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書いたら世界が広がった 北方謙三さんの「小説の原型」とは 

【Reライフフェスティバル2018採録】講演会「人生は原稿用紙の上にあった」

更新日:2018年03月20日

 大河小説「大水滸伝」シリーズなどで知られる作家の北方謙三さんは、「人生は原稿用紙の上にあった」と題して講演した。

横関一浩撮影
 北方さんは、文学に目覚めたきっかけとして、大学受験を控えた18歳のとき、肺結核と診断されたことだったと紹介。「肺に穴が開いていて就職も難しいと言われた。じゃあどうしようというときに、真剣に文章を書き始めたんです」。

 筆を握り始めた当初は、自分が何者かが気になり、「私は」「私は」という自己分析の文章を書いていたが、ふとしたときに「彼が」で書き始めてみると、文章の世界が大きく広がったという。「それが、小説の原型になりました」と話した。


 ほかにも、学生運動のさなかに文芸誌「新潮」でのデビューを知らされたこと、「大江健三郎以来の天才」と言われながらも、没原稿が多い10年間を送ったことなども振り返り、参加者たちを笑わせた。

 最後に、「読者がいるのは本当に幸せ。読者には、頭が下がる思いがする」と締めくくった。

北方 謙三 (きたかた・けんぞう)
1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒。81年の単行本デビュー作『弔鐘はるかなり』で一躍ハードボイルド小説の旗手となり、83年『眠りなき夜』(第1回日本冒険小説協会大賞、第4回吉川英治文学新人賞)、84年『檻』(第2回日本冒険小説協会大賞)、85年『明日なき街角』(第5回日本文芸大賞)、同年『渇きの街』(第38回日本推理作家協会賞〔長編部門〕)など名作を次々と発表。89年には、南北朝期九州を舞台にした『武王の門』で歴史小説の分野へ進出。91年『破軍の星』で柴田錬三郎賞、2004年『楊家将』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝』全十九巻で司馬遼太郎賞を受賞。16年には『岳飛伝』全十七巻が完結し、『水滸伝』『楊令伝』『岳飛伝』と続く全五十一巻の「大水滸伝」シリーズで第64回菊池寛賞を受賞。13年紫綬褒章受章。2000年から直木賞選考委員。現在、「小説すばる」にて『チンギス紀』を連載中。

物語は心を支える~北方謙三さんの講演を聞いて

読者リポーター・齋藤謙一

 西アフリカ奥地、ブルキナファソに旅した時の話が心を打った。針金のようにやせ細った手足の子供たちから食べものをせがまれたが、あげることができなかった。目の前の子にあげてもその後ろ、またその後ろに同じような子がいる。さらに、明日はどうなるかと思うと、それはできなかったという。

 サルトルがノーベル賞を辞退した理由として挙げた「飢えている子供の前では文学は無力だ」という言葉を思い出し、「物を生産することが人間本来の役割ではないか」と考え込んだそうだ。

 その矢先、あごから流れる落ちる涙を拭おうともせず泣いている少女を目にした。文盲のその子は友達が話してくれた物語に感動していたのだ。命を支える「物」とともに、「心」を支える物語の大切さを改めて心に刻んだ瞬間だった。再び文学に向かうようになった。

 東日本大震災の後、北方さんのもとに手紙が届いた。「徐々に物資が届くがなにか物足りない。その折、図書館で三国志13巻を見つけた。繰り返し読んで充足した」という読者からの礼状だった。「こちらこそありがとうと申しあげたい。読者は宝です」と語る。

 北方さんの小説はリアルで克明に描かれた戦闘場面が評判だ。その激しさとは対照的に、笑みをたたえた柔らかな語り口が聴衆を引き込んだ1時間だった。

 定年や子育て後の世代を応援する文化祭「朝日新聞ReライフFESTIVAL」(朝日新聞社主催、協賛各社)が2018年3月2日、東京・日本橋のロイヤルパークホテルで開かれました。今年で3回目となるイベントの模様を採録したものです。

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