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定年後も幸福実感の高い「熟メン」になるには 

読者会議メンバーインタビュー/インフィニティ(マーケティングライター)牛窪恵

更新日:2019年05月17日

 201923月、私と弊社の女性スタッフ3人は、「朝日新聞Reライフプロジェクト」と共同で、関東近郊に住む10人の「熟メン」に対面インタビュー(取材)をさせて頂きました。熟メンとは私の造語で、おもに5070代の円熟期にある男性のことです。

  取材対象者は、現役男性や既にリタイアした男性、あるいはボランティア活動に従事する男性など様々でしたが、まず感じたのは「皆さん、もっとラクに生きていいのに」、そして「熟メンって、なんだか切ないな」との思い。多くが「男は仕事に打ち込んでこそ」と考え、趣味や同窓会、地域活動に没頭するのは「負け組」との意識もあるようでした。

  例えば、神奈川県に住むA男さん(69歳)。大学院を卒業後、大手メーカーで約30年間勤務。その後、系列の子会社や元同僚が務める企業に転職しましたが、70歳を前に「リストラ」に遭ってしまったと言います。

 「昔は、社会全体が働き詰めで当たり前、そのことに何の疑いもなく、身を粉にして働きました。リタイアしたいまは、共通の趣味を持った仲間との懇親会を楽しんだり、太鼓スクールに通ったり……。でもいわゆるオンとオフがなくて、どこか満たされない」。

 妻は、自宅で習い事を教えていて、「あなたは再就職のチャンスがなくて可哀そうね」と内心、思っているようだとA男さん。また、朝の満員電車や羽田空港行きのバスを見ると、「なんだか懐かしい」とのこと。まだ現役の友人が、SNSで「これから出張です」と呟くのを見ると、「いいね!」でなく「お前はいいな!」とツッコミを入れたくなる。自分もいつかまた「あっち側(現役)」に戻りたい、と感じるそうです。

  一方、東京都内に住むB男さん(62歳)は、いまだ現役。大卒で入社した金融系企業が、バブル崩壊によって経営破たん。その後は政府系特殊法人に移り、現在も延長雇用制度を活かして現役で働いています。

 「60歳定年」で役職からは外れた半面、自分の時間が増えたそう。月に1回、妻と一緒に「オペラ塾」に通ったり、自宅でDVD鑑賞をしたりと、退社後の過ごし方も充実している様子です。若い頃からの趣味だった山登りやお城めぐりも、未だに続けています。本を読むのも大好きで、本棚に収まりきれない本は、ミニ倉庫に預けているほど。いろいろ調べものをしながら、パソコンに向かって自分の思い出を書き綴る時間が、何より楽しいそうです。

  それでも彼は、肩を落とします。「自分には、終生つきあえる友達がいない」。私が、「ならば定年後に向けて、いまから社外人脈を築いては?」と聞くと、ポツリと呟きました。

 「辞めたあとのことは、まだ考えたくない。引退して会社の肩書きがなくなったら、寂しすぎて町内会にでも入り浸っちゃうかもしれませんけど(苦笑)」。

 熟メンの中には、妻との離別や死別、介護を経験している方もいました。一般に、夫にとって妻との離別・死別は、相当心理的なダメージが大きいと言われます。

 50代半ば以降、妻との間に溝ができ始めたのは、都内在住のC男さん(83歳)。仲違いのきっかけは、C男さんが希望した「海外移住」。結局妻は折れず、60代半ばで熟年離婚しました。そんな彼は、一見すると悲壮感がなく、「離婚して正解」と明るく言います。

 42年間も勤め上げた不動産会社を退職したのが、64歳のとき。ほぼ同時に、離婚を経験しました。一人になった後は、住まいを2回替え、現在は高齢者住宅での一人暮らし。自炊や散歩、区の講座のほか、たまに行く落語や歌舞伎も楽しいそう。でも、講座に来る人と心底分かり合えている実感は薄いようで、「新たな友人が欲しいとは思わない」と、頑なな表情も見え隠れします。

 「同じ店(外食)をたびたび訪れると、店員に『あの人、また来てる』と思われそう。だから外食より、一人で自炊するほうが気楽なんです」

  神奈川県に住むD男さん(60歳)は昨年4月末、勤めていた外資系企業を辞職しました。理由は「妻の介護に専念したいから」。

 最愛の妻に乳がんが見つかったのは、2度目の転職の後でした。会社側に理解があり、在宅勤務をしながら看病、通院を続けたものの、いよいよ入院となって「病院に寝泊まりして介護したい」と退職。3週間後の5月、妻は54歳の若さで亡くなりました。

 死別から1年足らずですが、「意外に家事が楽しい」とD男さん。圧力鍋やスライサーを購入して新たなレシピに挑戦したり、特売を狙ってスーパーで買い物したりする楽しさも覚えたと言います。またSNSでつながっているかつての友達たちに妻を亡くしたことを話すと、気にかけてくれる人たちが増えたそう。平穏無事に見える友達も「実はいろいろ大変なんだ」と分かった。「悩んでいるのは自分だけじゃない、と彼らに勇気をもらいました」。

 妻の死後は、葬儀や墓探しのほか、毎朝、高校生の息子を起こしたり、娘の成人式に妻の形見(着物)を着せたりと、やることが目白押し。こうなって初めて「家のことはこんなに大変だったのか」と実感するそう。妻は「自由に生きてください」と旅立ちましたが、「再婚は考えられない」とD男さん。パートナーを見つけるより「これからは自分が必要とされるところで、社会の役に立ちたい」との思いのほうが強いそうです。

