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【読者会議】笑いや涙 結婚式の思い出は 

<Reライフアンケート>忘れられない結婚式はありますか?

更新日:2020年01月19日

 思い出に残っている結婚式はありますか? 読者の皆さんに尋ねると、披露宴も含め様々な経験が寄せられました。また、そもそも式をした方がいいと思うか、意見を聞きました。


立派な新郎ぶりに成長感じた

 埼玉県飯能市の小島英樹さん(64)は、2018年の春にあった長男の結婚式と披露宴が忘れられない。3人の子どものうち唯一未婚だった長男の結婚に「子育ての節目」を感じたうえ、忘れ物を取りに帰る失態があったからだ。

 式の当日は、自宅に泊まった娘や孫と一緒に少し早めに会場に向かった。「結婚式は両家を結ぶ儀式」と考え、式の前に予定していた親族の紹介は、それぞれの人となりが印象深く伝わるよう準備。移動の電車の中でも、紹介する順番や内容などを再確認していた。

 ふと、荷物が少ないことに気づいた。「礼服がない!」。慌てて電車の時間などを調べると、すぐに引き返せば親族紹介はできそうだ。次の駅で一人、電車を飛び降りた。礼服を持って会場についた時には、それほど暑くない時期なのに汗だくだった。着替える間もなく部屋に飛び込んで「すみませーん」と謝ると笑いが起きた。「やらかしたと思ったけど、結果的には皆の緊張がほぐれ、ぐっと親族間の仲が縮まった気がした」

 長男は何かと手がかかり、いつも心配させられた。神社で厳かに式が進む中、長男の子ども時代からこれまでを思い出し、「いい方向に人生が向かっている」とうれしくなった。披露宴では、お色直しで付けひげをして登場するなどサービス精神を発揮。あいさつも立派で、一人前になったことを確認できた。式を挙げてくれたおかげで、親としての大きな節目を味わえたと長男に感謝した。

 小島さん自身の結婚式は約40年前、仲人を立てる「当時の当たり前」のスタイルで挙げた。家と家が親族になることを確認する場としての意味合いが強く、必要なときに互いに力を借りられる関係を築けたという。

 いまは式や披露宴をしない人も増えた。だが長男は、自身と同じく式と披露宴をしたからこそ、親族との絆が深まったと思う。そしていつか、「この絆が長男の支えになる時が来るかもしれない」。そう感じている。

■ 震災後 生きて祝えた喜び

 阪神・淡路大震災のあった1995年、娘が神戸のレストランで式を挙げた。親族の多くは阪神間在住で、亡くなった人はいなかったが、けがや家が倒壊するなどの被害があり、娘は迷ったものの復興に少しは貢献できると挙式を決めたようだった。避難所からの列席者らには普段着でご出席いただき、華美な演出もない人前式でしたが、2人をつないだジャズが流れるなか、生きて祝えることを喜び、忘れ得ない式となりました。
(大阪府 根矢節子さん 74歳)

■ 娘が企画 感動サプライズ

 10年前に妻を亡くし、2018年に再婚したが、結婚式は挙げなかった。せめて記念写真ぐらいは、と思っていたところ、大学生の一人娘が「お祝いに3人で食事に行こう」と誘ってくれた。が、連れて行かれたのは教会。娘が選んだ真っ白なドレスを着た妻と撮影してもらった。それだけでも感激なのに、教会の扉が開くと、そこには20人ほどの親族の姿があり、そのまま式を挙げた。全く予想もしておらず涙しました。
(徳島県 男性 44歳)

■ 同じ姓が生んだ持ちネタ

 夫とは元々同姓で、招待状や式場には「守田」の文字がいくつも並んだ。親族も守田が多く、披露宴の席次表やあいさつでこれでもかと登場。笑い出す人が続出しました。事前の打ち合わせでは牧師さんが何度も旧姓が守田か確認。そして姓に気をとられ過ぎたのか、永遠の愛を誓うか尋ねる時に私の名前は間違えられ、私も流れを止められず返事をしてしまいました。「実は夫と愛を誓っていない」が持ちネタになっています。
(山口県 守田美栄子さん 55歳)

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