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薬として売られる「便」 米国では移植のための市場も 

<「腸存共栄」の未来>慶大特任教授/メタジェン代表 福田真嗣さんに聞く(8)

更新日:2019年09月13日

 腸内細菌叢(フローラ)を独自に解析・評価する研究でこの分野の先端を走る慶応大特任教授の福田真嗣さんに、最新の研究にまつわる興味深いお話を尋ねるシリーズ。8回目は、「便」を移植や治療薬に役立てる未来について語ります。

慶大特任教授/メタジェン代表 福田真嗣さん (撮影)村上宗一郎


研究を飛躍させた遺伝子解析技術

 近年急速に腸内細菌が注目されるようになったことの裏側には、分析技術の革新がありました。
 かつて、腸内細菌を研究するには、細菌を地道に培養することが欠かせませんでした。つまり寒天培地の上で生きた細菌を増やし、その様子を観察して調べる方法が主流だったのです。これには時間もかかりますし、中には培養が困難な菌がいるため、全ての菌をこの方法で調べることはできず、解明できないことが多かったのです。
 そんな状況を変えるきっかけとなったのが、ヒトゲノム計画でした。人間の染色体の全ての遺伝子(ゲノム)を解読し、染色体のどこに、どんな情報が書かれているかを明らかにしようというものです。1990年に米国を中心とした国家プロジェクトとして始まりました。ほぼ全ての遺伝子の解読が終わったのは2003年です。その過程で解析機器の開発が進み、遺伝子の塩基配列を多量に読み取る装置である「次世代シークエンサー」による解析方法が開発されました。この装置の登場が、腸内フローラを遺伝子レベルで解析することを可能にし、国内外で研究が爆発的に加速しました。
 次世代シークエンサーを使えば、細菌を培養しなくても、便の中の細菌を網羅的に遺伝子レベルで解析することができます。特定の細菌の遺伝子が検出されれば、その菌が培養出来ない場合でも腸内に存在した確かな証拠になります。どのような腸内細菌が、どれくらい腸内に生息しているか、その全容を解明できるようになったのです。

腸内細菌で病気を予測

 遺伝子レベルで腸内細菌を見ると、実に様々なことが分かります。一口にビフィズス菌といっても、私のおなかの中にいるものと、皆さんの中にいるものでは、遺伝子配列が違います。もちろん、他の菌との違いに比べれば小さな差ですが、同じビフィズス菌であっても、遺伝子配列が違えば働きが異なります。
 便の中の細菌を遺伝子レベルで解析すれば、例えば「大腸がん」や「2型糖尿病」など、様々な病気の特定も可能になることが明らかとなっています。「大腸がん」患者に特有の腸内細菌は欧米やアジアでも類似していました。でも「2型糖尿病」患者に特有の腸内細菌の遺伝子は、米国人と中国人では、そのマーカーとなる遺伝子が違いました。これは、アメリカ人と中国人とでは食文化や生活習慣が違うことに起因する差異だと考えられています。

米国に生まれた「便市場」

 この連載の一回目に、便移植で潰瘍(かいよう)性大腸炎を治療する話をしました。2017年に順天堂大学医学部の石川大准教授らが報告した臨床研究では、便移植をする前に2週間3剤混合の抗菌薬を飲み、腸内フローラをリセットしてから便移植を行う方法だと、実施した患者17人のうち14人で症状が良くなり、そのうち6人が寛解しました。この方法による便移植は、投薬による治療効果と同程度か、それ以上であると考えられます。便が、薬として有効に使われているわけです。

 実は米国には、既に病気の治療薬として便が流通する「便市場」が存在します。便移植に活用するための便がアメリカでは売られているのです。今後は潰瘍(かいよう)性大腸炎だけでなく、腸管感染症や糖尿病など、様々な疾患の治療にも生かされるでしょう。米国のシンクタンクの見積もりだと、6年後ぐらいには便移植や便由来の治療薬の市場は500億円ぐらいになるだろうと予想されています。これに、ヨーロッパやアジアを加えると、大体1千億円ぐらいの市場規模になりそうです。このように、皆さんが毎日トイレに捨てている便が薬になる時代は、もう目の前まで来ています。
 でも先ほどお話ししたように、遺伝子レベルで腸内フローラを網羅的に解析すると、米国人と日本人とでは異なる点が見えてきます。だから、例えば日本人において、どのような腸内細菌が特定の病気に関与しているのかについては、病気によっては、米国人のデータでは役に立たない可能性があります。だからこそ、まずは日本人の腸内環境をしっかり調べ、その情報を蓄積して、病気と腸内フローラとの関係をきちんと理解することが大事なのです。

(聞き手・澤田歩)

福田真嗣(ふくだ・しんじ)

慶應義塾大学先端生命科学研究所特任教授・メタジェン代表取締役社長CEO
1977年生まれ。2006年、明治大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。理化学研究所基礎科学特別研究員などを経て、2012年より慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授。2019年より同特任教授。2013年文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。2015年文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学技術への顕著な貢献2015」に選定。同年、ビジネスプラン「便から生み出す健康社会」でバイオサイエンスグランプリにて最優秀賞を受賞し、株式会社メタジェンを設立。同年、代表取締役社長CEOに就任。専門は腸内環境制御学、統合オミクス科学。著書に「おなかの調子がよくなる本 自分でできる腸内フローラ改善法」など。

 私たちは細菌と共に生きています。特に腸内細菌は、腸の神経細胞や免疫細胞、内分泌細胞と相互作用したり、さらには代謝物質を介して腸だけでなく全身にも作用したりしています。近年の報告では、精神状態にまでも影響を及ぼす可能性が示唆されています。連載<「腸存共栄」の未来>では、福田真嗣さんへのインタビューを通じて、腸内細菌叢(そう)を豊かにし、健やかに生きるためのヒントをお届けします。

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