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酒造りを続けるため岐阜から北海道に移転した社長の決断 ビジネスパーソンのためのSDGs講座【9】

酒造りを続けるため岐阜から北海道に移転した社長の決断 ビジネスパーソンのためのSDGs講座【9】
横田アソシエイツ代表取締役/横田浩一

横田浩一(よこた・こういち)
慶応義塾大大学院特任教授。企業のブランディング、マーケティング、SDGsなどのコンサルタントを務め、地方創生や高校のSDGs教育にも携わる。岩手県釜石市地方創生アドバイザー、セブン銀行SDGsアドバイザー。共著に「SDGsの本質」「ソーシャルインパクト」など多数。

140年続く酒蔵に与えた温暖化の影響

1877(明治10)年創業、143年の歴史を誇る三千櫻酒造(みちざくらしゅぞう)(山田耕司社長)。代表ブランド「三千櫻(みちざくら)」はコアなファンも多い。2020年11月、長年酒造りをしてきた岐阜県中津川市から北海道東川町に移転し、21年春には東川の米で仕込んだ「彗星」、「きたしずく」をリリースした。地元密着型企業の代表である酒蔵が地域をまたいで移転することはまれだ。全国でも珍しい公設民営(注)の酒蔵としてスタートした三千櫻酒造。100年企業のサステイナビリティーとは何か。

(注)国や地方公共団体が施設を設置し、その運営を民間企業などに代行させること。

移転した理由の一つは、三千櫻酒造の蔵が非常に老朽化していて、なんとかしなければならないという問題だった。建て替えには大きな投資が必要だ。大きな借金を背負うか、本格的に身売りを考えるかというレベルだった。

そしてもう一つの課題は、温暖化により平均気温が上がって、冬の仕込みの冷却作業に労力がかかるようになったということだ。

中津川市の気温は、1980年ごろと比較して、月平均の最高気温だと2度近く、最低気温だと1度近く上昇している。温暖化が進んでいる象徴的な出来事として、近くにある岐阜県多治見市が猛暑で有名になったことや、冬に車のスタッドレスタイヤ(雪用タイヤ)がほぼ不要になったと、山田社長は指摘する。

こうなると冬に行うお酒の仕込みの際に、以前は必要なかった、タンクを冷やすクーリングロールによる冷却作業を、1月、2月という最も寒い時期にも実施しなければならなくなった。そうなるとコストも労力もかかる。大手の蔵にあるような仕込みの際に入れるクラッシュアイスをつくる製氷機は、小さな蔵にとって大きな投資だ。

山田社長は、老朽化した蔵の建て替えの件もあるし、寒い地域、特に北海道に移転できないかと考えはじめた。寒いという理由とともに、他の地域と比べてあまり地酒がなかったことも北海道を意識した理由で、5、6年前から本格的に移転を検討し始めた。北海道東川町に縁ができたのは約3年前。東川町によく通っている知り合いの紹介だった。

三千櫻各種(横田撮影)
山田耕司・三千櫻酒造社長(横田撮影)

水と米と環境の三拍子がそろった

酒造りに良い条件がそろっていたこと、役場の人が熱心だったこと、公設民営の酒蔵という新しいスキームを使えることが東川町に決めた理由だ。

酒造りは水も米も、環境も大切だ。東川の水は良質だ。旭川空港のすぐ近くに位置する東川町は、大雪山系から地下水となって流れる湧き水や井戸水が豊富にあり、上水道のない町だ。町内全戸井戸を掘って電動ポンプで水を汲み上げている。そして原料米についても東川町は米どころだ。

米はいろいろな場所から調達できる。実際に東川産「彗星」、「ななつぼし」のほか、これまでも使用していた兵庫県の「愛山」、福井県の「九頭竜」などを使っている。そして仕込みに大切な冬の気温も1、2月の最低気温はマイナス10度以下、最高気温でも0度を超えない。

北海道米での仕込み(横田撮影)

町の念願だった地酒造り

一方で東川町も日本酒メーカーがほしいと考えていた。松岡市郎・東川町長は「東京へ行って東川はどんな町ですかと聞かれ、大雪山からの湧き水と米が名産と言うと必ずおいしい日本酒はあるのかと聞かれる。おいしい水と米があれば、おいしい日本酒も、と多くの人が思うが、残念ながら東川町には地酒がありませんでした。かねて東川町らしい日本酒を造りたいと切望していたものの、いかんせん酒造りのノウハウがない。その中で、山田社長とお会いし、議論を重ねる中で、2019年ついに公設民営型という全国的にも珍しい形態での公募に踏み切り、そこへ名乗りをあげてもらって三千櫻酒造の移転が実現しました」と言う。

