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絵画と版画をあえて並べた展覧会 ムンクの「たくらみ」とは 

Reライフおすすめ講座「ムンク 絵画の楽しみ方」 その7

更新日:2019年02月20日

 ムンクは自ら展覧会を企画した戦略的な画家でもありました。東京都歴史文化財団の水田有子さんが講師のReライフおすすめ講座「ムンク 絵画の楽しみ方」の採録第7回は、奇跡的に残された展覧会の写真をもとに、ムンクがどのように作品を見せ、自分の芸術を体験させようと考えたのかを探っていきます。

 ベルリン分離派での展示の翌1903年、ドイツのライプチヒにあるバイアー・ウント・ゾーン画廊で実現された展示の写真が幸運にも残されています。ベルリンと多少構成に変更はあるものの、大枠は変わっていません。

 ここで注目されるのは、〈生命のフリーズ〉の作品が、白い帯のような統一したフォーマットでかなり高い位置に展示されていることです。

 四方の壁の一方には、《メタボリズム》というひときわ大きな作品が一作品のみ、掲げられています。この作品は、いまは真ん中に木がありますが、この展示のときは茂みのように描かれていました。

 この絵の枠をみると、下に植物の根が浮き彫りにされており、その脇にドクロが見えます。「死」の養分を吸い取りって樹木が生育する様子から、このシリーズを統べる生命の循環のテーマを象徴しているかのようです。

 もうひとつ注目されるのは〈生命のフリーズ〉が壁面の上部に統一したフォーマットで並ぶ一方、その下方には1983年からムンクが手がけた版画が並んでいることです。そこには、「マドンナ」や「病める子」「叫び」など、絵画と共通するモチーフがいくつも並んでいます。

 ムンクにとって版画は、自分が生み出す作品や主題を多くの人に行き渡らせるとともに、販売して生計を立てる手段でもありました。一方で、色彩や構図を変えながら、多様なバリエーションを容易に生み出すことができる版画はムンクを魅了し、その芸術において極めて重要な意味を持っていました。

 木版の場合はパズルのように切り抜いた版を組み合わせて多彩なバージョンを展開するなど、多様な技法を探求しながら独自の様式を確立していきました。そして、平面性を特徴とする版画の仕事は、絵画の様式に影響を与えるほど重要かつ自律した存在でもありました。絵画と版画の制作が相互に作用しながら、ムンクは自身の芸術を豊かに発展させていきました。

 バイヤー・ウント・ゾーン画廊に展示された版画を見ると、〈生命のフリーズ〉の主題に限らず、実在の人物を描いた肖像画や、人物のいる風景画などが並んでおり、上部に架かる絵画の単なる縮小版ではなかったことに気づかされます。

 この空間を訪れた人が壁に目を向けたとき、上下に配された絵画と版画が一度に目に入るわけですが、例えば、《叫び》の下に《死せる母とその子》の版画があります。二つは正面を向いた人物のポーズが共通しています。

 母親の死の床の横に立ち尽くす少女を描いた《死せる母とその子》の下には、《夏の夜、声》(1894年)の版画。ここでも正面を向いて立つ人物の構図が類似していますが、悲壮な様子の少女が描かれた絵画に対して、版画では、ムンクの初恋から着想を得た官能的な女性が描かれています。

 《接吻》(1897年)の絵画の下には《慰め》(1894年)の版画。抱き合う男女の様子は共通していますが、愛が芽生えたばかりの2人の男女の様子が描かれている絵画に対して、下の版画には、悲嘆に暮れている女性を男性が慰めている様子が見てとれます。

 このように絵画と版画に視覚的類似性が見いだせる一方、絵画での同じテーマ内の連続性とは異なり、異なるテーマやコンテクストに置かれている作品が同じ壁の近くに配置されている特徴をみてとれます。絵画が構成している非常に強固なテーマとは違った文脈が、版画によって差し挟まれている。そのような様相をみてとれます。

 会場を訪れた人々は、絵画から版画に目を転じることによって、〈生命のフリーズ〉が織りなす円環構造から、ときに逸脱するような仕掛けが準備されていたように思えます。絵画の力強い旋律の一方で、別の旋律が遠くから聞こえてくるような、まるで多声音楽を聴いているかのような、非常に豊かな芸術の体験がムンクによって用意されていた、と言えるでしょう。

 この話は朝日カルチャーセンター新宿教室で2018年12月8日に開かれたReライフおすすめ講座の採録第7回です。次回は最終回です。

 水田有子(みずた・ゆうこ) 東京芸術大学大学院修士課程修了。東京芸大美学研究室教育研究助手を経て、2013年より2018年まで東京都美術館学芸員。専門は西洋近代美術。現在は東京都歴史文化財団事務局に勤務する。

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