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超高層ビルの先に池があった そこは憩いの場か事件現場か 

Reライフおすすめ講座「東京小説散歩 再発見する新宿」 その6

更新日:2019年05月07日

 朝日新聞東京版の人気コラムだった「東京物語散歩」の筆者・堀越正光さんが語るReライフおすすめ講座「東京小説物語 再発見する新宿」。その最終回は、西新宿4丁目に焦点を当てます。

 新宿駅西口の超高層ビル群を抜けたところが西新宿4丁目になります。旧町名が十二社(じゅうにそう)と呼ばれた地域の大部分が現在は西新宿4丁目です。熊野神社の西側に相当します。

 かつてこのあたりには「十二社池(じゅうにそうのいけ)」という大きな池がありました。しかし、だんだんと小さくなって1968(昭和43)年ごろには完全に埋め立てられてしまったようです。

 『ガイドブック 新宿区の文化財(4)』(1982年/新宿区教育委員会)には、「室町時代の応永年間に紀伊国から来て中野一帯を開拓し、中野長者と呼ばれた鈴木九郎正蓮が郷土の熊野の十二社を熊野神社勧請して祭ったのが起源とされている」とあります。境内には滝もあったらしく、落語や浮世絵にも登場する江戸近郊の名勝地だったそうです。

 この旧十二社近辺を描いた作品を3作紹介します。

 最初は大沢在昌さんのハードボイルド小説『風化水脈 新宿鮫Ⅷ』(2000年)です。高級車の盗難事件を捜査する刑事鮫島は、窃盗団が盗難車を一時運び込む場所として、「かつての十二社池付近」に目をつけます。そこで捜査のため接近した駐車場の管理人が十二社池について語る場面が出てきます。

 「……ここから向こうは、三、四十年前は全部池だったのだがね」「十二社池ですね」「そうだ。私が子供の頃は、通りからこちら側は、そこの区民センターのあたりまで全部池だった。料亭やお茶屋なんかもあってそりゃにぎやかだった。……」(『風化水脈 新宿鮫Ⅷ』より)

 角田光代さんの『ツリーハウス』(2010年)は、西新宿で中華料理屋を経営する一家三代の歴史を描いた長編小説です。

 藤代良嗣はその料理屋の次男です。彼の祖父と祖母は戦前、中国・東北地方の旧満州に渡り、そこで終戦を迎えました。命からがら日本に逃げてきて、落ち着いたところが西新宿という設定です。

 良嗣には理由はわかりませんが、祖父も祖母も昔のことは一切家族に話しません。ある日、祖父が亡くなります。その後、良嗣はふともらした祖母の一言をきっかけに、彼女を連れて中国・東北地方の大連を旅行する、という展開の物語で、長編らしく読み応えのある小説だと思います。

 最後に紹介する真梨幸子さんは「イヤミスの女王」とも呼ばれている作家さんです。なぜかというと、読んだ後、嫌な読後感が残るのですが、また読みたくなるというストーリーを書くからです。

 彼女のミステリー作品『鸚鵡(おうむ)楼の惨劇』(2013年)は、二つの時代にまたがって描かれています。一つは「十二社という街」に住んでいた主人公が12歳だった1962(昭和37)年の西新宿。もうひとつは平成の現代。それぞれに血なまぐさい事件が起こります。二つの事件につながりはないのですが、十二社池近くの同じ場所で起きるという設定です。

 この小説は特に1962年の西新宿の描写が登場します。

 当時の西新宿は、ひどく見晴らしがよかった。その大半を浄水場が占め、その西には写真工場と熊野神社、さらに西に行くと、間に合わせて作られたようなバラックの群れとブタクサに覆われた空き地が、交互に現れる。(『鸚鵡楼の惨劇』より)

 私も『東京都全住宅案内地図帳 新宿区』を参考に当時の十二社付近の略図をつくってみました。

 付近には、かつて存在した東京生命保険相互会社の運動場があったり、熊野神社のそばには、かつてカメラや写真用フィルムメーカーだったコニカミノルタの前身にあたる小西六写真工業の工場があったりします。「弁天池」というのが十二社池のことです。近くに「弁天閣」という旅館があり、1958(昭和33)年に温泉を掘削して「十二社温泉」として名物になったそうです。地図には「十二社温泉会館」とあります。

 しかしこの温泉もいまはありません。2010(平成22)年8月に建物を撮影したときはすでに「テナント募集」の貼り紙が貼られていました。

 2009年に廃業したそうです。これを聞いたときは、「あー、行っとけばよかった」と後悔しました。

 さて小説や物語には、ストーリーを楽しむ以外に別の面白さもあることをお話ししました。作者がどんな視点で、その具体的な場所を選んだのだろうか、ということを含めながら物語を鑑賞していただくと、新たな面白さが生まれてくるかもしれません。

 これは朝日カルチャーセンター新宿教室で2019年2月17日にあった朝日新聞Reライフおすすめ講座「東京小説散歩 再発見する新宿」の採録(全6回)の最終回です。

堀越 正光(ほりこし・まさみつ) 1960年生まれ。千葉県習志野市の東邦大学付属東邦中高等学校国語科教諭。小説の中に描かれた東京の場所をめぐる「東京物語散歩」を2006年9月から2018年8月まで朝日新聞東京版に連載した。「同じ作家の作品は一つしか扱わない」という条件を自ら課し、468の作品を紹介した。著書に『あの本の主人公と歩く東京物語散歩100』(ぺりかん社)、『東京「探見」』(宝島社)がある。

東京小説散歩 再発見する新宿の連載

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