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【読者会議】死を思い 生を見つめる 

<Reライフアンケート>死を迎える覚悟、できていますか?

更新日:2019年05月12日

 誰もが迎える死。私たちは、どこまで心の準備ができているのでしょうか。病気や身近な人の死など「覚悟」するようになったきっかけ、支えにしているものなど、様々な声が寄せられました。


別れ重ね知る「毎日を大切に」

 「若い頃の苦労、そして大切な人の死が、育んでくれました」。兵庫県猪名川町の芦田冨美枝さん(59)は、自身の死生観を支えるものを、そう教えてくれた。

 17歳の時に父の会社が倒産した。陸上選手になる夢を諦め、千葉から福井の祖母宅に転居。学校を中退して毎日必死にスーパーで働いた。「『永遠』はない。目の前のことを、一つずつこなす大切さを学びました」

 包装会社で働いていた29歳の時、同僚だった夫(56)と結婚。パートもしながら子ども2人の育児に夢中になった。ところが今度はリーマン・ショックで夫の会社が倒産。48歳で介護資格を取り、認知症のお年寄りが暮らすグループホームで働き始めた。

 家族のように身近に感じていた利用者さんが、日常の中で亡くなった。「死は自然なことだと、怖くなくなった。思った通りに死ねるとも限らない。死ぬ時は、ひとりで逝くものだと思うようになった」。私生活でも、義理の父や実父、愛犬の死。友人のがん……。そのたびに、思いを強くした。

 今は子どもも独立。準備はできているつもりだ。いつ、その時がきても心残りがないよう、一日一日を懸命に過ごすことを心がけている。週4日働く、調理の仕事もそのひとつ。20代の同僚との会話に刺激を受け、客の「おいしかった」に元気をもらう。

 だが、ひとつだけ答えがでない死がある。理不尽な死だ。桜から新緑へと移り変わる4月25日。毎年この日が近づくと、考えこむ。

 2005年、107人が死亡したJR宝塚線(福知山線)脱線事故。友人の息子さんが犠牲になった。「ご飯食べてる?」「眠れてますか」と声をかけることしかできず、無力さを感じた。
 こうした事故で生を断たれることまでもが「自然」な死だとは、思えない。答えは出ないが、可哀想と思うことも不遜だと感じる。「生も死も、人の手の及ばぬもの。幸不幸の勝手な評価を与えるのは違うと思います」


■ 病を機に気づいた今の幸せ

 高校生の時に腎臓を患い、2年間療養した。悪化すれば人工透析の可能性もあり、死も想像した。若くして死ぬことは、かわいそうだと言う人もいる。でも私は、死ぬかもしれないけれど、行きたい場所、達成したいことがある自分は幸せだと思った。それ以来、与えられたものの中で幸せを感じるという「降りていく生き方」が定着した。すると、心は穏やかに。努力はするが、なりゆきに任せるという気持ちが大事だと思う。 岡山県 女性(64)


■ 心響いた「メメント・モリ」

 私立高校で倫理を教えている。父をみとり、死は怖くはなくなった。昨年、初期の胃がんで手術。術後、麻酔がさめて目覚めると、新しく生まれ変わったような感じがした。治療後、ラテン語の「メメント・モリ」という言葉が心により響くようになった。「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」というような意味。一日一日を、後悔なく生ききることを心がけている。生徒とも一緒に、生と死について考えている。 埼玉県 植野泰彦さん(64)


■ 最期はひとり 自立を選ぶ

 5年前に離婚した。扶養され、守ってもらえる安心感への期待も持って結婚し、主婦になった。だが、実生活では伴侶との信頼感、依存や甘えのバランスの難しさに直面した。子育てを経て、両親をみとり、死ぬ時は家族がいてもひとりだと気づいた。自立したい気持ちが強くなった。安心感を手放す葛藤もあったが、子どもが成人したのを機に離婚を選んだ。不安を直視できた時、自然と死ぬ覚悟ができていた。 神奈川県 飯田京子さん(55)

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