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《叫び》は1枚ではない 同一タイトルの作品から読み解く 

Reライフおすすめ講座「ムンク 絵画の楽しみ方」 その1

更新日:2019年01月16日

 「愛と苦悩の画家」エドヴァルド・ムンク(1863~1944)の油彩画や版画など約100点を集めたムンク展が2019年1月20日まで東京都美術館で開かれています。朝日新聞Reライフおすすめ講座では、展覧会の準備にかかわった東京都歴史文化財団の水田有子さんを講師に、ムンク芸術について語ってもらいました。初回は世界で最も有名な絵画のひとつ《叫び》にスポットをあてます。

 ノルウェーで、5人兄弟の第2子長男として1863年に誕生したムンクは、自身病弱な少年でしたが、幼い頃に母親と姉のソフィエを結核で亡くしました。ムンクという画家は、家族の死や、恋人だった女性との間に起こったピストルの暴発事件で中指の先を失うなどあまたの女性との愛憎に彩られた人生が、伝記としても数多く書き残され、そうしたエピソードが人々の関心を引きつけてきた画家としても知られています。そして、「愛と苦悩の画家」の人生そのものを体現するものとして、その芸術が捉えられてきたという面もありました。

 しかし、アルコール依存や神経症などに悩まされた人生の一方で、ヨーロッパ各地で数多くの展覧会を自ら企画し、パトロンや収集家などとの関係を築くという、戦略家としての一面も持っていました。そうして、パリやベルリンなどの大都市でも国際的な評価を築いていきました。晩年は故郷ノルウェーに帰還し、第2次世界大戦終戦の前年の1944年に80歳で亡くなる前まで、クリスチャニア(オスロ)大学講堂の壁画という国家的なプロジェクトを手がけました。2度も勲章を授与されるなどノルウェーの国民的な画家として大きな成功を収めた人物でありました。

2018年10月27日(土)~2019年 1月20日(日)東京都美術館 「ムンク展――共鳴する魂の叫び」オスロ市立ムンク美術館所蔵 © Munchmuseet エドヴァルド・ムンク《叫び》1910年? テンペラ・油彩、厚紙 83.5×66cm
 ムンクは何をおいても《叫び》を描いた画家として知られています。《叫び》は世界で最も有名な絵画のひとつです。しかし、その《叫び》が複数点描かれていたという事実は日本ではあまり知られていなかったのかも知れません。東京都美術館で公開中の《叫び》は1910年ごろに制作されたとされ、所蔵しているオスロ市立ムンク美術館所蔵から今回初めて来日しました。

 実は1993年に出光美術館で《叫び》が展示されました。これは1893年に描かれたオスロ国立美術館所蔵の《叫び》です。私たちが《叫び》としてよく目にするのはおそらく、1893年の作品でしょう。ムンクがベルリンにいるころに確立した独自の様式、つまり人間の感情や内面を鮮烈な色彩で描き出した表現で、数多くの傑作を次々と生み出した時代に描かれた作品とされています。


 この制作年代の異なる2枚の《叫び》を見比べてみると、主要なイメージは同じですが、1893年の作品はクレヨンなどが使われ、いくぶん繊細なタッチで描かれているのに対し、1910年の作品はより大胆な筆致で描かれています。色彩にも目を向けると、1893年の作品は白っぽい色彩でフィヨルドが描かれていますが、1910年作はその部分が緑色の塊のように描かれています。また、中心に立つ人物の目玉が描かれているかどうか、というところにも違いがあります。

 いまでは両耳に手を当てて口を大きく開いた姿を見ると「叫び」が想起されるほど、アイコンのようになって、世界中にそのイメージが量産されて広がっています。そのイメージの源泉となった《叫び》は、この2点を含む四つの絵画と版画のバリエーションがいくつも現存しています。

 燃えるように夕日に赤く染まった空を背景に、正面を向き、両手を顔に当て口を大きく開き立ち尽くす人物は、多くの人に一度みたら忘れられないような強烈な印象を残します。

 ムンクは次のような言葉を残しています。

  夕暮れに道を歩いていた―
  一方には町とフィヨルドが横たわっている
  私は疲れていて気分が悪かった―
  立ちすくみフィヨルドを眺める―
  太陽が沈んでいく―雲が赤くなった―血のように
  私は自然をつらぬく叫びのようなものを感じた―
  叫びを聞いたと思った
  私はこの絵を描(か)いた―雲を本当の血のように描(えが)いた―
  色彩が叫んでいた
  この絵が〈生命のフリーズ〉の叫びとなった

 私たちが《叫び》というタイトルを聞いたときに、口を大きく開けているこの人物が叫んでいるのだと、まず想像します。また口をこれほど大きく開けているので、この人物が叫んでいる可能性も確かに残されています。

 しかし、ムンクの言葉を読むと、自然を貫く叫びのようなものを感じて思わず両手で耳を塞いだ、そんな光景が描かれているということが分かります。

 ムンクは人が叫んだ光景というよりは、自然に充満するような叫びを感じた恐怖や不安といった自分の中にすくう内面をこそ描き出そうとしていたのかも知れません。版画作品の《叫び》にも、右下に「私は自然を貫く大きな叫びを感じた」と短い言葉が書き添えられています。ムンクはこの言葉が示す状況と一体となったイメージとして、人々にこの作品を見てほしいと思っていたと考えることができるのです。

 これは、2018年12月8日、朝日カルチャーセンター新宿教室で開かれた朝日新聞Reライフおすすめ講座の採録です。次回は「繰り返し登場するモチーフ」です。

 水田有子(みずた・ゆうこ) 東京芸術大学大学院修士課程修了。東京芸大美学研究室教育研究助手を経て、2013年より2018年まで東京都美術館学芸員。専門は西洋近代美術。現在は東京都歴史文化財団事務局に勤務する。

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