 ここまで、どちらかというと熟メンの「悲哀」にフォーカスしましたが、すっかり熟メンライフを楽しんでいる方々もいます。

 たとえば、神奈川県に住むE男さん(70歳)。雰囲気は、彼自身が「尊敬する人」とその名をあげた、「スーパーボランティア」の尾畠春夫さんに似ています。言われなければ気づきませんが、実は以前から、脳性麻痺の障がいがあるそう。そのこともあって、地方公務員として60歳まで勤務したあとは週3~4日、障がい者のボランティアや福祉活動に尽力しています。「自分の経験や知識を、社会に還元したい」そうです。

 「ボランティアで若い人と交流することで、湧き上がるようなエネルギーをもらえる。放っておくと、頭の中で次々とやりたいことが出てきて、困っちゃうぐらいなんですよ」。

 また、東京都内に住むF男さん(63歳)は長年、證券会社に勤務。現役時代は、海外も含めて十数か所に転勤しましたが、「新しい世界を見たかったので、子会社に移る気はなかった」。60歳で定年を迎えたあとは、複数の派遣会社に登録、賠償関連の仕事や保険のコールセンターなど、様々な業務を体験しています。

 仕事がない日は、自由時間を満喫。退職する23年前から「リタイア後にやりたいこと」をリストアップしていたそうで、退職直後は欲求が爆発したように「ギター教室に、カルチャーセンターに」と挑戦を続けた、とのこと。親の介護が始まったいまは、習い事も一旦辞めてしまいましたが、仕事がない日は朝から図書館で古典を読むような、のんびりした時間を意識的に大事にしているそうです。

 「現役時代は、どこかよそよそしいライバルだった同僚も、介護という共通の悩みを吐露できて、仲良くなれた」。いまは彼らと過ごす時間が、何よりホッとできて楽しいと言います。

 熟メンの多くは、昭和の高度成長期や、平成初期のバブル経済を体験し、「24時間戦えますか」の流行語に象徴される「企業戦士」として長年、戦ってきた世代です。「男たるもの、人前で弱音を吐くな」などと叱咤され、年功序列・終身雇用の制度の下、タテ社会ならではのしがらみや社内派閥による抗争、アフター5や土日の接待も厭わなかった。当時は「上司の命令を断る」という発想もなかったのでしょう。

  一般に、妻たちの多くは、遅くとも「子育て」が一段落する50歳ぐらいまでに、「この先、『○○ちゃんのママ』ではない自分として、どう生きるか」を真剣に模索します。

 ですが熟メンたちは50歳過ぎてからも、住宅ローンの返済や子どもたちの新生活への援助など、経済的になかなか一息つけない。E男さんのように、若いころから「障がい者としての自分の経験を活かしたい」と考えたり、F男さんのように「リタイアしたら、これもあれもやりたい」とリストアップしたりすれば良いのですが……、多くはB男さんのように、「辞めたあとのことは、まだ考えたくない」のでしょう。私の父(76歳)も同じです。

 今回取材した熟メンは、5070代以上という年齢もあって、一様に「健康」と「お金(貯蓄)」への将来不安が強い印象でした。また亡くなったあと(遺品整理)を意識してか、「モノを増やしたくない」との声も目立ちましたが、若い世代に比べれば、潜在的な消費意欲は強いようです。たとえば「電動自転車が欲しい」「自由な船旅がしたい」「古着屋で『これ』と思う洋服に出逢いたい」「プロっぽい調理器具を買って料理を極めたい」など。 

 一方で、彼らの幸福実感を左右するのは、やはり「仕事からおりる」ことへの割り切りでしょう。退職後、家庭や地域、ボランティア活動などで「必要とされたい」との声も目立ちました。

 30代後半でホテルマンを辞め、埼玉県で遺品整理業を起業。以来、20年弱に渡って「亡くなった男女の部屋」を整理してきた内藤久さん(59歳)。彼は「部屋に、大量の名刺やサラリーマン時代のスーツが残されている男性は、リタイア後の生活に満足していなかった様子が伺えます」と言います。退職して何年も経つのに、段ボールいっぱいの名刺や二度と着ないはずのスーツが捨てられない。確かにそれは、仕事への未練が経ちきれないからかもしれません。でも彼らのように、身を粉にして働き続ける戦士がいたからこそ、日本は戦後の混乱からここまでの経済成長を遂げられた。これだけは間違いないはずです。

 だからこそ私は、彼らにこう声をかけたいのです。「お疲れさま。あなたの経験を、これからはぜひ違う場で活かしてくださいね」「でも少しだけ、ゆっくり休んでくださいね」と。

(取材・文 牛窪恵)

牛窪 恵(うしくぼ・めぐみ) 

 世代・トレンド評論家、マーケティングライター、インフィニティ代表取締役、立教大学大学院にて「修士(経営管理学/MBA)」取得。日本マネジメント学会、日本マーケティング学会会員。同志社大学・創造経済研究センター「ビッグデータ解析研究会」部員。

 1968年東京生まれ。91年、日大芸術学部 映画学科(脚本)卒業後、大手出版社に入社。5年間の編集及びPR担当の経験を経て、フリーライターとして独立。20014月、マーケティングを中心に行うインフィニティを設立。同代表取締役。数多くのテレビ・ラジオ出演や大学での授業、執筆活動等を続ける一方で、各企業との商品開発や全国での講演活動にも取り組む。
 『「おひとりウーマン」消費!―巨大市場を支配する40・50代パワー』(毎日新聞出版)、『「男損(だんそん)の時代』(潮出版社)など、トレンド、マーケティング関連の著書多数。「おひとりさま(マーケット)」(05年)、「草食系(男子)」(09年)は、新語・流行語大賞に最終ノミネート。NHK総合「所さん!大変ですよ」、フジテレビ「ホンマでっか!?TV」、読売テレビ「ウェークアップ!ぷらす」、毎日放送「ミント」ほかでコメンテーター等を務める。

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