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東日本大震災からの復興、「ノーマライゼーションという言葉のいらないまち」を目指す

東日本大震災からの復興、「ノーマライゼーションという言葉のいらないまち」を目指す
岩手県陸前高田市の戸羽太市長(同市提供)
岩手県陸前高田市長/戸羽太

戸羽太(とば・ふとし)
1965年生まれ。神奈川県で生まれ、東京で育つ。東京都立町田高校卒業。父親の地元の岩手県陸前高田市に移り住み、95年から市議を3期12年。市助役、副市長を経て、東日本大震災直前の2011年2月に市長に初当選。現在3期目。

東日本大震災の津波で多くの犠牲者が出た岩手県陸前高田市。震災からの復旧・復興を進めるなかで、すべての市民が生き生きと過ごせる「ノーマライゼーションという言葉のいらないまち」を目指してきた。自身も震災で妻を亡くした戸羽太市長にその思いを聞いた。(聞き手 編集部・大海英史)

岩手県陸前高田市の位置(同市提供)

震災が、すべての人を「弱者」に

――陸前高田市は東日本大震災で甚大な被害を受けました。復旧・復興を進めるにあたり、どのようなまちを目指してきましたか。

「『ノーマライゼーションという言葉のいらないまちづくり』を基本理念に掲げ、取り組みを進めてきました。『ノーマライゼーション』とは、障がいのある人もない人も同じように生き生きと笑顔で暮らせる社会を目指すことです」

「その言葉すらも意識する必要がなく、多様性を認め合い、誰もが個性を持つ人間として尊重されることを目指してきました。具体的には、年を重ねて身体機能や認知機能が低下しても、障がいがあっても、安心して自分らしい生き方を実現できる社会、男女が協力し合い、安心して妊娠・出産・子育てができる社会、困っている人がいたら助けることが当たり前の社会です」

「震災では陸前高田市の死者・行方不明者は1800人近くに及びました。震災はすべての人を『弱者』にしました。水も食料も自分で手に入れることができない、誰かに助けてもらわないといけない、そんな状況です。だからこそ、新しいまちづくりでは、誰もが希望を持って暮らせる場所が必要だと考えました」

米国での経験

――市長が「ノーマライゼーションという言葉のいらないまちづくり」を目指すようになったきっかけは何ですか。

「以前に米国を訪れた際、障がいのある方が普通に外出し、買い物に行く光景を目の当たりにしました。下肢の不自由な方が車いすでお酒を飲んでいたり、ボウリングをしたりして楽しんでいる。それを指さす人もおらず、自然に受け止められていました」

「本来、社会はそうあるべきだと思いました。米国は戦争で負傷して障がいを抱えた人が多いという事情もありますが、日本でもそういうまちがあっていいじゃないかと。市長になる前からそう考えていて、震災前の市長選で『障がいがあってもみんなが活躍できる社会』を掲げて立候補しました」

誰もが生きがいがあり、活躍できるまちに

陸前高田市では、ふるさと納税の返礼品の梱包作業を障がいのある人たちが担う(同市提供)

――具体的にどのように取り組んでいますか。

「ふるさと納税の返礼品の梱包を障がいのある方々にお願いしています。返礼品にはハガキを入れ、受け取った方から返事をいただく仕組みにしており、障がいのある方への激励を書いてくださる方もいます。地域への応援だけでなく、障がいのある方々の支援にもつながることを意識していただき、梱包作業をする方々のやりがいにもつながります」

「震災後の中心市街地や新たな建物には、障がいのある方や高齢者などから意見を聞きながら、歩道の段差を極限までなくすなどユニバーサルデザインを取り入れた基準で造る取り組みを進めています。市内の店舗向けにも『ユニバーサルデザインチェックリスト』をつくり、車いすの方が訪れやすいよう入り口に緩やかなスロープをつけたり、多目的トイレに変えたりするなどの環境を整えてもらい、市が『ユニバーサルデザイン対応店舗』として認証する制度もあります」

陸前高田市では、中心市街地に設置する点字ブロックの高さを障がいのある人らとともに確かめた(同市提供)

「市役所窓口のほか、陸前高田商工会なども各店舗に筆談ボードを配り、耳の不自由な方や高齢者がコミュニケーションをしやすいようにしています。市民みんなが震災で弱者になった経験から、障がいのある方や高齢者などに寄り添った対応を心がけるようにしています」

