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連作〈生命のフリーズ〉から浮かび上がる主題「愛と死」 

Reライフおすすめ講座「ムンク 絵画の楽しみ方」 その5

更新日:2019年02月06日

 ムンクが心血を注ぎ、装飾帯になぞらえた連作〈生命のフリーズ〉はどのように生まれたのか。東京都歴史文化財団の水田有子さんによるReライフおすすめ講座「ムンク 絵画の楽しみ方」の5回目は、〈生命のフリーズ〉誕生の背景を《叫び》の制作年との関係も含めて話します。

 ムンクが展示を重要なものと考えたのには、入場料収入やパトロン、収集家ら経済的な理由だけによるものではなく、もう一つ非常に重要な背景がありました。

 ムンクは自分の展覧会に訪れた人々が、「どのように自分の芸術を体験するのか」ということに大変なこだわりを持っていた画家でした。作品単体というよりも、それらがまとまった形であってこそ、会場に足を運ぶ多くの人に自分の芸術を理想的な形で体験してもれると考えたのです。そうした考えは、ムンクが自身の絵画を見たときの実感にもとづいて形作られたものでした。

 ベルリンでの「ムンク事件」をきっかけに展示の機会が続くことで、ムンクは自身の芸術が何たるかを懐古的に見つめ直す機会を持つことにもなりました。そうした一連の作品を見つめる体験が、《叫び》などを含むムンク芸術の集大成というべき、のちに〈生命のフリーズ〉と呼ばれることになる連作の構想を生むきっかけになります。

 ムンクはその頃、このような言葉を残しています。

  自身の絵に囲まれているとき、私は最もよい仕事ができる。
  絵が一堂に並ぶと、それらが含意するものによって互いに連関していくのを感じた。
  ――それらが不意に共鳴し始めたのである。
  個々に展示されるのとはまったく違う。それは交響曲となった。
  私がフリーズを手がけるのを決めたのはまさにこのときである。

 この翌年には、難解に思える作品をまとめて見ることによって「愛と死」という主題が理解される、という確信にもみちた手紙を友人に書き送っています。

 そして、連作の構想のもとに制作に集中的に取り組むことによって、《叫び》をはじめとする代表作が次々と生み出されていきました。《叫び》を描いた1893年には、6点の作品が〈愛のための習作〉という連作として初めて展示され、これが〈生命のフリーズ〉の原型となりました。

 のちに経済的な理由などからやむを得ず作品を手放す際、同じモチーフを新たに描いた理由のひとつは、こうした一貫した連作の構想を展示として実現する上で、自分の手元に作品を欠くことができなかったからです。

 1893年に制作された《叫び》もノルウェーの収集家オーラヴ・スコウに1910年に購入されました。それがすぐにオスロ国立美術館に寄贈されて今に至ります。画家が故郷オスロ市に遺贈し、今回初来日した《叫び》(ムンク美術館所蔵)の制作年が「1910年?」となっているのは、1893年制作の《叫び》を手放すときに、この作品を自分の手元に残すために描き直されたためだ、と推察されるのです。

 〈生命のフリーズ〉の重要な作品を手放す際、もう一度描くために借り出すことを販売の条件としたこともありました。連作の構想が動き出してから約10年後の1902年、ベルリン分離派展の第6回展に招かれたとき、この連作が一つの空間に結実することになります。

 この話は朝日カルチャーセンター新宿教室で2018年12月8日に開かれたReライフおすすめ講座の採録第5回です。次回は、連作についてさらに考察を深めます。

 水田有子(みずた・ゆうこ) 東京芸術大学大学院修士課程修了。東京芸大美学研究室教育研究助手を経て、2013年より2018年まで東京都美術館学芸員。専門は西洋近代美術。現在は東京都歴史文化財団事務局に勤務する。

ムンク 絵画の楽しみ方の連載

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