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身近な題材を描き続けた坂本繁二郎の思いとは 

読者会議メンバーが観た「没後50年 坂本繁二郎展」

更新日:2019年10月03日

 穏やかさをたたえた作品を描き続けた洋画家、坂本繁二郎(さかもと・はんじろう 1882―1969)の「没後50年 坂本繁二郎展」(東京・練馬区立美術館)を鑑賞したReライフプロジェクト読者会議メンバーの感想を紹介します。

 坂本繁二郎と青木繁、2人の絶筆に感動
 久留米の生んだ奇跡の2人、坂本繁二郎と青木繁の力作を鑑賞させて頂きました。偶然なのかキュレーターの配慮なのか分かりませんが、2人の絶筆が会場の入り口と出口にそれぞれ展示されていました。
 青木繁の絶筆「朝日」を見た瞬間、モネの「印象」が重なりました。半ば雲に隠れた太陽と房総のうねりはまさに印象的でした。坂本繁二郎のそれは対照的に「幽玄」でした。馬の作品が多々あるなかでも、後年、視力を失った坂本とモネとが強く結びつけられ、感激しました。私のお薦めはこの2点です。
 展示作品に付された説明文が簡明にして面白く、例えば、青木が「大漁」を帝展に出品して3等と評価され怒り狂った、エピソードなどは明治の若さとエネルギーを感じさせます。
 最後に、練馬区立美術館がこんなに洗練された建物とは知りませんでした。作品と建物がマッチし、暑さを忘れる一時が過ごせました。(東京都 島正夫さん 80代)

 描く対象変化、浮かび上がる対象の存在感
 炎暑の中、練馬区立美術館に赴き、坂本繁二郎の画業に接してきましたが、十分満足出来た展覧会でした。
 坂本繁二郎は馬の描写との印象が強かったのですが、その軌跡をたどれる構成で、画伯が追い求めたもの、志した境地が良く理解出来たと思います。
 特に神童と呼ばれた頃の作品の素晴らしさをそのまま展開すること無く、年を経るごとに描く対象を変化させ、それに真剣に向き合った感があります。
 更に色使いも、茫洋としたもわっとした感でありながら、内に秘めた明るさ鮮やかさが感得されて、対象の着実な存在感を表していると感じました。
 画伯が喧騒の都会を離れて八女に居を構えた理由がわかるような気がしました。(東京都 中村哲さん 80代)

 自然なたたずまいの作品から感じられた癒やし
 1982年に京都国立近代美術館で坂本繁二郎展(生誕100年)を拝見して以来、37年ぶりに彼の作品に触れることができた。この間見たばかりのような、自然なたたずまいを持った百数十点の作品たちに触れていくことで、優しく癒やされているような感覚を覚えた。それがとても心地よく、心の中で何度も反芻していた。作品の奥行き、懐の深さは自分の欲するところまでどこまでも広がりを与えてくれて、自分の好きな間合いで静かな安らぎを感じることもできた。
 今回の展示会は坂本繁二郎の、人としての柔らかさと温かさに触れることができた、とても貴重な時間だった。機会があれば、ぜひ生家の方も訪ねてみたいと思った。(東京都 宮田芳直さん 60代)

 淡い色使いや対象の選び方に光る独自の視点
 実物にはない淡い色の組み合わせによって、動物は生き生きと、静物は存在感をもって描かれている絵の数々は見応えがありました。
 静物は、植木鉢、箱、砥石と刃物など「それ?」っていう対象だったりするのですが、画家はこんな風に描けるんだ!と驚くほど独自の視点で捉えられています。同じような対象を構図を変えて繰り返し描いており、「こうも描ける」「こっちもいい」という画家の声が聞こえるようです。
 画壇から距離を置いて自然豊かな八女に住み、毎日アトリエで製作していたそう。まあ、絵オタクだったんでしょう、と思うほどの生き方も魅力的でした。(東京都 中川彰子さん 50代)

