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人物、色彩、構図……連作から見えるムンク芸術の特徴とは 

Reライフおすすめ講座「ムンク 絵画の楽しみ方」 その6

更新日:2019年02月13日

 初めての連作〈生命のフリーズ〉を披露したベルリンでの展覧会ではどんな作品が展示されたのでしょうか。Reライフおすすめ講座「ムンク展」の6回目は、東京都歴史文化財団の水田有子さんが〈生命のフリーズ〉の展示作品からムンク芸術の特徴を解説します。

 1902年、ムンクはベルリン分離派展に招かれ、のちに〈生命のフリーズ〉と呼ばれることになる連作の大規模な展示を実現しました。ひとつの空間の四つの壁に四つのテーマを割り振り、[愛の芽生え]で6点、[愛の開花と移ろい]で6点、[生の不安]で5点、[死]で5点という計22点の作品を展示します。

 《叫び》(1893年)に注目すると、1893年に連作《愛の習作》として展示した際は、愛の終局としてシリーズの結末を象徴的に飾っていました。しかし、ベルリン分離派展で四方の壁を取り囲むように作品がテーマごとに展示されたとき、代表作《叫び》は3番目の[生の不安]のセクションに位置づけられ、愛の芽生えから終局へ、さらに生から死へという22点の作品全体が構成する円環的な構造のただ中に包摂されています。

 そして、ここにもまた、連載1回目でお話したような、幾度も繰り返される構図を見て取ることができます。一人の人物、群像の場合がありますが、どの作品も正面を向いた人物たちが描かれており、[生の不安]の5作品を左からみると、一つ飛ばしに1人の人物がいて、その間に群像が並んでいます。

 背景に注目すると、《不安》(1896年)と《叫び》は同じ風景を共有しています。これら、壁の両端に展示された《不安》と《叫び》の2作品の空は赤く染まった夕暮れなのに対し、真ん中の《赤い蔦(つた)》を挟んだ両側の作品の空は暗い夜空、青い空が描かれています。

 さらに、《赤い蔦》と《叫び》は強調された遠近法の道が共有されるなど、類似した構図や視覚的な要素が繰り返され、テーマが統一感を持って構成されています。

 今回の展覧会でも《叫び》と《不安》と《絶望》を同じ壁に並べ、また同じ部屋に《赤い蔦》も展示しました。この会場でも視覚的な類似性を感じることができたでしょう。

 さらにシリーズ全体の背景に目を向けると、《叫び》などに見られるオスロ・フィヨルドの他にも、ムンクに所縁のある場所がそれぞれの舞台となっています。ムンクが画家として歩み始めた都市クリスチャニア(オスロ)の風景や、ムンクが海外での放浪生活の中でも毎年夏を過ごしたオースゴールストランの浜辺や森、そして、〈死〉のセクションでは、姉ソフィエが息を引き取った部屋の室内といった具合です。

 ムンク自身が言及しているように、前半の二つのテーマでは、オースゴールストランの海岸や森が背景をなしており、そこには水平線と垂直線による視覚的な連続性を見ることができます。

 一方、後半のオースゴールストラン以外を舞台とした作品の背景でも、街の建造物や、部屋のドア、壁、十字架にかかるキリストといった様々なモチーフによって、決まって画面上部を貫通するように垂直線が配されていることに気づきます。

 また色彩に目を向けると、赤、黒、白の洋服、緑、青、茶色といった基調となる色彩が繰り返され、それらがリズムを刻むように、シリーズ全体のシークエンスを生み出しています。

 もう一つ注目したいのは繰り返される形です。縦横のグリッドを縫うように繰り返し現れるのが、雲や海岸線などの波打つような曲線、木や影、人物のまわりを囲うアウラなどによる丘のような形をした不可思議なシルエットです。

 画面の登場人物たちの顔を見ると、私たちの感情移入を拒むように、仮面を被ったかのような硬直した表情を見せています。一方で、不可思議な形をしたシルエットは、本人たちは気づかないところで、目には見えない彼らの心の動きや、精神の波動をあらわにしているかのようです。

 19世紀から20世紀にかけては、オカルト思想や心霊写真などが流行した時代でもありました。ムンクも例にもれず、そうしたものに関心を示していたと言います。

 ムンク自身が残した写真にも、二重露光や光などによって、意図せずに現れる神秘的な雰囲気をたたえたイメージがたくさん残されていました。それは非常に興味深いことです。ムンクが、カメラという機械の、単に自然を写し取る面のみならず、「目には見えないものを映し出す」という側面に引かれていたとすると、最初の方でご紹介した自撮り写真も、自分では見ることのできない自らの姿を視覚化するものとしてカメラを捉えていたと考えられるかもしれません。

 こうして、色彩や縦横のグリッドという非常にシンプルな要素が、見る人たちが体験する基調となるリズムを刻む。そのことによって、描かれた人物たちから醸し出される心情の旋律への共鳴を呼ぶ装置のように働いているようにも思えるのです。

 この話は朝日カルチャーセンター新宿教室で2018年12月8日に開かれたReライフおすすめ講座の採録第6回です。次回は「展覧会にみるムンクの戦略」です。

 水田有子(みずた・ゆうこ) 東京芸術大学大学院修士課程修了。東京芸大美学研究室教育研究助手を経て、2013年より2018年まで東京都美術館学芸員。専門は西洋近代美術。現在は東京都歴史文化財団事務局に勤務する。

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