建物などハードを町が提供し、酒造りなどソフトを民間の酒蔵が受け持つモデルが公設民営型だ。ハードの資金は国からの補助を活用、一部を三千櫻酒造が負担し、町としての実質負担は少ない。地元の企業が増え、雇用が増え、地酒という名産品ができ、町のイメージも上がり、町民もその恩恵を享受できるという三方よしのモデルだ。

そもそも東川町は、北海道のほぼ中央に位置し、旭岳を筆頭とする大雪山連峰の雄大で美しい景色が広がり町内に国立公園がある。人口は約8300人ほどだが、今もゆるやかに人口が増えていて、移住者が多く、おしゃれなショップやレストランがあり、町立の日本語学校があり外国人も常時多数いてダイバーシティー性の高い町だ。建築家の隈研吾事務所が東京から一部事務所移転を計画し、最近では修学旅行生も地方創生のモデルとして学びに訪れる。

松岡町長は「東川町が目指すまちづくりのキーワードは『適疎(てきそ)』。密過ぎても過疎でも、人は生きにくくなるものです。適当な疎があるからこそ、人として本来の居場所を持つことができる」。すべてにおいて本物志向な東川スタイルという文化を持つ、ユニークな町だ。

地球温暖化はこの町にも影響を与える。そもそも北海道では数十年前はおいしい米ができなかったが、いまでは温暖化の影響や品種改良もあって日本でも有数の米どころとなった。生産量も新潟県に次いで全国2位。「ななつぼし」や「ゆめぴりか」という品種も特Aというランクを取得している。また、暖かい地域で生産されるさつまいもや落花生も東川町で生産され始めている。また、ワイナリーもある。「このような状況も前向きにチャンスと捉えて、新しいものにチャレンジしていきたい」と松岡町長。

松岡市郎・東川町長(横田撮影)

移転先で新たな雇用も

通常、酒蔵が移転となると地元との関係が難しい。しかし、山田社長は「東川町への移転には抵抗がなかった」と言う。

酒蔵にもいろいろだが、三千櫻酒造は生産量が少なく、機械など設備もそれほどない。また、不動産業もやっていない。身軽に移れる状況であった。また、山田社長自身、30代半ばまで台湾で日本語教師をした経験があり、酒蔵という仕事だけをやってきたわけではなく、視野が広く考え方が柔軟ということもあった。

先代までは保守的な経営をやってきた。しかし、台湾から帰ってきて、家業を継いだ山田社長は、新しく純米酒を造るのに先代ともめるような経験もしてきた。今回の移転もこのような山田社長のキャリアが背景にある。

結果として社員3家族が北海道に移住し、現地でも新しい人の雇用をはじめている。

酒蔵の移転が意味するものは

新しい酒の販売は好調で、東川町のふるさと納税返礼品の対象にもなった。春先は品薄のため、酒蔵の併設ショップでの酒の販売は一人1本に制限しているほどだ。北海道に来てから山田社長は、杜氏を安藤宏幸さんに譲り、社長業に専念している。「新しい蔵の杜氏はみんなやりたい。いまどき、新しい蔵なんてできないんだから。ぜひ頑張ってほしい」

山田社長は「北海道で造ったお酒は、この広い土地と同じような開放感、広さを感じる。幸いにして評判はよい。ただし自分の感覚ではまだ60点くらいかと。まだまだポテンシャルがある。東川産の『彗星』は今年はじめてなので特に難儀です。良い酒を造りに北海道に来たので、それができないと中津川の人にも申し訳ないし、東川の人の期待にも応えなければならない。地元の方々からの応援がありがたい。地元の酒ができたといううれしさが伝わってくる」と言う。

そして、「東川の人に愛してもらえる地元のお酒を造る種まきが、僕らの仕事だと思っています。地元の人がお酒を造って、飲んでくれてという会社になるとよい」。140年続く酒蔵の北の大地での挑戦は始まったばかりだが、山田社長の夢は大きく広がっている。

地球温暖化は、このように日本酒業界や農業などに大きな影響を与えはじめている。いままで必要のなかった投資が必要になったり、それによってこのように地元密着の酒蔵が移転したりするようなことが起きる。三千櫻酒造の移転は、企業にとっても自治体にとっても温暖化によるオポチュニティー(機会)とリスクを考えるための良いケースで、それが意味するところをしっかり考えなければならないはずだ。

三千櫻酒造外観(横田撮影)
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