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認知症当事者がたどり着いた、笑顔で暮らす生き方 

【Reライフフェスティバル2018採録】当事者が語る「認知症とともに生きる」

更新日:2018年03月15日

 認知症(若年性アルツハイマー)の当事者として情報発信を続けている丹野智文さん(44)が「朝日新聞ReライフFESTIVAL」で講演しました。「もう終わりだ」と絶望した診断時から前を向いて生きるようになった現在までを振り返り、会場からの質問にも丁寧に答えました。

 私は39歳の時に若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。現在妻と娘2人の4人暮らし。もともと営業職をしていましたが、今は同じ会社で事務の仕事をしています。

 診断の5年ほど前から物覚えが悪いなと感じるようになりました。お客さんの顔も分からなくなることが多くなり、上司から怒られるたびに言い訳をすることしかできず、時にはウソもつきました。

 おかしいと感じいくつかの病院へ。検査結果を妻と聞きましたが、心配をかけたくないと思い、平然とした顔で聞いていました。ふと、隣を見ると妻が泣いています。その姿を見て、「アルツハイマー=終わり」だと思いました。

選んだのは、認知症とともに生きる道

 なにか国からの支援がないかと役所へ行ってみましたが、今の年齢では介護保険も使えないと言われ、役所を後に。その帰り道、以前見つけた「認知症の人と家族の会」に行ってみました。そこで笑顔で生きる認知症当事者と出会い、10年経っても元気で楽しく過ごせることを知ったのです。私が選んだのは、認知症を悔やむのではなく、認知症とともに生きるという道です。

  学生時代の仲間と会う機会がありました。仲間に笑いながら「次に会うとき、みんなのことを忘れていたらごめんね」と冗談交じりに言うと、「大丈夫、お前が忘れても俺たちは覚えているから」。そう言ってくれました。これから、多くの人の顔を忘れてしまうかもしれません。でも、みんなが私のことを忘れないでいてくれるならいいじゃない、そう思えるようにもなりました。

周囲はできることを奪わないで

 2014年に認知症の当事者のみで組織する「日本認知症ワーキンググループ」が設立されました。そのメンバーとして活動しています。認知症初期には、ほとんど支援がない「空白」の期間があることを知ってもらい、社会制度が整うように発信していきたいと思っています。

 そして2015年には、「おれんじドア」の取り組みが始まりました。これは認知症当事者が不安を持っている当事者の話を聞く初めての試みです。

 認知症で介護が必要なのは、本当に重度になってから。できることを奪わないでください。時間はかかるかもしれませんが、待ってあげてください。できたとき、当事者は自信を持ちます。周りの人は失敗しても怒らない、行動を奪わないことが、気持ちを安定させて進行を遅らせるのだと思います。ちょっとした言い方次第で、当事者は怒られていると感じてしまいます。本人は失敗したことはわかっています。悪かったなと思っているときに怒鳴られると、どうすることもできなくなるのです。

認知症になっても、人生は新しく作れる

 認知症と診断されることを恐れて、病院へ行きたがらない人も多くいます。楽しい人生の再構築をするためにも、早期診断、支援とのつながり、社会参加が必要です。異変を感じたら早く病院や相談窓口へ行ってほしいと思います。

 認知症になっても、できることを楽しんで生活するようになった全国の仲間たちは、とても輝いています。私も今まで想像ができなかった講演活動などで、人生が大きく変わりました。人生は認知症になっても新しく作ることができるのです。

 認知症は決して恥ずかしい病気ではありません。誰でもなりうる病気です。みなさんにはぜひ今日感じたことを、自分のこととして持ち帰ってほしいと思います。


<会場での質疑応答>

 質問 丹野さんが当事者として発信する、そのパワーの源はなんでしょうか?

 丹野さん 忘れた内容を、怒りもせずに教えてくれる家族や仲間がいる。そういった環境が、一番力になっていると思います。私はみなさんから力をもらって登壇しています。認知症は治りません。どんどん進行していくと思います。でも、そうなった時にもみなさんがよりよい社会を作ってくれると信じることが、私にとって希望となるんです。

 質問 母に認知症状があり、食べたものなどを覚えておけません。「そんなのいいじゃない」と言って受け流すのと、一緒に思い出す手伝いをするのと、どちらがベターな対処だとお考えですか?

 丹野さん 「忘れたっていいじゃない」と言ってくれる方が、嬉しいと思います。「じゃあ。お昼は何を食べたいの」などと前向きなことを一緒に話し合うほうがいいんじゃないかなと。当事者はどうしても自分を責めてしまう部分があります。だからこそ周りが、「そんなの大丈夫だよ」「じゃあ、ご飯を一緒に作ろうか」「手伝ってよ」と前向きに接することが大事だと思います。

 質問 介護福祉士として働いている中で、世間の認知症に対する偏見も感じています。社会として一番何をしてほしいと思いますか?

 丹野さん 有識者の会議に行くと、勝手に重度の患者を思い描いて、その人をどう支えるかばかり話し合っているんです。忘れて欲しくないのは、重度になる前に必ず診断直後、初期段階があるということ。社会がその段階から支えることで、当事者は前向きになれますし、進行も遅らせることができるのではと思います。

丹野 智文(たんの・ともふみ) 1974年、宮城県生まれ。ネッツトヨタ仙台でトップセールスマンとして活躍中の2013年、認知症と診断される。その後、事務職に異動し、周囲の理解や支援を受けながら現在も仕事を続ける。2015年1月には、首相官邸で「認知症になっても働くことができる」と安倍首相と意見交換。「認知症当事者の意見を聞いて対策を進めて欲しい」という思いは、国の認知症施策「新オレンジプラン」に反映された。著書に「丹野智文 笑顔で生きる―認知症とともに―」(文芸春秋)がある。


■ 笑顔の力が社会を変える~認知症・丹野智文さんの講演を聞いて

読者リポーター・上水流優子

 近い将来、65歳以上の5人に1人は認知症になると言われている。39歳で若年性アルツハイマー型認知症になった丹野智文さんは、悔やむのではなく、認知症とともに生きるという道を選んだ。そこに至るまでは当事者にしかわからない葛藤があったに違いない。それにしても、ずっと笑顔である。なぜ笑顔でいられるのだろうか。

 丹野さんは「周りの環境さえ良ければ、笑顔で楽しく過ごせる」と話す。例えば、失敗しても怒られない環境が大事だという。ちょっとした言い方や言葉づかいで相手の気持ちが違ってくる。偏見は自分の中にある。認知症を隠すのではなく、今までのようにはいかないことを受け入れオープンにすること。そうすれば、できないことは対等な立場で支援をしてもらえる環境になる。「認知症=終わり」ではない。人生を再構築していけばよいのだ。認知症の人にやさしい社会は、全ての人にやさしい社会である。

 丹野さんはとても前向きだった。仕事に戻ることができたこと、地元で支えてくれる人がたくさんできたこと、全国の当事者との出会い。いつでもどんな時でも笑顔でいることが多くの不安を取り除いてくれた。笑顔は人や社会を変える力があるのだ。

 定年や子育て後の世代を応援する文化祭「朝日新聞ReライフFESTIVAL」(朝日新聞社主催、協賛各社)が2018年3月2日、東京・日本橋のロイヤルパークホテルで開かれました。今年で3回目となるイベントの模様を採録したものです。

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