 繁二郎の絵と五十数年ぶりに再会
 東京オリンピックが開かれた1964年、某金融機関の新入生社員として、福岡県の久留米支店に勤務しました。その頃、石橋文化センターにはよく行きました。
 顧客の中に福田たねさんの遠縁の方、坂本繁二郎の馬の絵を所蔵されている方がおられ、青木繁、坂本繁二郎の話をたくさん聞かせて頂きました。
 今回、五十数年ぶりに坂本繁二郎の絵を鑑賞して、新たな感激に浸りました。馬の絵しか印象になかったので、牛、馬、果実、野菜、箱、能面などが中間色の微妙な色彩の階調で幻想的な世界を表し、思索的な情意を感じさせてくれて感激です。
 若い時には感じ取れなかった坂本繁二郎の、やさしい人間性も感じることができ、本当に至福のひとときでした。(神奈川県 川崎耕造さん 70代)

 懐かしさや親しみ感じられる繁二郎の絵
 坂本繁二郎は知りませんでしたが、「坂本繁二郎とブリヂストン美術館」と題したレクチャーが以前あり、聴講させていただきました。坂本繁二郎とブリヂストン美術館創設者・石橋正二郎とのかかわりやコレクションの始まり、坂本繁二郎の作品についてレクチャーを受けました。その時、久留米市美術館で開催の展覧会が今夏、練馬区立美術館で開催するとのことで楽しみに待っておりました。
 今回の展覧会で、牛、馬、能など同じテーマを描き続けていて、モネの連作とは違う、それぞれの絵のやさしさ、色彩が抵抗なくスッと受け入れるもので、どこかで見た懐かしさや親しみが感じられました。
 「帽子を持てる女」はコローの影響があるとのことでしたが、私はコローの強さやきつさではなく、ローランサンのふわっとした色彩ともまた違う、坂本繁二郎ならではの存在感を感じました。それはその後の作品にも感じます。(東京都 長田雅雄さん 60代)

 坂本繁二郎と青木繁、絵から感じた永遠の友情
 招待券が届き「あれっ?」と思った。会場で展示されていた最初の絵が、布良海岸(と思われる)と太陽がモチーフの青木繁の絶筆なのだ。チケットの絵と同じモチーフ!?
 坂本繁二郎は、同郷の同級生で夭折した青木繁の遺作展の開催に尽力したとのこと。坂本の死後、六十余点の青木作品が見つかったという。友への哀惜、青木作品の散逸を恐れた友情だろうか?
 夏目漱石の評価を得た牛のたたずまいが、後年の馬の何色もの淡い色合いを重ねた作品につながったようだ。青木の自信作が評価を得られなかった無念を馬に託したかのようだ。晩年の小さき品々に魂を込めて絵の具を重ねた作品から終生、坂本と青木との対話を重ねた証しを感じた。(神奈川県 桑原正子さん 70代)

 絵画の世界で開花した繁二郎ワールド
 この展覧会に招待されるまで、坂本繁二郎なる画家は残念ながら知りませんでした。むしろ同郷同期の青木繁は、小中学校の教科書に載るほど有名ですが……。
 互いに触発しあい、画力を高め合った2人。絵に描かれた「牛」のごとき歩みがゆっくりの繁二郎は天寿を全うした人生であっただけに、派手ではないが、繁二郎ワールドを築いたのではないだろうか。画題は牛、静物、(特に故郷九州の)風景、能面、馬、月……。彼は結局、繁二郎曼陀羅世界の住人だったのだ。(東京都 恩塚良太さん 70代)

 何げない箱の絵に見えた繁二郎のこだわり
 やはり、馬、牛の絵が印象に残った。そして誰もが通常描かない箱の絵に、こだわりがみえた。そういう中にやはり、戦争の悲惨さが隠されているのではないか。だから反動で故郷の平和の、穏やかで落ち着いた絵画が主題になったのではないかと思う。(東京都 芝田正さん 70代)

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