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老後プランは幻に、そして離婚。でも第2の人生に悔いなし 

「昭和男 定年道半ば」(2) 武内靖さん

更新日:2019年05月31日

 第二の人生をアクティブに生きる人に聞くと、老後のプランは40代ごろから準備しておくべきものらしい。だが、現役時代に具体的なプランを暖め続けたとしても、実現できる保証はない。もしもその夢がついえたならどうする? リカバリーは可能なのだろうか。

 東京・中央区の武内靖さん(83)には、不動産会社に勤めていた40代から暖めていた計画があった。定年したら夫婦でスペインのバルセロナに移住する夢である。

 武内さんは30代までは可愛がってくれた社長のそばに仕え、ほぼ休みなく働いた。その社長が亡くなったのを機に、まとまった休暇をとることを願い出たら、繁忙期外ならと認められた。その休暇を使って韓国へ初めての海外旅行に出かけたのが1977年、40歳になっていた。その後も欧米などに出かけるうち、スペインの国柄や人に魅せられた。

東京都・武内靖さん (83)

 「定年後はバルセロナに移住しよう」と、4歳下の妻には話してきた。ところが、当初55歳定年だったのが60歳となり、その歳が近づくと、妻は反対するようになった。

 「話が違うじゃないか」「言葉も話せないのにどうするの?」「そんなのHola(こんにちは)の一言でなんとかなる」

 最期には「あなたが1人で行けばいいじゃない」と言われ、その流れで「夫婦をやめよう」ということに。64歳。定年を延長してとどまっていた会社を引退するタイミングだった。東京・町田市にあった家と退職金は、妻に渡した。30代だったひとり娘は、母の側についた。

 結局、武内さんは東京・日本橋に居を構え、スペイン移住はあきらめた。「移住先の社会に溶け込むには、やはり夫婦じゃないと難しいところがある。あちらでは独り者の外国人男性は警戒され、信用されませんから」

 独りになって20年。最近は、つい父の晩年を意識する。91歳で亡くなった父は、米寿(88歳)になって急に認知症が進んだ。だから、自分も同じ道をたどるのではないかと恐れる。「ぼけてまで長生きはしたくない」。だから「100歳まで生きるのが素晴らしいなんて、言ってほしくないね。明日、いや今日の帰り道に死んでもいいとさえ思っています。それでも悔いはないですよ」

 「きちんと暮らしてさえいれば、ピンピンコロリで死ねる」。そう思って、きちんとした生活を心がけてきた。暮らしの記録として家計簿をつけ続けたのも「倹約目的ではなく、きちんと暮らすためだ」と話す。

 食事は自炊。一汁一菜の献立にして、努めて野菜をとる。ブロッコリーなどを蒸して、上質なオリーブオイルと酢でいただく。「1人で外食はいやだ。あのおやじ、また来て同じもの食ってるよ、なんて思われたくないから」

 ボケ防止のため、できるだけ外に出て刺激を受けるようにしている。生涯学習の講座、寄席や歌舞伎鑑賞、そして旅。カレンダーには努めて先々の日程を入れる。でも「自分は群れない人間だ」と思っているから、学びの成果や楽しさを、人と分かち合いたいとは思わない。クルーズ旅行に参加しても、船上イベントで人と触れ合うより、水平線に陽が沈むのを独り眺めるのを好む。「僕はわがままで協調性がない人間。友人はいらなくはないが、知り合って妙に懐かれるのもいやだ」

 趣味にかける費用は、年額50~100万円。多くは旅行費用が占める。クルーズ旅行に4度もでかけた年もあった。何が武内さんを旅へと駆り立てるのか。

 実は、武内さんには30年を超える付き合いの旅仲間がいる。静岡に住む姉妹だ。これまでに90回余り海外を旅しているが、実にその約半分は彼女たちと出かけた。

 出会ったのは1983年のパリ。トラブルに遭遇した日本人母娘と居合わせた武内さんは「これからどちらに行かれるのですか」と問われた。「モンマルトルのサクレ・クール寺院を訪ねる」と答えたら、「ご一緒させてください」と頼まれた。それがきっかけだ。「それから、僕が今度はどこどこに行くつもりだと話すと、連れて行けという話になって。あちらのお母さんが亡くなれば、今度は娘さん姉妹を連れて行く感じでね」

 彼女たちにすれば、女2人では何かと不安な海外も、旅慣れた武内さんと一緒ならガイドもいらず安心。人とつるむのがきらいな武内さんだが、旅先で1人外食するのは寂しくもあり、彼女たちが一緒ならそんな思いをせずに済むし、3人割り勘にすれば資金面でも好都合。旅先ではお互い干渉せず、適度な距離を保ちながらギブ・アンド・テイクの関係で支え合う。そんな仲間の存在が、武内さんを旅に誘うのか。かつての夢は幻と消えたものの、移住先に家を買うつもりで現役時代にためた資金のおかげで、旅は続けられる。

 「2021年の6月にパスポートが切れたら、海外旅行は引退しようかと。体力的にキツくなってきましたから」。そういう武内さんだが、その日が近づけば再びパスポートを更新するのではないだろうか。良き旅仲間に頼りとされ、旅に張り合いを感じられるうちは。

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 【連載】「昭和男 定年道半ば」について
人生100年時代。会社を定年退職する時は、いわば第2の人生の出発点。人生のターニングポイントに立った時、人は現役時代に匹敵する長さの残された日々を、これからどう過ごすのかと問われます。今、第2の人生を歩みつつある人々は、右肩上がりの世の中が続くと信じられた、あの昭和の時代を知る世代。ある意味充実した現役時代に匹敵する生きがいを老後の日々にも求め、そのギャップに生きづらさを感じる人も少なくありません。朝日新聞Reライフプロジェクトは、マーケティングライターの牛窪恵さんらと共に、読者会議メンバーの「昭和男」10人にリタイヤ後の暮らしぶりや幸福実感などについて伺いました。その中から、示唆に富む3人の体験談を紹介します。

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聞き手/澤田 歩(さわだ・あゆむ)
社会部、文化くらし報道部記者などを経てReライフプロジェクト主査。今回、定年後の日々を歩む男性たちと話していて、改めて感じたのは「承認と達成」の大切さでした。まだ、会社に代わる居場所は見つけられていなくとも、誰かからあてにされ認められれば、そこに暮らしの張り合いが生まれます。人生を折り返した時、同時代を生きる人の生き様には、思わぬヒントが隠されているかもしれません。

昭和男 定年道半ば の連載

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