ロッシーニ・オペラ・フェスティバル 日本公演

はじめに
知られざる魅惑のロッシーニ・ルネサンス、ついに上陸!
ロッシーニ肖像画ロッシーニ肖像画ロッシーニ肖像画
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ロッシーニ肖像画ロッシーニ肖像画ロッシーニ肖像画
数多く残るロッシーニの肖像画
天才作曲家ロッシーニ

「ナポレオンは死んだが、別の男が現れた」
(スタンダール著『ロッシーニ伝』より)

18歳でオペラ作曲家としてデビュー、19年間に39ものオペラを書き上げたイタリアの天才作曲家、ジョアキーノ・ロッシーニ(1792〜1868)。ペーザロに生まれ、10歳で最初のオペラを作曲。1810年にヴェネツィアで初演された「結婚手形」の成功を初めとして、ミラノやヴェネツィアで多忙な創作活動の日々に追われました。1816年にオペラ・セリア「オテッロ」を作曲。若い音楽家の名声はイタリア国外にも広まり、ヨーロッパ中の話題をさらい、ベートーヴェンや、作家のスタンダール、バルザックら多くの文化人・貴族たちを熱狂させました。

しかし時代の流れに敏感なロッシーニは、37歳にして突如オペラ界から引退。後半の人生はレストランの経営と養豚業にいそしみ、音楽とはうって変わって美食の世界を追求し続けたのです。

自らの感性に忠実に生きたロッシーニ。その旋律は変幻自在、同じパッセージが時には洒落たブッファに、時には深刻なセリアにもなる唯一無二の作品群です。超絶技巧と音楽の軽やかさこそ最大の魅力であり、聴く者の知性と感性をも刺激してくれるのです。


テアトロ・ロッシーニ
テアトロ・ロッシーニ
テアトロ・ロッシーニの客席
テアトロ・ロッシーニの客席
ロッシーニ・オペラ・フェスティバル(通称ROF)とは?

ロッシーニ・ルネサンスの発信地

1980年の創設以来、毎年8月にロッシーニの生誕地であるイタリア・ペーザロ市で開催されている音楽祭。全プログラムがロッシーニに捧げられ、彼の作品研究においては世界的権威である“ロッシーニ財団”が編纂したクリティカル・エディション(批判校訂版)に基づいて、ロッシーニ作品が上演、演奏されます。 とりわけ1984年、クラウディオ・アッバード指揮で150年ぶりに演奏された「ランスへの旅」の名演は“20世紀最大の音楽的事件”の一つと言われ、この公演を機に“ロッシーニ・ルネサンス”の機運は一気に高まり、ロッシーニは再び世界中の音楽界の脚光を浴びることになりました。今や「チケットの取れない音楽祭」の代表格であり、日本でも毎年「ROF詣で」をする熱狂的なファンが増え続けています。

イタリア・オペラの将来を見据えた新人歌手を育成

フェスティバルはまた、イタリア・オペラの歌唱法ベルカント様式を引き継ぐ若手歌手たちを発掘し、ペーザロの音楽院アカデミア・ロッシニアーナで育成してロッシーニ歌手としてデビューさせることに力を注いでいます。これまでにファン・ディエゴ・フローレスら多くの有名歌手がペーザロから国際舞台へデビューしています。そのため、欧米の歌劇場関係者やエージェント、評論家たちが新人発掘のために、毎年、世界中から集まります。


芸術監督アルベルト・ゼッダ
芸術監督アルベルト・ゼッダ
ROF初来日にして、初の海外公演!

の人気の音楽祭が、2008年11月に初の日本公演を開催します。ROFがペーザロ市を離れ、海外で開催されるのは初めてのことです。

演目は2007年ROFで新演出の舞台が話題を呼んだ話題作「オテッロ」(シェークスピア原作)と、2008年ROFの新演出による歴史大作「マホメット2世」。とりわけ後者は日本初演。“ロッシーニの神様”と世界中の音楽家から敬愛される芸術監督アルベルト・ゼッダに率いられ、現地公演の興奮冷めやらぬうちに日本へ降り立ちます。ロッシーニ三昧の本公演を、どうぞお見逃しなく!

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