ニチレイのアプリに見るDX×SDGs ビジネスパーソンのためのSDGs講座【4】


慶応義塾大大学院特任教授。企業のブランディング、マーケティング、SDGsなどのコンサルタントを務め、地方創生や高校のSDGs教育にも携わる。岩手県釜石市地方創生アドバイザー、セブン銀行SDGsアドバイザー。共著に「SDGsの本質」「ソーシャルインパクト」など多数。
コロナ禍において在宅ワークが進んだり、会食が自粛になったりして、自宅で食事をする機会が増えた。これによって様々な変化が起きた。オンライン会議を行う場所を確保するため親が子供の部屋を占領したり、在宅率が増えたことによって料理を担当する人の負担が増えたりすることなども課題だ。特に働く女性の家事負担は重く、これを軽減することができるかもしれないサービスが昨年11月にローンチ(開始)された。
冷凍食品メーカーのニチレイが開発した「conomeal kitchen(このみる きっちん)」は、AI(人工知能)によって「今日のおすすめのメニュー」を七つ提示してくれるアプリだ。使う人の食の嗜好(しこう)性を分析して、「今のあなたにはこんなメニューがいいのでは」とレシピをお薦めする。味や香りの好みに、そのときの気分や環境などのおいしさを左右する心理的要素を加えて分析を行うので、同じ人でも、レコメンド(推薦)されるメニューは毎回変わる。さらに、回数を重ねていくとプログラムがその人の性格や選択のクセを学習していく。通常のレシピアプリは、メニューか材料などのキーワードを入れる必要があるが、このアプリは何もしなくてもよい。

サービスを企画・開発した関屋英理子さん(技術戦略企画部事業開発グループ)は、自分で夕食のメニューを考えることが苦痛だったという。「会社で働いている間は常に決断することやアイデアを出すことの連続なんですよね。会社から出た後に夕食のメニューを考えるというのは実は決断なんです。会社を出てまた同じようなことをしたくないんです。ユーザーへのインタビューでもそのような意見が出ました」。つまり、オフのときくらいは決断をしたくない、考えたくないということだ。
日々の料理は大変だ。一方で少し前に、母親がスーパーで買った総菜を食卓で子供に提供するのは手抜きなのではというSNS上での「ポテサラ論争」もあったように、手間をかけてつくることがいいことだというプレッシャーもまだ残る社会だ。まして、コロナ禍において家で食事をする回数は増え、料理のつくり手の負担は増加している。
このアプリは献立を提案してくれ、数日分をまとめてつくり置きしておける。冷蔵庫につくり置きがあると、時間のないときや気持ちに余裕がないときには大変助かる。

関屋さんは新規事業開発のベースとして「2025~2030年の社会変化」の予測を行った上で、その変化の一つとして「食のパーソナライズ化が加速する」に着目した。それを「おいしさ」について当てはめると、「みんなの最大公約数的なおいしさ」ではなく、「私にとってのおいしさ」がニーズとして求められるようになるということだ。
そして、このアプリは食品ロス削減にも貢献する。アプリは必要な分の食材を提示するので無駄なものを買わない。そして、ブロッコリーなどの冷凍食品を活用すれば、必要な分だけ使用するので食品ロスは少ない。この2点から削減に貢献するのだ。

これが普及するとニチレイのマーケティングを大きく変える可能性がある。商品開発のスタートが変わるのだ。今は、これがはやっている、これが売れそうだと味付けなどを考えて、何グループかに食べてもらうということを繰り返して反応を見ながら最終商品を検討していく。しかし、このアプリがあれば実際にどういったメニューを食べているのかという的を絞った商品開発ができる。そして他社との連携を行える。外食、宅配食を提供する企業にデータを使ってもらえれば、役に立つかもしれない。例えば調理家電メーカーとの提携により、その人の嗜好に合った調理ができるのではないかと考えている。ユーザーに対しては、データを提供してもらった分、価値を還元できる可能性がある。

これまでニチレイでは「心」を「見える化」する分析技術「Psychometrics(サイコメトリクス=心理統計学)」、および、おいしさの重要な要素である香り(レトロネーザルアロマ=口中香)の分析技術「MS Nose(エムエスノーズ)」をはじめとする独自の技術で、おいしさの「見える化」に取り組んできた。この二つの技術とAIを組み合わせることで他社には簡単にはマネできないツールをつくりだした。
関屋さんはこのアプリの将来像として、健康なうちは何を食べてもよいが、高齢化すると食べるものに制限ができるので、そのときに若い頃と同じとはいかないまでも、おいしく食べられるための手助けになったらよいと考えている。提案されるものも一択ではなく自分で決める楽しみを残している。

DX(デジタルトランスフォーメーション)推進はコロナ禍において企業の喫緊の課題だ。しかしそれはあくまで手段だ。デジタル化を進めることにより、社会課題解決や顧客の課題解決、働き方改革など何を成し遂げるかが重要だ。
今回のニチレイの取り組みは、健康増進、食品ロスの削減、働き方改革など、SDGsの多くの項目における貢献の好事例になる。また、自分ごととしての課題解決、未来予測からの分析すなわちバックキャスティング、他社との共同開発などマルチステークホルダーの動きなどSDGsの要素がたくさん詰まっている。コロナ禍だからこそのDX×ビジネスによる社会課題解決推進の加速をさらに期待したい。
(「ビジネスパーソンのためのSDGs講座」は毎月1回で連載します)
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