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丹野智文さん/認知症と診断されて 病との向き合い方を語る 

インタビュー・Reライフフェスティバル「認知症とともに生きる」登壇

更新日:2018年02月28日

 仙台市の自動車販売会社で働く丹野智文さん(44)は38歳のときに若年性アルツハイマー型認知症と診断された。同僚の名前さえ忘れてしまい一時は解雇も覚悟したが、今も同じ会社で働きながら、「認知症を抱えている人を元気づけたい」と笑顔で発信を続けている。絶望までした体験を笑顔で語る理由は何なのか。本人に聞いた。

 認知症になると、周囲の人たちだけで何とかしようとして、社会から隔絶させがちです。そして、介護の限界が来ると施設に入れざるを得なくなる。それが、認知症は重度の人ばかりというイメージにつながる要因のような気がします。
 特に若年性認知症の場合、仕事を奪われたり、行動を制限されたりして、ショックを受ける度合いが大きい。私にも当初、誤解がありました。よせばいいのにインターネットで「若年性認知症 寿命」と検索すると、「2年後に寝たきり、10年後に死亡」と出てくる。絶望しました。
 でも家族を養わなければいけない。当時は自動車のセールスをやっていたのですが、「洗車係でも何でもいいから」と妻と一緒に会社に相談に行きました。すると社長から「長く働ける環境をつくるから戻ってきなさい。仕事は何でもある」と言葉をかけられました。目が潤みましたよ。社員が病気になっても「戻れるなら戻す」が社長の考えだと後で知りました。

 「人より物覚えが悪いな」と私が感じ始めたのは2009年末ごろからでした。お客さんのマンションにカレンダーを届けに行ったときに、部屋番号を忘れてしまって、車に戻って確認するということが何度かあったのです。お客さんと話した内容や、上司から言われたことを忘れることもありました。
 そのうち、大事なお客さんの名前を忘れることが増えました。上司から聞かれても、すぐに答えられない。「何をやっているんだ」と注意されましたが、どうして覚えていられないかわからないのです。
 3年後、顔を忘れたり、間違えたりするようになりました。上司からお客さんのことを聞かれても、頭が真っ白だから当然返答ができません。その場限りの言い訳でごまかすしかないのです。それでも大事にはなりませんでした。信頼関係ができていたので謝れば許してもらえたからです。
 ある日、毎日顔を合わせているスタッフの名前が出てこなくなりました。声をかけたくてもかけられなくなったのです。市内の病院を受診したところ、「アルツハイマーの疑いがある」と言われたのです。その後、大学病院の診断で確定するのですが、「この先どうなるんだろう」と目の前が真っ暗でした。

 今は講演で全国各地を訪ねるようになったけど、「社会を変えてやろう」なんて気持ちはないのです。自分に起きたことを淡々と話しているだけ。
 話を聞いてくれた認知症の人が元気になってくれる。偏見や誤解を持っていた人が変わってくれる。それに、土地土地のおいしいものを食べられますし。楽しいから続いています。
 「丹野は笑顔がいい」と言われます。セールスの仕事はお客様に笑顔を向けることが大切ですよね。認知症だと、笑顔で元気よく話ができると思っていないのではないですか。
 症状の現れ方は人それぞれです。いきなり進行するわけじゃないのに、周囲は「外出しないで」「財布を持たないで」とどんどん制限する。少しでも失敗すると「ほら認知症だから」と責めている面もあるのではないでしょうか。
 私は昨年12月に大学病院で再度、MRI(磁気共鳴断層撮影)を受けました。「脳の萎縮はありますが、3年前とあまり変わらない」と言われました。もの忘れは進んでいるのに、どこかほっとしました。
 認知症になっても、前向きになることが大切です。周囲は困ったときにだけ助けるスタンスがあればいい。病名からその人を見ないことです。

 2015年、悩みの相談に認知症当事者が応じる「おれんじドア」を仙台で開設しました。「アンケートを取らない」「困っていること聞かない」を信条にしています。
 本人には「何をやりたいか」を聞きます。登山でも釣りでも実現すると、元気いっぱいになる。失語症だと言われていた人が話すようになる。来てくれた人は変わるのです。
 だから私は確信を持っています。認知症の人が変われば、自然に受け入れられる社会になるはずだと。

 丹野さんは3月2日、東京・水天宮のロイヤルパークホテルで開催する「Reライフフェスティバル」で、「認知症とともに生きる」をテーマに講演する。

 丹野 智文(たんの・ともふみ) 1974年、宮城県生まれ。ネッツトヨタ仙台でトップセールスマンとして活躍中の2013年、認知症と診断される。その後、事務職に異動し、周囲の理解や支援を受けながら現在も仕事を続ける。2015年1月には、首相官邸で「認知症になっても働くことができる」と安倍首相と意見交換。「認知症当事者の意見を聞いて対策を進めて欲しい」という思いは、国の認知症施策「新オレンジプラン」に反映された。著書に「丹野智文 笑顔で生きる―認知症とともに―」(文芸春秋)がある。

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