コロナ禍からの復興、持続可能性を主軸に 欧州の「グリーン・リカバリー」

欧州の町では5月以降レストランやホテル、コンサートホール、学校などが再開され、少しずつ活気が戻ってきた。屋外で食事ができるレストランは、感染リスクが低いと思われているためか、そこそこ客が入っている。3月に欧州諸国が実施した国境検査も廃止されて、車で他国へ自由に旅行できるようになった。夏休みを、感染者数が比較的少ないギリシャなどで過ごす観光客も徐々に増えている。
だがパンデミックによる経済損害の規模は、日一日と明らかになりつつある。欧州連合(EU)統計局によると、今年4月のEU加盟国の工業生産額は前月に比べて17.3%も減った。最も大きな影響を受けたのは自動車産業で、68.5%減。EUは「今年のユーロ圏の総生産(GDP)は、前年比で7.7%減る」という悲観的な予測を発表している。
抵抗力あるEUに
EUにとって新型コロナ危機からの復興は、喫緊の課題だ。だが、地球温暖化に歯止めをかけるという長期的な目標もおろそかにはできない。EUは2050年までに温室効果ガスの排出量を正味ゼロにすることを目指す。このため、コロナ危機からの復興策においても、地球温暖化対策を中心に据えた。
EUの行政トップ、ウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長は5月27日に、コロナ危機からの復興プラン「グリーン・リカバリー(緑の復興)」計画を発表した。同氏は「グリーンで、デジタル化され、危機に対する抵抗力のある欧州を作ることが目標だ」と述べている。
EUは2021年から27年にかけて、同プランに1兆8500億ユーロ(222兆円。1ユーロ=120円換算)という天文学的な予算を投じる。コロナによる打撃から立ち直るための公共・民間投資の主軸を、再生可能エネルギーの拡大やモビリティ、製造業の非炭素化など、持続可能性のあるプロジェクトに置く方針を打ち出している。
フォンデアライエン氏は、昨年12月の委員長就任直後に「欧州グリーン・ディール」を発表し、「EUは気候変動に歯止めをかけることを最重要の政策課題の一つにする」と明言していた。そこには「未来の世代のために地球環境への負荷を減らす」という倫理的な発想が浮かび上がっている。

議長国ドイツが先陣
この背景には、グレタ・トゥンベリさんの「フライデーズ・フォー・フューチャー」運動に象徴されるように、欧州の多くの市民の間で気候変動問題への関心が高まったという事情がある。ドイツなど多くの国々で環境保護政党への支持率が高まっている。
GDPで欧州最大のドイツも、EUのグリーン・リカバリー路線に歩調を合わせている。メルケル政権は、6月3日に総額1300億ユーロ(15兆6000億円)の景気刺激策を公表した。中心となるのは半年間にわたる付加価値税の引き下げや中小企業支援だが、気候保護策も組み込まれている。57項目の景気対策のうち、16項目(28%)が電力、エネルギー転換や地球温暖化・気候変動対策に関連している。
たとえば21年末までの2年間に限り、電気自動車(EV)とプラグイン・ハイブリッド車(最高4万ユーロまで)を買う市民への新車購入補助金を3000ユーロから6000ユーロ(72万円)に増やす。自動車業界は「ディーゼル・エンジンやガソリン・エンジンを積んだ車にも補助金を出してほしい」と要望していたが、政府は「温室効果ガス削減という目標に矛盾する」として、内燃機関の車への補助金を拒否した。
その代わり、政府は自動車メーカーや下請け企業が、内燃機関の車からエコカーに軸足を移す産業構造の転換を支援する。
さらに政府は、病院、学校など公共施設のEV充電インフラの整備や、EV用バッテリーの生産施設の構築に25億ユーロ(3000億円)を投じる。
ドイツ政府は今年6月に「国家水素エネルギー戦略」を発表し、「水素エネルギーの実用化について世界のリーダーになる」という方針を打ち出した。バスやトラック、船舶の燃料や、製鉄業、化学工業など産業界のエネルギー源に水素を使って、二酸化炭素(CO₂)排出量を大幅に減らすことを目指している。メルケル政権は、このプロジェクトに90億ユーロ(1兆800億円)の国費を回す方針だ。
ドイツは電力料金が欧州で最も高い国の一つだ。特に再生可能エネルギー賦課金の負担が年々重くなっている。経済学者からはこの賦課金を廃止するべきだという意見も出ていた。しかしメルケル政権は賦課金を廃止しなかった。その代わりに110億ユーロ(1兆3200億円)を投じて、消費者が負担する再生可能エネルギー賦課金に2年間にわたり上限を設け、電力料金の高騰を防ぐ。政府が上限を設けてでも賦課金を維持するのは、電力消費量に再生可能エネルギーが占める比率(19年末の時点で約42.1%)を30年までに65%に引き上げるという目標を達成しなくてはならないからだ。
ドリーム・チーム
EU加盟国首脳は約90時間に及ぶマラソン会議の結果、7月21日に復興基金について合意した。ドイツは今年7月1日から12月末まで、EU理事会の議長国を務める。ブリュッセル生まれのドイツ人フォンデアライエン氏はメルケル首相と同じキリスト教民主同盟(CDU)に属し、同政権で閣僚も務めた。この2人の政治家は、欧州で最大の影響力を持つ「ドリーム・チーム」だ。今後はグリーン・リカバリーについて欧州議会の承認を得て、具体的な政策を始動させるという作業が待っている。



1959年東京都生まれ。82年、早稲田大学政治経済学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中にベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からドイツ・ミュンヘンを拠点にジャーナリストとして活動。著書に『ドイツの憂鬱』『新生ドイツの挑戦』『ドイツ病に学べ』『なぜメルケルは「転向」したのか』『ドイツ中興の祖 ゲアハルト・シュレーダー』など。