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【読者会議】あの国 この国 忘れ得ぬ旅 

<Reライフアンケート>心に残る海外旅行の思い出は?

更新日:2019年03月17日

 沈んでいた気持ちを変えてくれたり、出会いから友情が生まれたり、壮大な景色に感動したり――。心に残る海外旅行の思い出を読者の皆さんに尋ねると、数々のエピソードが寄せられました。


被災後の心「普通」に戻る一歩

 JR盛岡駅から「快速リアス」に乗り、コトンコトンと山道を揺られること約2時間。岩手県宮古市で暮らす中前田修子(なおこ)さん(64)にとって、外国はずっと「テレビで見るもの」だった。

 大学時代こそ、地元の岩手を離れて東京で暮らしたが、結婚を機に卒業後1年で宮古市へ。子ども3人の育児に、同居する義父母の介護と、忙しい日々を送った。

 そんな日常が一変したのが、東日本大震災。家族は無事だったが自宅の一部が流された。毎日、泥まみれになって家と職場を片付けていると、気持ちがふさいだ。

 ある日、東京に住む叔母の井出英子さん(82)と電話で話していると「頑張って。落ち着いたら、あなたの行ってみたい外国に連れていってあげるから」と言われた。

 井出さんは、幼い頃から中前田さんをかわいがってくれ、東京での学生時代は一緒に暮らした。子どものいない井出さんにとって、めいの中前田さんは、妹か友人のような存在だった。自分自身、夫を亡くして沈んでいた時に友達に海外旅行に連れ出された経験があり、「少しでも元気になってくれたら」との思いだったという。

 最初は「こんな状況で海外旅行なんて」と断った中前田さんだったが、家族の後押しもあり、2012年夏にイタリアへ行くことにした。申し訳なくて近所の人たちにも言えず、ギリギリまで「行くんだ」と自分を鼓舞し続けた。

 映画「ローマの休日」で見た、スペイン広場や「真実の口」などを巡った10日間は「目を開きっぱなし。夢みたいだった」。ただ、成田空港でもイタリアでも「普通に暮らす」人の多さに驚き、ギャップを感じた。重い気持ちを引きずりながらも、「今を抜け出せば、いつか私もまた普通に暮らせるのかな」とも思えたという。

 震災後5年ほどたった頃から、楽しいことも考えられるようになった。振り返ってみると、あの旅も、「普通」に戻るきっかけの一つになってくれたのかなと思う。


■ 44年前に台湾へ 深く感謝

 20歳になったばかりの頃、台湾に旅行しました。10泊のうち、お金を払って泊まったのは2泊のみ。駅で宿泊の許可を求めると、駅員さんが蚊取り線香を持ってきてくれて、シャワーも使わせてくれた上に、翌朝は朝食をおごってくれました。汽車で同席したおじさんの家に招かれて夜市を見学したり、土産物店で洗濯物を洗ってもらったりもしました。
 44年を経て、感謝の気持ちがますます強くなっています。 群馬県 清水明さん(64)


■ 今は亡き妻と巡った16カ国

 定年を機に、夫婦で3カ月ほどかけて、欧州16カ国をバスや列車で巡った。貴重品を入れたリュックサックの盗難や、パリでのスリなどトラブルにも直面したが、ウィーンでの音楽鑑賞や新婚旅行以来のポルトガルなど、素晴らしい旅だった。
 その妻も一昨年、がんで他界した。今は、妻がブログにアップしていた紀行文を本にする作業に取り組んでいる。決して忘れられることのないように。 埼玉県 成澤眞司さん(70)


■ 趣味満載 欧州への一人旅

 2017年、欧州を1人で1カ月間、旅しました。42年間チビチビと老後の資金をためていましたが、息子の「今が老後やん」の一言が背中を押してくれました。
 パリの手芸店やミニチュアワンダーランドなど、趣味満載の旅。私は英語の聞き取りは壊滅的で、話すのも中学程度なので、ストレスで胃がおかしくなり、3キロ痩せて帰ってきました。でもソウルやストックホルムなど、行きたいところはまだ果てしなくあります。 大阪府 平山裕美さん(64)

 Reライフ面では月替わりのテーマで皆さんの意見や体験談をお寄せいただき、紙面で取り上げます。最新のReライフ面アンケートの詳細はこちらページでご確認ください。
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