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《叫び》だけではない 繰り返されるモチーフはなぜ? 

Reライフおすすめ講座「ムンク 絵画の楽しみ方」 その2

更新日:2019年01月16日

 世界で最も有名な絵画のひとつ《叫び》の背景や人物のポーズは他の作品にも繰り返し登場していた――。80歳の生涯で2万点に及ぶムンクの作品には、同じモチーフが繰り返し登場します。東京都歴史文化財団の水田有子さんが解説する「ムンク展」の2回目は、その謎を《叫び》の背景から解き明かしていきます。

 今回の展覧会はムンクが遺贈した膨大な量の作品が残されているノルウェーのオスロ市立ムンク美術館の作品を中心に構成されています。数年前、私は展覧会の準備のためオスロを訪ねました。

 《叫び》の背景をみると、うねるような独特の形を描き出すフィヨルドと、鮮烈な赤い夕暮れの空が非常に印象的です。オスロの中心地からバスで15分ほど離れたところにエーケルベルクという、オスロの街とフィヨルドを見下ろすことができる小高い丘があります。ムンクはこのエーケルベルクをしばしば訪れ、インスピレーションを得たとも言われています。

 私が夕暮れ時に訪れた時、空にうっそうと雲が波打つようにかかっていました。フィヨルドを眼下に見ながら、《叫び》の風景はここにあるのだと思わされました。ムンクは自分の内面に巣くう孤独や恐怖、不安と向き合いながら、自分を取り巻く自然の中で、それが共鳴しあうような様子を描き出したかったのかも知れません。

 展覧会を観(み)た人は気づかれたことと思いますが、この印象的な背景は、《叫び》だけではなく、《絶望》(1894)や《不安》(1896)など他の作品にも繰り返し登場しています。

 さらに、ムンクもその著作を読んだことで知られているドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェを1906年に描いた肖像画があります。妹であるエリーザベト・フェルスター・ニーチェから発注された時、すでにニーチェは亡くなっていました。そこで、写真をもとに描かれましたが、この思索する哲学者の姿に、ムンクは自身を象徴する代表作と類似した構図や空の背景を組み合わせています。

 次に《叫び》の中心の人物にも注目しましょう。正面を向いて口を開き、耳を押さえるようなポーズもムンク作品に繰り返し登場します。

 展覧会に出品されている版画《死せる母とその子》(1901)は、ムンクが幼いころに体験した母の死を思わせる作品です。母が横たわる死の床の横で、叫びと同様に、正面を向いて耳を抑えて口を開ける少女が描き出されています。

 神経症が高じて1908年から翌年にかけてコペンハーゲンの診療所に自ら入院しました。今回出品はされていませんが、そのころ制作された「アルファとオメガ」という版画のシリーズにおいても、《絶望するオメガ》として海辺で立ち尽くす女性の姿に、類似したポーズを見ることができます。

 ムンクは青年期から80歳で亡くなるまで60年、画業を続けました。描き続けた膨大な数の絵画や版画などの作品に目を向けると、《叫び》をはじめとするモチーフや、背景に描かれた景色、構図、人物のポーズ、形などが何度も繰り返し登場することに気づかされます。今回の展覧会で展示されている作品を見渡すと、そのことがよく実感できるのではないでしょうか。

 ムンクの芸術において、なぜ同じモチーフや構図などが繰り返し描かれたのか。単に「愛と苦悩の人生」の体現としてのみ捉えるのではなく、たくさんのバリエーションを通してムンクは何を実現しようとしていたのか、ムンク芸術を観る楽しさを体感しながら考えてみたいと思います。

 この話は2018年12月8日、朝日カルチャーセンター新宿教室で開かれた朝日新聞Reライフおすすめ講座の採録第2回です。次回は「独自の画風を築くまで」です。

 水田有子(みずた・ゆうこ) 東京芸術大学大学院修士課程修了。東京芸大美学研究室教育研究助手を経て、2013年より2018年まで東京都美術館学芸員。専門は西洋近代美術。現在は東京都歴史文化財団事務局に勤務する。

ムンク 絵画の楽しみ方の連載

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