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隠遁するには早すぎる 余生の長さに思いをはせよ 

藤原和博の正解のない人生相談 (8)

更新日:2018年12月20日

 教育改革実践家の藤原和博さんが、迷える中高年に助言する連載。今回の相談者は、60代にして一人静かな暮らしを指向する男性。藤原さんは、そんな生き方も認めつつも、「老け込むには早いのでは」と説きます。人生100年時代。その長いであろう余生には、どう向き合うべきなのでしょうか。

 退職して5年が経ちました! 近頃はお偉い先生方が第二の人生とか、人生100年時代とか、様々なお題目でお話しになり、みんなそれに踊らされているようにも見えます。「何もしないのが一番」と考えるのは、私だけなのかと思い、一筆啓上した次第です。私は現役時代、いろんなことをやらかして来ました。だから引退した今となっては、「何かやれ」と言われても「何を今更」な心境です。朝起きてお日様に手を合わせ、空気を食べ、周りの音を聞いてみる。すると何とも寂しいかな、周りには誰もおらず、何もありません。一人静かにしていれば、その日は暮れていきます。何かしなければいけないという思いが、世の中の大勢なのでしょうか? (東京都 男性 65歳)

 一人静かにひっそりと過ごす。自然に感謝し、時の流れに身をまかせて老いてゆく。あなたのおっしゃることは、それはそれで立派なお心がけですし、孤高の人生を生きると決めたならば、それも尊敬できる美しい生き方だと思います。ただ、普通の人には、それが30年、40年と続くことに耐えられるのかどうか。それが問題となってきます。

 「方丈記」を書いた鴨長明が出家し、山里に4畳半ほどの庵(いおり)を結んで隠遁(いんとん)生活を始めたのは50代でした。人の世の無常をつづった「方丈記」を書き上げたのが58歳。亡くなったのは、その4年後とされています。長明の人生がもっと長かったら、「方丈記」のあと、さらに40年の月日を生きたとしたら、果たして彼はその暮らしに耐えられたでしょうか?

 都会の騒がしさから逃れた庵での晴耕雨読の毎日は、潔く、美しくも見えます。でも、そんな斜に構えた、人を寄りつかせないような暮らしは、普通の人には、長く続けられないのではないかと思うのです。余生が10年ぐらいなら、枯れながら美しく死ぬのもありかもしれない。「自然のまま座して死を見つめるのみ」という達観した覚悟は、短いであろう自分の老い先が自覚できるからこそ可能なのではないでしょうか。でも、そんな日々が延々と続くとしたら、その暮らしはある種牢獄のような毎日にもなりかねず、とても私には耐えられそうにありません。

 人生の長さは、個人の自由にはなりません。自死が肯定的に認められる社会でもない限り、そろそろ人生をしまいにしようと思っても、終わりにできるものではないのです。幸か不幸か、医学の進歩や栄養状態の改善などで、日本人の平均寿命は男性で81歳、女性は87歳を超え、100年を生きる人も昔ほど珍しくはなくなりました。60代にして長明のような生き方を選ぶことは、まだ人生50年とも言われていた時代だからこそ、可能だったとは言えないでしょうか。

 お金の問題もあります。人生100年時代、定年後から死ぬまでの間には、夫婦で1億円が必要だと言われています。ひっそりと他人と交わらず、清貧な毎日を過ごせば、あまりお金を使わずに済みそうです。動かなければ変な事故に巻き込まれる恐れもないかもしれない。でも、積極的に体を動かさなければ体は早く衰え、病気につながる可能性もあります。そうなると、治療や入院で余計なお金がかかり、暮らしにも影響しかねません。

 私の大先輩の著述家に、脇田保さんという人がいました。ホスピスに入って亡くなられたのですが、晩年に講演で、こう話していました。「自分が枯れていくのは耐えられない。そうではなく、匂いを放ちながら腐るように老いていきたい」と。世間と関係を持ち続け、仲間と楽しくやりながら、最後はハエまで寄ってくるかのような芳香を放って朽ちたい……。私は、そんな思いからの発言だと受け取り、共感しました。

 だから、私は最後まで他人や社会と関わり続け、誰かにとっての「懐かしい人」であり続けたいと願っています。

 あなたも、枯れるには、まだ早いのではありませんか。現役時代、さんざんやらかしてきたというならなおさらです。やらかしてきた失敗談を笑い飛ばしていれば、あなたの周りにはおのずと人は集まってくるはず。60代になった今もぜひ色々やらかして、70代以降の話のタネを仕込んではいかがでしょう。隠遁生活に入るならその後でも遅くはない。私はそう思うのですが。

 人生100年時代。60代からの第二の人生は、悠々自適の毎日が待っているのかと思いきや、悩み深い日々を送っている人が少なくありません。あなたが今60歳なら、日本人の平均寿命に照らして、3050代に過ごした時間に匹敵する余生が残されていることになります。その長さを持て余しているのだとすれば、もったいないこと。第二の人生を悔いなく過ごすために、今できることは? 教育改革実践家として「正解のない問題」に挑み続けた藤原和博さんが、同時代を生きる皆さんの悩みに答えます。

藤原 和博(ふじはら・かずひろ) 

教育改革実践家。1955年、東京都生まれ。リクルート社フェロー、東京都杉並区立和田中校長、大阪府知事特別顧問、奈良市立一条高校長などを歴任。正解のない問題に取り組む「よのなか科」というアクティブラーニング法を開発し、広めている。著書に「人生の教科書 よのなかのルール」(共著・ちくま文庫)、「坂の上の坂 55歳までにやっておきたい55のこと」(ポプラ社)、「戦略的『モードチェンジ』のすすめ 45歳の教科書」(PHP)など。

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