ReライフTOP読者会議最近の活動リポート

明治宮廷を彩った技と美 独自の近代皇室様式  

読者会議メンバーが観た「華ひらく皇室文化」展

更新日:2019年05月20日

 時代が「平成」から「令和」に替わる季節、東京都港区にある泉屋博古館分館では明治宮廷を舞台に昇華した西欧化と日本美を紹介する「華ひらく皇室文化」展が開かれていました。展覧会を鑑賞した朝⽇新聞Reライフプロジェクト・読者会議メンバーの感想を紹介します。

 宮中の晩餐会に招かれた気分に
 展覧会を鑑賞した感想をひとことで表すとすれば「繊細」という言葉でしょうか。皇室に献上するために丁寧に丁寧に作られたことが、品物の隅々から伝わってきて心が温まりました。
 印象深かったのは展示されていたドレスです。じっと目をこらしてみると、ドレスの裾が少しすれているようにも見え、「本当に着用されたものだ」とわかり感激しました。同時に、絹のドレスが色あせずに美しい姿のまま保存されていることにも驚きました。
 可愛らしいボンボニエールにも目が釘付けに。実物は想像よりずっと小さくて、まるで精巧なミニチュアのようでした。今でもお祝いの席に出席された方々にはボンボニエールが渡されていると知り、皇室の伝統を次につなげようとする強い気持ちを感じました。招待状、食器、ドレス、ボンボニエールなどをまとめて鑑賞できたことで、まるで自分が晩餐(ばんさん)会に招待されたような気分になれました。(千葉県 阿部千晴さん 50代)

 魅せられた超絶技巧の数々と心意気
 「見せつけられました職人の心意気を、魅せられましたその技に」
 展示された工芸品の数々を一言で表すとすれば、こんな言葉だと思います。
 あの真葛焼(まくずやき)の初代宮川香山の焼き物、「無線七宝(むせんしっぽう)」の技法で墨画の世界を表現した濤川惣助(なみかわそうすけ)の七宝額、重要文化財であることもむべなるかなという素晴らしい板谷波山の花瓶等々、伝説の名人たちによる超絶技巧の作品を目の当たりにでき、至福の刻を持つことができました。
 これら名品と共に、愛らしいボンボニエールや漆器やガラス器といった、目を見張る、粋な品々が多数出展されており、これらが晩餐や日常生活の場で使用されていた、華やかな往時をしのぶことができました。上野で見逃した若冲にまで会えるという、望外の喜びも味わうことができました。(東京都 田邉学さん 60代)

 貸し出し用の単眼鏡で細部まで楽しく
 作り込まれた技の高さに息をのみます。形は洋風でも四季の移ろいを意匠とするまさしく日本の伝統文化で、角度によって見え方が異なる複雑さも面白く、美術館貸し出し用の単眼鏡で細部まで楽しむことができました。同じく細工の巧みさをめでる物でも、根付けや香合(こうごう)と違いボンボニエールは目にする機会も少なく、貴重な体験でした。
 こんな所で伊藤若冲に遭遇するのも一興、原画そっくりの織物の精巧なこと。なるほど若冲の代表作「動植綵絵(さいえ)」は三の丸尚蔵館の所蔵であるし、明治宮廷は奇想の画家を早くから目をかけていたのでした。学習院大学史料館、ミキモトの展示とともに、皇室文化の粋を堪能しました。(東京都 三井美恵子さん 60代)

 時を忘れて見入ってしまう小箱「ボンボニエール」
 六本木一丁目駅より屋外エスカレーターに乗り、満開の桜を眺めながらたどりついた先は泉屋博古館分館。小さいながらも趣のある美術館でした。
 激動の文明開化。宮廷では伝統を重んじつつ西洋の文明も採り入れていた時代で、特に明治皇室の命による「帝室技芸員」制度により伝統文化が保護されてきたことは竹内久一の《神鹿》(1912年)などの美しい作品群より実感できました。他にも皇室の御慶事を記念して贈られた、おもてなしの小箱「ボンボニエール」はすべてに精巧な細工が施され気品あふれるデザインで時間を忘れて見入ってしまいました。明治宮廷の華やかさにあふれた展示会でぜいたくなひとときを過ごすことができました。(愛知県 前澤恵さん 50代)

 伝統文化の保護・継承に努めた皇室に思いを寄せる
 明治・大正・昭和・平成と時代の流れと共に、宮中晩餐会での食器類や記念式典での記念品を鑑賞することができました。特にボンボニエールの一つ一つには、当時の技術の粋を集めた彫刻が施され、目を見張るものがありました。皇室ゆかりの作品を見ていくと感慨深く、明治以降、皇室がこのような形で日本の伝統・工芸文化の保護・継承にも努めてきたことにも思いを寄せた展示会でした。(神奈川県 松村充泰さん 60代)

 百年以上経ても見劣りしない作品に驚き
 皇室文化という言葉を普段はあまり意識したことがない。しかし、「華ひらく」というタイトルに刺激され、明治の皇室文化とはどんなものなのか、と興味を引かれた。
 展示品を通じ、明治時代は自分の想像以上に、西欧文化が積極的に採り入れられたのだと強く感じた。更に、日本伝統文化は帝室技芸員制度に支えられ保護されてきたこと、その根底で明治期の皇室が守り伝えるのに果たした役割がいかに大きかったかを認識でき、大変勉強になった。工芸、絵画、そして食器やボンボニエールに至るまで、どれも百数十年以上前に制作されたにもかかわらず、現在においても見劣りするものは何一つなかった。(千葉県 浜野靖さん 50代)

 明治を生きた人を実感させる宮妃着用のドレス
 近代化を目指す明治政府と宮廷、西欧風の生活と採り入れるための建物、そこで使われた様々なもの。基は西欧のものなのに、そこに江戸時代から生きている人たちの日本の技が加わり、西欧のものとは違う超絶技巧の工芸・アートとなっています。
 現代でも皇室の慶賀のたびに話題になるボンボニエール、伊藤若冲作「動植綵絵(さいえ)」の《紫陽花双鶏図》を模写して下絵にした2代川島甚兵衛の綴織(つづれおり)額(1902年)、水墨画のような無線七宝の濤川惣助(なみかわそうすけ)の《墨画月夜深林図七宝額》(1899年)などなど、超一流の明治の工芸を見ることができました。これが成人女性の体格かと驚くほどきゃしゃで可愛らしい宮妃着用の中礼服を見て、このドレスを着てその時代に生きていた人を実感できました。(東京都 井戸田美枝子さん 60代)

文化を欧米基準にあわせる必要性考えたい
 「華ひらく皇室文化」とありチラシも美しいものでしたが、実際のものを見てがっかりしました。華々しさがみじんも感じられませんでした。
 欧米に追いつくために向こうの文化を吸収しようとした涙ぐましい努力は感じられますが、文化と言うものを欧米の基準の合わせる必要があったのでしょうか。現在も変わらず同じ傾向にあります。もっと自国の文化を深くしていくことに力を注ぐべきではないでしょうか。(千葉県 沼田和男さん 60代)

最近の活動リポートの関連記事

PAGE TOP