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釜石市での企業によるSDGsまちづくり支援を考える(下)ビジネスパーソンのためのSDGs講座【7】

釜石市での企業によるSDGsまちづくり支援を考える(下)ビジネスパーソンのためのSDGs講座【7】
横田アソシエイツ代表取締役/横田浩一

横田浩一(よこた・こういち)
慶応義塾大大学院特任教授。企業のブランディング、マーケティング、SDGsなどのコンサルタントを務め、地方創生や高校のSDGs教育にも携わる。岩手県釜石市地方創生アドバイザー、セブン銀行SDGsアドバイザー。共著に「SDGsの本質」「ソーシャルインパクト」など多数。
パソナ東北創生の取り組み

パソナ東北創生社長の戸塚絵梨子さん。東京でパソナに入社後、震災ボランティアに参加したことをきっかけに「ドリカム休職制度・ボランティアコース」で半年間の休職を取得し、岩手県釜石市の団体で職員として働きながら復興支援に携わった。

その後、釜石に関わりたいとの思いから、パソナグループが復興を目指す起業家を応援するためにつくった「東北未来戦略ファンド」に応募し、釜石に拠点を置くパソナ東北創生を設立した。応募した時の審査では、トップから「本気でやるのか。それならば応援する」と、協力を約束してもらった。

ローカルベンチャーの制度で、他の地域から多くの人が釜石でチャレンジに来た。中列左端がパソナ東北創生社長の戸塚絵梨子さん(パソナ東北創生提供)

2015年に起業して以来、七転び八起きの連続だったが、「生き方の選択肢を増やす」ことをテーマにして、人を起点にプロジェクトを推進してきた。起業型地域おこし協力隊である「ローカルベンチャー」事務局を担当することにより、地域に人を呼び込むことはもちろん、そこを拠点に「まちの入り口を広げることができました。今後、まちの人事部のような機能を果たしたい」と話す。

パソナは顧客やリソース、ブランドを提供し、その活動を支援する。こうした形は、戸塚さん個人のやりたいこととパソナの企業としての志の方向性が一致した事業といえる。

ラグビーW杯の釜石開催
ラグビーW杯の釜石での初戦となったフィジー対ウルグアイ戦で、世界中から多くの人が訪れた=2019年9月25日、釜石鵜住居復興スタジアム(釜石市提供)

19年9月にラグビーW杯の釜石開催という大きなイベントがあった。釜石にとっては復興のシンボルだ。当初は一部に反対の声もあったが、大きな大会を目標に見事にやりきった。

18年には、被害を受けた小学校、中学校跡地に釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアムが完成した。震災で津波から逃げ、小中学生が全員助かったという「釜石の出来事」があった場所だ。

開催にあたって、様々な企業から寄付が寄せられ、約4憶円が集まった。W杯が開かれる都市として、いろいろな人や企業が世界中からつながり、パートナーになった。

例えば宿泊施設が足りないため、日本で初めて、民泊仲介大手のAirbnb(エアビーアンドビー)と釜石市が提携した。筆者も大学生とエアビーを利用して宿泊し、観戦したが、多くの人が釜石に集まるイベントが成功したと思う。みんな笑顔だった。本当に夢のようだった。

マルチステークホルダーで長期の関係を築く

このように多くの企業や外の人が釜石に関わる。

釜石市は人口が減少していく中、支援してくれた企業やボランティアと積極的につながることで、交流人口増による地方創生を目指すオープンシティ戦略をUBSなどの企業からSDGsや国際人権規約などのグローバルスタンダードに基づく助言を得て策定し、15年から政策として掲げている。

震災後しばらくは、釜石市は企業からの応援を受容する力が求められた。しかし、現在では企業と対等なパートナーシップになりつつあるという。例えば、市役所は企業の人材派遣を積極的に受け入れてきたが、最初は応援が目的だった。現在は地域おこし企業人という制度を活用し、社員のリーダーシップを向上させるといった人材育成の文脈が強くなっている。

すべての政策をSDGsと早くからひも付け、社会課題解決の学びや交流拠点としての存在感を示している。釜石に関わってもらえる企業に価値を提供し、お互い納得できる関係を目指している。

SDGs探求旅行で、筆者による事前学習を受ける駒場学園の生徒(横田浩一撮影)

もともと釜石に住む一定世代以上は、新日本製鉄釜石製鉄所に就職するために他の地域から来た人も多く、開かれた地域文化がある。他の地方の人を受け入れられることがステークホルダー間の良好な関係をつくる素地だ。

近畿日本ツーリストは、釜石において社会課題やSDGsをテーマにした修学旅行に取り組んでいる。過去、鷗友学園、八雲学園(ともに東京)の生徒が釜石を訪れた。

「地域をよりよくしようという目標の中で自由にクリエーティブに仕事をしていた」「人とのつながり、コミュニティーの大切さを学んだ」「自分から行動することが大切」「釜石高校の生徒は地元を愛していました」など参加した中高生は多くのことを感じ、学んだ。

今年夏に釜石を訪れる予定の駒場学園(東京)。今の高校2年生は震災について幼少時の記憶はあるが、体系的には理解していない。震災を後世に伝えるには教育の機会が必要だ。駒場学園では修学旅行をSDGs探究旅行と名前を変えた。探究学習を事前学習、探究旅行、事後学習と行うことで、地方創生や震災を学び、社会課題をきっかけに自ら考え行動できる人材の育成を目指す。

未来に向かって
ラグビーW杯で東京から釜石を訪れた大学生と寺崎幸季さん=写真中央(横田浩一撮影)

「言葉が適切かどうかわからないけど、企業やボランティアなど多くの市外の人が来てくれたことは、釜石にとってオポチュニティ(機会)だった」と釜石出身の寺崎幸季さん(慶応義塾大学総合政策学部3年)は言う。

「震災が起こって、とても不幸なこと、大変なことなど負の側面はもちろん大きい。しかし、前向きに考えたら同時にオポチュニティだったのです。『釜石よいさ』だって行き詰まっていた。『釜石コンパス』だってなかっただろうと思います」

もともと釜石市は1989年に新日本製鉄釜石製鉄所の高炉の火が消えて以降、人口減少による社会課題を抱えたまちだ。企業の支援がなければ終わっていたもの、なかったものはたくさんある。外からの人に言われて釜石の良さを認識したこともたくさんある。全部あの震災によって得たという。

寺崎さんも、同じく釜石出身の高橋奈那さん(静岡大学地域創造学環1年)も、将来なんらかの形で釜石に関わっていきたいという夢がある。外から来た企業や人により、自分たちの価値に気づき、シビックプライドを高く持った若者が将来、地域を支える。

東日本大震災から10年、多くの外の人を呼び込むこと、関係することに努力してきた釜石において、市民、市役所、企業、ボランティア、学生など多くのステークホルダーが復興という共通の目標を持ち、幸せとは何かということをともに考え、活動することができた。

そして、地元の若者の意識を変える手助けができ、良い循環を生み出し、結果を出しつつあるようだ。このようにプラグマティック(実利的)な企業の支援は、この関係の輪に入り、支えることだ。サステナビリティーの高いマルチステークホルダーにおける良い関係の進化、そしてこれからの釜石の未来に期待したい。

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