SDGsをミドルに腹落ちさせるには ビジネスパーソンのためのSDGs講座【2】


慶応義塾大大学院特任教授。企業のブランディング、マーケティング、SDGsなどのコンサルタントを務め、地方創生や高校のSDGs教育にも携わる。岩手県釜石市地方創生アドバイザー、セブン銀行SDGsアドバイザー。共著に「SDGsの本質」「ソーシャルインパクト」など多数。
SDGsのセミナーで話をすると、「このテーマが重要なことは理解しましたが、上司や社内をどう説得したらよいですか」という質問を毎回のように受ける。企業のトップや若手は比較的理解があるが、ミドルマネジメント(中間管理職)層が一番関心を持っていないという意見をよく聞く。
トップや役員はガバナンス(企業統治)、環境対応、女性活躍などについて取締役会などで議論し、取り組んでいるので、理解しているはずだ。若手はソーシャル(社会的)分野に興味がある人が一部存在する。
問題はミドルだ。現場のプロジェクト管理や営業数字に追われるミドルは、どうしても目先の課題が優先する。短期的視点かつ視野が狭くならざるを得ないので、このテーマの優先順位は低いのだ。ジョブ型など成果主義が強い働き方が広がることで、この傾向はさらに進むだろう。
このテーマを彼らに腹落ちさせるには、一つにはESG投資が増大している状況において、ESG/SDGsと企業価値の関係についての理解が必要だ。

資本市場のひずみにより、行き過ぎた地球温暖化、森林資源や水資源などの環境破壊、人権、貧困問題などが課題になっている。そこで、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)に対し、きちんと取り組んでいる企業に投資しようという動きがESG投資だ。利益やROE(自己資本利益率)の増大による企業価値の向上を目指していた企業にとって、ESGやSDGsの取り組みを前提とした利益やROEの説明を求められる状況になってきたのである。
経済産業省が発表した「持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会」報告書(伊藤レポート2.0、2017年)では、無形資産の企業価値における重要性を指摘。そのうえでESGなど非財務情報の開示と投資家との対話の重要性を述べている。また、世界取引所連合(WFE)はESG情報開示ガイダンス(2018年改訂版)において、図表1にあるような開示すべき項目を挙げている。

ESG情報はオポチュニティー(機会)とリスクの両方について開示する。例えば、環境対応商品に強いメーカーにとって、環境に対する消費者意識が高まることは、オーガニックマーケットの拡大を機会と捉えて積極的にマーケティングを実施していくことが成長につながる。逆に現在使用している原材料の調達が生物多様性の視点から将来的に難しくなる場合、NGOとともに生物多様性を保護する社会活動に取り組むことがレピュテーション(評判)などのリスクを下げる。
また、将来にわたって今の価格の水準で調達可能なのかの予測を明らかにする、あるいは他の原材料への切り替えをした場合の財務インパクトなどの開示を求められる。このように、機会をどのように捉え、成長させていくかのストーリー、反対にリスクに対してどう予測し、どのように対応しているのかを投資家に説明していく必要があるのだ。
このようなESG/SDGsの取り組みは、非財務情報だ。P/L(損益計算書)やB/S(貸借対照表)には数字として反映されない。しかし、非財務情報は無形資産として企業価値に反映されていく。代表的な無形資産としては、ブランド、人的資産、顧客とのつながり、特許などがよく知られているが、ESG/SDGsへの取り組みもそうだ。

高度成長期は優良な有形資産が企業価値を形成してきたが、現在は無形資産が企業価値の重要な役割を担う。ESGやSDGsへの取り組みは、直接あるいはブランドや人的資源となってまさに企業の無形資産となる。ESGの情報を開示してオポチュニティーとリスクを投資家に理解してもらい、無形資産を増やすことが企業価値向上にストレートにつながるのだ。そしてこの動きは、投資だけではない。融資にも同様な基準が導入されつつある。
こうなると各事業評価も売り上げや利益など財務評価だけでなく、その事業そのものの環境や社会などへの貢献を問われることになる。中期経営計画に財務のインパクトだけでなく、環境や社会に対するインパクトを計測し、盛り込んでいる企業も出始めた。このように、各事業において利益だけでなく、環境や社会における項目も外部からモニタリングされ、評価されることになるのだ。
環境、社会を大切にしなければならないことは、少し考えれば誰でも理解できる。菅義偉首相は10月末、温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロにする目標を表明した。このようにESGを推進する状況はますます進んでいる。
わかっているのに実行しないのであれば、モニタリングされる社会において評価を落とし、マーケットや政府から何らかを負担してもらうというルールが作られていくだろう。やらされるルールで実施するより、内発的な動機で行動して先手を打ち、従業員のモチベーションが上がる、良い循環の企業を目指したい。
(「ビジネスパーソンのためのSDGs講座」は毎月1回で連載します)
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