陸前高田市役所の福祉課や市民課にある筆談ボード(同市提供)

高齢者も出かけやすいまちに

――今後のまちづくりで重点を置くのはどのような分野ですか。

「今、地方は多くの課題を抱えています。特に陸前高田市では高齢化率が39.6%になり、日本全体の将来を先取りしている状況です。この課題にどう対応していくか、どうやって持続可能なまちにしていくか。様々な可能性を一つひとつ試行錯誤しながら進めていかなければいけません」

陸前高田市の戸羽太市長(同市提供)

「高齢者の自動車事故を防ぐために運転免許の返納をお願いしていますが、そうすると買い物など日常生活の足がなくなります。陸前高田市では、時速20km未満で公道を走ることが可能な4人乗り以上の電動の乗り物である『グリーンスローモビリティ』の本格導入に向けた取り組みを進めています」

「将来的には、運行に必要な電力を再生可能エネルギー100%で賄うことも構想しています。様々な公共交通に加えて、市内を循環するグリーンスローモビリティを運行することで、高齢者も出かけやすい環境を整えたいと考えています」

陸前高田市で実施された「グリーンスローモビリティ」の実証運行(同市提供)

「平日は災害公営住宅、中心市街地、病院など、ひとり住まいの高齢者の交流の場への移動や日常生活の足となるような活用を検討しています。また、休日は高田松原津波復興祈念公園内の東日本大震災津波伝承館や併設する道の駅『高田松原』、中心市街地、農業テーマパーク『オーガニックランド』、発酵パーク『CAMOCY(カモシー)』など観光拠点を周遊し、中心市街地の活性化や観光振興につなげたいと考えています」

陸前高田市にある道の駅「高田松原」(同市提供)

――まちづくりではSDGsにどう取り組んでいますか。

「2015年に国連で採択されたSDGsの『誰も取り残さない』という理念は、私たちのまちづくりの考え方とまさに合致すると思いました。19年7月には、『ノーマライゼーションという言葉のいらないまちづくり』が評価され、岩手県内で初めて政府のSDGs未来都市に選定されました」

「一方で、震災により人口減少は急速に進み、全国的な潮流である少子化の傾向が一層進み、震災前に約2万4千人だった人口は現在は約1万8千人になりました。地方では少子高齢化や産業育成などの共通課題を抱え、SDGsの目標を一つひとつ進めていかなければまちを維持できなくなると考えています」

カキやホタテなど水産物が豊富な陸前高田市(同市提供)

――持続可能なまちにするため、どう取り組んでいますか。

「陸前高田市は広田湾でのカキやアワビ、ホタテなど水産物が豊富なまちです。こうした漁業や農業、林業といった第1次産業のほかに、様々な施設の活用やイベントなどにより、市外からの来訪者を増やしてにぎわいを創出し、防災・減災を学ぶフィールドとすることで震災の記憶と教訓の伝承にも努めていきたいと考えています。コロナ禍の昨年1年間、遠くの修学旅行に行けないこともあって、250校を超える学校が東日本大震災津波伝承館を訪れました」

「陸前高田市は1955年に8町村が合併してできました。昔からの地域コミュニティーが今も息づいており、地域ごとに必要な施策を地域住民が主体となって議論し、実行してきました。現在では、市内11地区のコミュニティーに地域交付金を給付するなど、地域ごとの課題解決を支援する取り組みも進めています」

陸前高田市ではリンゴやブドウの果樹栽培にも力が入る(同市提供)

「地域で最優先の課題を話し合い、解決したり、災害公営住宅などのひとり住まいの高齢者の見回りを社会福祉協議会と連携して取り組んだりと、『誰一人取り残さない』取り組みを行政や企業、地域住民などが協力しながら進めることを大切にしています」

「『持続可能』な社会とは、障がいのある方も高齢者もすべての人に生きがいがあり、活躍できる場がある社会です。絶望的だとさえ思えた震災から復興し、すべての人に活躍できる場があるまちになれば、どんなに困った状況でも乗り越えられると示すことができます。それこそが持続可能性であり、被災地に求められることだと感じています。このメッセージを発信できる場所はほかにありません。市民の誰もが生き生きと笑顔で暮らし、訪れる人が元気になれる、そんなSDGs未来都市をつくっていきたいと思います」

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