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仕事一途から一転、60代の「自分探し」で見えたもの 

「昭和男 定年道半ば」(3)

更新日:2019年06月07日

 希望した職業をまっとうし、思い残すことなく定年を迎え、達成感にあふれた仕事人生を送った男性が今、「自分」を探してもがいている。働いていたときと打って変わり、楽しいと感じられることを見つけられない生活。現職時代とのギャップに戸惑い、混乱し、無力感にうちひしがれる。苦しみの先に見えたものは――。

 男性は、山本英雄さん(63、仮名)。池袋駅近くの喫茶店で待ち合わせたところ、数分前に到着。細身で長身に赤いチェックのシャツを着こなし、若々しい印象だ。アイスクリームがのったコーヒーフロートを注文し、笑顔で話し始めた。

定年後に「自分探し」を始める人は多い

 山本さんは首都圏在住。大学卒業後に公立小学校教員となり、40年近く学校現場で「24時間365日仕事漬け」の生活を送ってきた。担任・管理職を務めながら部活動も指導。週末も練習や試合で家を空け、現職中は3時間寝られれば御の字だったという。

 娘と息子2人の計3人の育児や家事は、すべて妻(61)に任せきり。校長で定年を迎えたが再任用は希望しなかった。意欲ある教員に恵まれて目標が実現できたためだ。「達成感・充実感をもって退職の日を迎えることができた。第二の人生も自分なりの生き方を探していけたらいい」と、潔く仕事人生に区切りをつけた。

 ところが、退職後には想定外の苦しみが待っていた。これまで仕事一途だったため、これといった趣味も特技もなく、退職して時間ができても自分のやりたいことが見つからないのだ。「どこかへ行ってみたい」「おいしいものを食べ歩きたい」とった素朴な欲求すら湧かない。「退職して仕事の重圧がなくなった反面、日々のやりがいや目標もなくなってしまったことに初めて気がついた」と言う。

 囲碁や手話の教室にも足を運んでみたがいずれも続かなかった。「どれもやってみると思っていたよりも難しい」。やるからにはそれなりのレベルに達しなければと考えてしまう性格も影響した。「自分が思う『それなりのレベル』までは相当の時間がかかるし、努力も必要」。そう考えると、あきらめが先に立ってしまうという。

 妻の不機嫌そうな表情も気になる。退職後、「まだ子どもたちが小さく、育児や家事に手を貸して欲しかった時に、あなたはずっと仕事ばかりで家におらず、すべて自分一人でやらなければならなかった頃は本当につらかった」と打ち明けられた。ショックだった。逆に現在は、自分が家にいることが妻のストレスになっていることに気がついた。今では旅行に行っても、レストランで食事をしても妻との会話がまったくはずまない。現在も非常勤で働いているのは「できる限り家にいないようにするため」と明かす。

 そんな日々を過ごしているうちに、原因不明の猛烈な不快感にたびたび襲われるようになった。かつての嫌な思い出が頭の中に広がり、体が震え、吐き気さえ感じるようになったという。

 「自分のことが嫌い」「自分に自信がもてない」「自分はつまらない人間」。インタビューの間、山本さんは自分を否定する言葉を何度も口にした。

 退職して3年。なぜ今、これほどに苦しんでいるのか。「初めは現職時代のストレスやさまざまな人間関係、妻からの影響など、自分の外に原因を求めていた。でも、冷静に考えてみると、自分自身の性格や物事を考える時のクセや生き方に原因があるのではないかと気づいた」。この気づきにたどり着くことができたのは、妻が本音を話してくれたおかげでもあるという。「辛いけれど、とてもよかった」

 今、改めてかみしめている言葉は、「自分の顔に責任を持つ」ということ。「これまで生きてきた自分自身の生き様と真剣に向き合い、心の奥底を見つめ直すことで、はじめて自分自身を認め、自分の顔にも責任が持てるのですね」と笑う山本さん。「今の自分を作ったのは自分自身。そして、その自分を軌道修正して改めていくのも自分しかいない。このインタビューを受けた今日が、自分が生まれ変わる第二の誕生日になるかもしれません」と喜んでくれた。定年後の「生まれ直し」で、果たしてどんな顔になるのか。楽しみである。

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 【連載】「昭和男 定年道半ば」について
人生100年時代。会社を定年退職する時は、いわば第二の人生の出発点。人生のターニングポイントに立った時、人は現役時代に匹敵する長さの残された日々を、これからどう過ごすのかと問われます。今、第二の人生を歩みつつある人々は、右肩上がりの世の中が続くと信じられた、あの昭和の時代を知る世代。ある意味充実した現役時代に匹敵する生きがいを老後の日々にも求め、そのギャップに生きづらさを感じる人も少なくありません。朝日新聞Reライフプロジェクトは、マーケティングライターの牛窪恵さんらと共に、読者会議メンバーの「昭和男」10人にリタイア後の暮らしぶりや幸福実感などについて伺いました。

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聞き手/吉浜織恵(よしはま・おりえ)

社会部記者、Reライフプロジェクトなどを経て、2019年5月から名古屋報道センター次長。話を伺った方は皆、仕事の話をしているときの表情が一番輝いていた。退職後も、きらきらした目でいられる時間や居場所を見つけてほしい。あなたが楽しいと周りも幸せになります。愛すべき定年道半ばの昭和男たちに、願いを込めて。(2019年冬の取材時の肩書は、Reライフプロジェクト主査)

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