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年金の繰り下げ受給に落とし穴 夫婦差にも注意 

ファイナンシャルプランナー・深田晶恵さん講演(2)

更新日:2019年09月23日

 前回は「年金vs一時金 退職金の受け取りはどっちがオトク?」と題し、退職金は一時金で受け取ると、退職後の収入の手取り額が増えるというワザを教えてもらいました。老後資金を目減りさせないためには、公的年金の受け取り方にも注意点があるそうです。

読者会議サロンで講演する深田晶恵さん=篠田英美撮影


  近年、公的年金の繰り下げ受給が、週刊誌などで話題になっています。本来65歳からもらえる年金の受け取り開始を遅らせると、年金額が増える仕組みがあります。これを「繰り下げ受給」といいます。

 年金額は1カ月につき、0.7%増えます。今の制度だと5年間繰り下げることができ、70歳まで繰り下げると、年金額は42%も増えます(0.7%×12カ月×5年)。例えば、基礎年金と厚生年金を合わせた年金額が年230万円の人が、5年繰り下げると年326万円になるのです。

 この超低金利時代に、年金が増えるのは確かに魅力的に見えます。運用の専門家などは「こんなに増える金融商品はない。長生きの最大の対策になる」などと言う人も多いようです。公的年金は終身なので、長生きをするとオトクになります。しかし、私は繰り下げを積極的にはお勧めしません。それは、メリットに比べてデメリットも多いからです。

 デメリットの一つ目は、繰り下げ中は「加給年金」が受け取れなくなること。加給年金とは、年下の妻がいる夫が受け取れる「年金の奥さん手当」のようなもので、妻の厚生年金加入期間が20年未満などの要件を満たしたとき、妻が65歳になるまで受け取ることができます。金額は年39万円なので、仮に妻が5歳下だと、5年間で約200万円も受け取れないことになります。

 二つ目は、夫の死亡後に妻が受け取る「遺族厚生年金」の額は、65歳時点の年金額を基に計算するので、繰り下げで増えた分は反映されないこと。妻にはメリットを引き継げないことは覚えておきましょう。

 三つ目は、年金額が増えても、手取りは額面と同じ率では増えないこと。額面では42%増えても、手取りベースでは36%アップに過ぎないのです。それは、年金額が増えると、税金と社会保険料の負担が増えるから。試算のケースでは、所得税の税率は変わりませんが、国民健康保険料と介護保険料が増えて手取りを押し下げています。

 四つ目は、何歳まで生きると繰り下げをしなかったよりも「トク」になるのかという「損益分岐年齢」は、額面では8110カ月。それが手取りベースでは87歳になります。分岐点が8110カ月と87歳では、皆さんの判断が変わるかもしれません。

<図1:繰り下げをしたいなら、「基礎年金」のみ/妻だけ、繰り下げもOK>

 では、こういう案はどうでしょう。繰り下げをしたいけど加給年金ももらいたいのなら、【図1】のように基礎年金だけ繰り下げるという方法もあります。加給年金は厚生年金にひもづいているので、基礎年金だけの繰り下げなら加給年金をもらえます。

 なぜ私が70歳まで繰り下げることにいい顔をしないかというと、公的年金等控除の120万円の非課税枠を5年間使わないのはもったいないからです。非課税枠は後から使えません。繰り下げは、年金がなくても生活できる収入や有り余る預貯金があればいいですが、少ない老後資金を取り崩してまで繰り下げる必要はありません。前回「年金vs一時金 退職金の受け取りはどっちがオトク?」でお伝えしたように、生涯の手取りを増やすためには、非課税枠を残さず使った方がいいのです。

 ただし、妻の年金だけ繰り下げるのはOKです。例えば、Reライフ世代の女性の年金は、100万円以下の人が多く、基礎年金が満額で年78万円に加え、勤めていた頃の厚生年金が510万円くらい上乗せされる。なので、繰り下げて年金額が増えても、120万円の非課税枠の範囲内に収まる場合が多いのです。繰り下げたところで税金や社会保険料が増えることはありません。夫の扶養にも入れますし、税金もかかりません。繰り返しになりますが、男性は繰り下げると税金も社会保険料も増えてしまうことが多いので、注意が必要です。

「手取り率」に注目すると…

<図2:年金が増えるほど手取り率は低下する>

 【図2】は、年金収入に対する手取り額、手取り率、税金や社会保険料の負担を試算したものです。38年間会社員だった人の公的年金のモデル収入は、年200万円前後です。年金収入が200万円の場合は手取り率が88%。これに企業年金などが上乗せされて年金収入が450万円あると、手取り率は83%とダウンします。年金収入が増えると、税と社会保険の負担が増えて手取り率が低くなるのです。

<図3:年金収入が多いと、医療費負担も多くなる>

 さらに、年金収入が増えると、税と社会保険の負担が増えるだけでなく、医療費の負担も多くなります。【図3】は、乳がんの3大治療の費用と年代別の自己負担額の例です。

 現役世代の治療費を見てみましょう。「がんかもしれない」と診断されたら精密検査をします。乳がんの場合は、マンモグラフィーや超音波、手術、CT、心電図など、3割負担で約5万円。入院が1週間から10日間くらいで約10万円。再発予防の通院治療、外来での抗がん剤や放射線治療が6カ月間で約27万円。放射線治療を週5日、5週間受けると約11万円。合計すると約54万円です。これが、同じ治療でも年齢層や所得区分によって変わり、60代後半で約44万円、70代前半で約24万円、75歳以上で約20万円と、年齢を重ねると共に自己負担額が減っていきます。ただし、たっぷり年金収入があると、現役並み所得者として見なされ、医療費負担が増すのです。

 医療費の窓口負担は、69歳までは3割、70代前半は原則2割、75歳以降は1割負担です。健康保険の「高額療養費制度」があるおかげで、毎月の自己負担の合計が一定額を超えると、後日、超えた分が払い戻されます。また、高額療養費制度の自己負担額は70歳を境に異なります。

 国は医療費削減策として、高齢者でも所得の多い人からたくさん取ろうと考えているようです。金融資産がたくさんあっても医療費の負担は増えませんが、年金収入が多いと負担が増すことは覚えておきましょう。

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 この記事は、朝日新聞東京本社で2019822日に開かれたReライフ読者会議サロン50代から知っておきたい 誰もができる 退職金・年金を減らさないコツ」の内容を採録したものです。

深田 晶恵(ふかた・あきえ) ファイナンシャルプランナー(CFP)。生活設計塾クルー取締役。1967年生まれ。外資系電機メーカー勤務を経て96年にFPに転身。現在は、特定の金融機関に属さない独立系FP会社である生活設計塾クルーのメンバーとして、個人向けコンサルティングを行うほか、メディアや講演活動を通じてマネー情報を発信している。23年間で受けた相談は4千件以上で、「すぐに実行できるアドバイスを心がける」をモットーにしている。最近の著書は『まだ間に合う! 50代からの老後のお金のつくり方』(日経BP)、『サラリーマンのための「手取り」が増えるワザ65』(ダイヤモンド社)など。朝日新聞朝刊Reライフ面「なるほどマネー」や、土曜別刷りbe「知っ得なっ得」なども担当。

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