない。この映画が「和解」であるなら、その根底で共感はできなかった。(東京都 金子伊佐子さん 60代)



監督・脚本:ジャンニ・アメリオ
出演:レナート・カルベンティエーリ、ジョヴァンナ・メッゾジョルノら


 2019年2月9日(土)より岩波ホールにてロードショー。108分/2017
〈公式ホームページ〉http://www.zaziefilms.com/napoli/

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