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「自由に生きて」。妻の遺言が促す、ライフチェンジの行方 

「昭和男 定年道半ば」(1) 風巻忠男さん

更新日:2019年05月24日

 夫婦はいつか独りになる。世の夫の多くは、自分は妻より先に逝くと思い込んでいるようだが、そうとは限らない。米国の大学によれば、妻を亡くした男性の余命は平均より短くなる可能性が30%高まるとの研究結果もあり、妻に先立たれるインパクトは、思いのほか大きい。

 神奈川県小田原市の風巻忠男さん(60)は昨年春、妻(享年54)に先立たれた。妻の乳がんが一昨年に再発。その闘病をサポートするため、定年を前に自己都合で会社を退職した。昨年4月の入院後は、病院にほぼ泊まり込みで付き添ったが、それから約3週間で妻は逝ってしまった。

神奈川県・風巻忠男さん(60)

 「自分の晩年に妻がいないなんて、想像すらしていなかった」と、風巻さんは心の欠落感を赤裸々に語る。しかし、日々の暮らしは待ってくれなかった。

 妻が家で開いていた学習塾の残務処理。年金事務所や保険会社への連絡。不動産や車の名義変更手続きなどに追われ、月日はあっという間に過ぎた。「海が見える墓苑を(神奈川県の)大磯に見つけ、そこに納骨を済ませるころには夏が終わっていました。1年ほどたって、最近ようやく暮らしが落ち着いてきた感じです」

 朝は5時半に起き、朝食を準備して長男(17)を起こし、学校へと送り出す。ゴミを出し、家の掃除をしていると朝の連続ドラマが始まる。「初めの頃はルーチンワークをこなしているだけで、あっという間に一日が終わる感じでした」

 毎日の家事をこなすうち、生前の妻がどんな暮らしを送ってきたのかが見えてきた。「夕飯のメニューに悩んでいた妻の気持ちも分かりましたね」。買い物に出かければ「今日はサンマが安いな」といったことにも気付くようになり、「スーパーのチラシも注意して見るようになりましたよ」。

 妻は食材や乳酸菌飲料などの宅配サービスを便利に使っていたが、スーパーで買った方が安いことに気付いて解約した。それまでかかっていた妻の医療費が高額だったこともあるが、家計の無駄と思える支出を見直していたら、支出額は3分の1ほどに減った。「退職時に住宅ローンは完済していたし、遺族年金ももらえた。十分な蓄えがあるわけではないけれど、おかげで貯金は思ったほどには減っていません」

 以前はよく小田原の漁港で趣味の釣りをしていたが、退職後はすっかり出かけなくなり、釣り道具を新調することもない。好きだったスキーも、今は年に1回、息子と新潟の実家を訪ねたついでに楽しむ程度だ。現役時代はたびたび外国出張があり、年間に50日ほどは海外にいた。それをうらやむ妻と、引退後は海外旅行に出かける約束だったが、その夢はもうかなわない。そんなこんなで、年に2030万円かけていた趣味関連の支出も減っている。

 同居する長女(20)や長男には、妻が亡くなったのを機に、自分のことは自分でやるようになってほしかった。「でも、半年たっても変わらないので、期待するのはやめました」と風巻さん。しかし、1人で家事を担ううち、料理が楽しくなった。

 ネットで気になる料理のレシピを研究。外食した時は、料理人の手際が気になり「あのタイミングで三つ葉を散らすのか」などと観察して、まねるようにもなった。すると手料理の腕は上がり、子どもたちにもほめられるようになった。「料理を極めようというような気持ちはない」ものの、圧力なべや真空保温調理器などの調理器具にも興味がわき、色々買って来ては活用している。「子どもたちは、家事をしなくてすんでシメシメとでも思っているのでしょう」と笑う風巻さんだが、家族の食生活を支える使命感や、子どもたちに認められた達成感が、料理に取り組む張り合いになっているのは確かなようだ。

 現役時代とは違う「主夫」としての平穏な暮らしは「新鮮な発見があっておもしろい」が、そんな毎日には物足りなさも感じている。「お金の許す範囲で新しい趣味にも挑戦したいし、社会貢献もしたい」との思いがある。いつか子どもたちが独立すれば、本当に独りになる。そんな予感が、新たな張り合いのタネを求めているのだろう。

 妻は亡くなる前に言っていた。「私が死んだら、あなたは自由に生きてください」と。「自由に生きるとは、どういうことか。これから何か新しいことに挑戦しても良いのだろうか」と、風巻さんは自問している。

 妻が亡くなったことは寂しく、残念ではあったが、自分が変わるきっかけになったと思う。現役時代には考えもしなかったが、最近は世界一周の船旅や、海外移住にも興味がわくようになった。「生き方を変えるなら、ドラスティックにガラッと変えるのもいい。70代では遅いかもしれないが、今なら変えられる。そんな気もするのです。本当に踏み出せるかどうかは分かりませんが」

 風巻さんに、第2のライフチェンジの時は来るのだろうか。

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 【連載】「昭和男 定年道半ば」について
人生100年時代。会社を定年退職する時は、いわば第2の人生の出発点。人生のターニングポイントに立った時、人は現役時代に匹敵する長さの残された日々を、これからどう過ごすのかと問われます。今、第2の人生を歩みつつある人々は、右肩上がりの世の中が続くと信じられた、あの昭和の時代を知る世代。ある意味充実した現役時代に匹敵する生きがいを老後の日々にも求め、そのギャップに生きづらさを感じる人も少なくありません。朝日新聞Reライフプロジェクトは、マーケティングライターの牛窪恵さんらと共に、読者会議メンバーの「昭和男」10人にリタイヤ後の暮らしぶりや幸福実感などについて伺いました。

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聞き手/澤田 歩(さわだ・あゆむ)
社会部、文化くらし報道部記者などを経てReライフプロジェクト主査。今回、定年後の日々を歩む男性たちと話していて、改めて感じたのは「承認と達成」の大切さでした。まだ、会社に代わる居場所は見つけられていなくとも、誰かからあてにされ認められれば、そこに暮らしの張り合いが生まれます。人生を折り返した時、同時代を生きる人の生き様には、思わぬヒントが隠されているかもしれません。

昭和男 定年道半ば の連載

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