「魔法の豆」で欧州の食生活に新風 【4Revs】世界のアントレプレナー①

世界では「食の革命」が急速に進んでいる。背景にあるのは、人間が欲望のおもむくままに食べ続けると、人の健康にも地球環境にも、とりかえしのつかない事態を招くという危機感だ。「ビーンライフ」を起業したノエミ・サランティウも、新しい社会をつくろうと立ち上がった一人だ。(聞き手・ピーター.D.ピーダーセン)
――どんな仕事をし、どんな夢を追いかけていますか。
2020年、パートナーと一緒にベルギーのブリュッセルで植物性食品を扱う「ビーンライフ」(https://www.beanlife.be/) というベンチャーを立ち上げました。最初の製品原料として、インドネシアの主食の一つであるテンペを使っています。テンペは大豆を発酵させて作った加工食品で、用途もとても広い植物性たんぱく質です。私たちは、ビーンライフのビジネスを通じて、消費者が植物性食品中心の生活に移行するサポートをしたいと思っています。
世界はとてもおかしな方向に進んでいます。食品、特に肉の消費は、多くの二酸化炭素の排出をもたらしています。私たちは、より健康的でサステイナブルなライフスタイルに誰もが移行できるよう、世の中を後押ししたい。
植物性中心の食生活に切り替える際の大きな課題の一つは、品質とおいしさを犠牲にすることなく、健康的かつ十分なたんぱく質を確保できるかどうかにあります。テンペは、一つの新しい解になるはずです。
昨今、さまざまな代替肉が市場に出回っていますが、それらが本当に健康的なのか、製造過程は大丈夫なのか、原料や添加物は安全なのか、検証が足りないものが多いと感じています。その点、豆が原料で味付けもしやすく、おいしくいただけるテンペは、理想的な食材の一つになりうると思うに至りました。私たちは、大豆からだけでなく、ブラックビーンなどヨーロッパでも広く手に入る豆を使って、新しいスタイルのテンペも作っています。

――製造も販売も手がけているのですか。
最初は、小さな一歩から動き出そうと、職人製造ラボというインキュベーターで生産を始めました。複数のスタートアップが一緒に使っている施設です。今後は、ビーンライフ専用に製造ラインを設けてもらえる小規模の食品メーカーを探そうかと考えています。
どんなプロジェクトを始めるときも、「したいこと」と「できること」を整理しなければいけません。「製造」は「マーケティング」とは違う。自分たちは一つのライフスタイルブランドとして、市場創造や消費者の認知向上や、製品の背景にある「物語」を語ることにもっと力を入れようと考えているところです。
――消費者の反応はどうですか。
私たちが提供するような新しい食材に対して、好奇心を示してくれています。欧州ではいま、植物性たんぱく質へのシフトがどんどん加速しています。植物性食品業界はこの2年で50%程度成長しました。今後5年以内に、欧州全土で70億ユーロ(約9000億円)市場にまで成長すると言われています。
そのうち、約半分は「代替肉」になると言われています。ベルギー、ドイツ、デンマークのような国では、すでに人口の10%程度がベジタリアンですし、30%前後は「フレキシタリアン」(基本は植物性食品を中心に食べるが、時には肉・魚も食べるという柔軟なスタイルを取る人のこと)になっています。私たちのターゲット市場は、このフレキシタリアンの人たちです。
――以前は、新しいスタイルのシンクタンクを創業するなど「頭の労働」をしていましたね。なぜ、「食品製造・販売」へと移ったのですか。
ここ数年、個人として暮らしを変えてみようとさまざまなことに取り組んできました。1カ月間、完全にプラスチックフリーの暮らしをしてみたり――それが現代社会ではほぼ不可能であるとわかりましたが――、食生活の中で徐々に肉を減らしたり、新しい食材を試したり。飛行機での移動を減らし、車を所有せずにカーシェアリングや自転車を利用するなど、とにかくライフスタイルを変える実験をいろいろやってみたのです。
そのなかでも「食」に一番関心があり、自宅でパンを焼いたり、ヨーグルトをつくったり、発酵の力をあれこれ試しました。そうこうしているうちに、実に多彩で面白い食材であるテンペに出合い、その魅力に引き込まれたのです。発酵によって、毎回新しい味を楽しむことができ、パートナーとふたりで「魔法の豆」と呼ぶようになりました。そして、いつの間にか、ビーンライフの創業に至りました。

――創業に際しては、苦労もあったのでは。
どんなビジネスも、その業界で成功するための事業計画や資金計画が必要です。食品業界に身を置いてみてわかったのは、バリューチェーンのなかで、ありとあらゆるプレーヤーがマージンを取っているということです。生産者、流通業者、小売企業、特に大手小売りとなると40~50%を取ったりします。そのなかで自社に残るものがあるかどうかがポイントになってきます。
どんなにいい製品を作っても、市場とのフィット感がよく、財務もある程度しっかりしていなければ、失敗します。在庫を抱える必要もあるため、ある程度のキャッシュフローも必要です。このあたりがスタートアップとして、よくつまずくところです。
――起業はかなりエネルギーを消耗する活動です。気持ちと体力をどのようにして維持していますか。
もちろん、起業にリスクはつきものです。しかし、20代で起業するのと、私たちのように30代半ばで起業するのでは、実はだいぶ違うと感じています。いろいろな経験もしてきていますし、現実主義も忘れずに、あくまで「仕事」として取り組んでいます。私たちの人生の全てを支配させないように、心がけることができています。
最善を尽くしても失敗するときは失敗する、という割り切りですが、ここには常に微妙なラインがあります。ミッションをもとに働く起業家は、すぐに働き過ぎてしまうのです。パートナーも私も、これまでに燃え尽き症候群を経験していますので、いまはとにかく常に気をつけています。やっていることを信じ、お互いを信じ、そしてチームの仲間を信じて仕事をしています。あとは、ある意味運に任せるというか、うまくいかなくても自分たちを責めないように心がけています。
「情熱」と「現実主義」が相反するときはありますし、高い理想を追い求めて仕事をする場合にこそ、そうなりがちなので、起業家にとっては要注意のポイントです。「世界に必要なこと」を追いかけるばかりでなく、「自分は何を求めたいか、どんな人生を送りたいか」を見失わずに取り組むことがとても大切だと感じています。
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