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オリックス・宮内義彦氏「国民すべてに現金支給を」「コロナ禍の今こそベーシックインカム」

オリックス・宮内義彦氏「国民すべてに現金支給を」「コロナ禍の今こそベーシックインカム」
撮影・朝日教之
オリックス シニア・チェアマン/宮内義彦

宮内 義彦(みやうち・よしひこ)
1935年、神戸市生まれ。関西学院大学商学部卒業。米ワシントン大学経営学部大学院でMBA(経営学修士)を取得後、日綿実業(現双日)に入社。64年、オリエント・リース(現オリックス)に入社し、80年に代表取締役社長・グループCEO、2000年に代表取締役会長・グループCEO、14年に経営から退き、シニア・チェアマンに。政府の総合規制改革会議議長などを務めた。

新型コロナウイルスの感染拡大で、職を失ったり、収入が減ったりして困窮する人たちがいる。オリックスの宮内義彦シニア・チェアマンは、明日の暮らしもままならない人を救うには、現状の「施し型」の社会保障ではなく、最低限の生活に必要なお金を国民すべてに支給する「ベーシックインカム」が必要だと主張する。政府の総合規制改革会議議長を務めるなど規制緩和を推進してきた宮内さんが、今なぜベーシックインカムを訴えるのか。コロナ禍で進む変化について、宮内さんに聞いた。(聞き手 編集部・大海英史)

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撮影・朝日教之

社会の矛盾が一気に

――コロナ禍による社会の変化をどう見ていますか。

「新型コロナウイルスの感染拡大は世界中が予期せぬことでした。ワクチン接種などが進んでいずれ収まるとは思いますが、コロナ前に戻ることはなく、変化した社会がその後に続くでしょう」

「科学技術の進歩が加速する一方、社会が抱える矛盾も一気に噴き出しました。10年かかる変革が3年ほどで進んでいる感じです、良いことも悪いことも。悪化するところに手当てをしないと社会はどんどん悪くなってしまいます」

――そこで必要な政策とは何でしょうか。

「私は、ベーシックインカムという仕組みを知識として知ってはいましたが、遠い将来にあり得るかなと思っていた程度でした。しかし、コロナ禍の状況を見て、真剣に今考えるべきだと思いました」

「近年世界で広がる社会の分断は、貧富の差が大きくなっていることに原因があります。日本は北欧の福祉国家に次ぐくらいの社会民主主義的な福祉政策を築いてきた面があり、社会が混乱するほど悪くなってはいません。しかし、確実に以前より悪くなっている。このまま放っておけない状況です」

コロナ禍に対応できない福祉政策

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コロナ禍で食料支給を受ける女性
Keywords
ベーシックインカム

収入や資産、雇用の状況に関係なく、政府がすべての国民に生活に必要な最低限のお金を支給する制度。収入などの審査をする必要がなく、年金や生活保護などを一本化して行政コストを減らせるという主張もある。一方、財政支出が増えすぎるという反論やばらまきという批判がある。社会実験した国の例はあるが、本格的に導入した国はない。

――現在の福祉政策では対応できませんか。

「今の福祉政策はコロナ禍のような有事の急速な動きに対応できません。コロナ禍では貧しい人がより貧しくなっていますが、生活がどうしようもなく苦しくなった人たちを救う力がないのです。生活保護はありますが、手続きをして審査を通るのに時間がかかり、受給までの間に生死に関わるような危険があります」

「ベーシックインカムは国民に分け隔てなく支給します。例えば、月7万円でも支給できれば、現行制度では保障が行き渡っていない人々ももれなく助けることができます。予期せぬ事態で困り、明日をも知れない人は時間がかかれば生活が持ちません。たとえば、非正規のパートタイムで暮らす人が雇い止めにあえば、明日から生活を維持するのが困難になります」

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撮影・朝日教之

――所得が高い人にまで支給する必要はありますか。

「お金持ちにも支給するからばらまきだという批判がありますが、一定以上の所得がある人からは後で所得税を若干上げることで回収すればいいのです。不公正だとかばらまきだとか議論している間に、困窮している人はますます苦しくなります。社会から取り残されようとしている人にまず手当てをして、その後に富裕層からはしっかり徴収することを考えればいいのではないでしょうか」

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生活保護の相談窓口

支給を受けるのは人間の当然の権利

――ベーシックインカムはコロナ禍だけの対策ですか。

「まずコロナ禍が収まるまで支給してはどうでしょう。そのうえで、コロナ対策と今までの福祉政策をすりあわせ、恒常的な制度にするかどうかを少し時間をかけて議論したらいいと思います」

「日本の福祉政策は上から目線の『施し型』です。生活保護には厳しい要件と審査があり、行政から認定されなければ給付を受けられません。支給に至るまでの時間と行政コストも大きいのです。一方、人間が生きる権利として胸を張ってもらえるのがベーシックインカムです。文明社会の分け前として受け取っていいという考え方です」

財政均衡論で「失われた30年」

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撮影・朝日教之

――宮内さんは規制緩和を主張してこられました。ベーシックインカムのようなセーフティーネット(安全網)を訴えるのは驚きです。

「1990年代からさまざまな分野での規制改革を主張してきましたが、ベーシックインカムの議論とは別のテーマです。規制改革は供給サイド、つまり価値を生産する側の話であり、生産は既得権ではなく機会を平等・公平にして、かつそれぞれが効率よく動けるようにすることで競争原理が働き、その結果、社会全体の富の総量が上がると語ってきました。今も不必要な規制の改革を進めて、生産性を上げ、経済を活性化させるという考え方に変わりはありません」

「一方で、ベーシックインカムは分配の話です。生産側の役割は社会の富をたくさん創り出すことですが、どうもそこで得られた果実の分配がおかしなことになってきているのではないでしょうか。分配は政府、行政が100%権限を握っており、それがうまく機能していないのです」

――財源はどうするのでしょうか。

「みんなに給付する財源がない、という議論がありますが、国債を発行したらいいじゃないかと考えています。近年、経済学に現代貨幣理論(MMT)が出てきましたが、私はその考えは正しいと考えています。江戸時代の貨幣改鋳、戦前の高橋是清(蔵相)の金本位制離脱、積極財政は一種のMMTではないかと考えています」

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撮影・朝日教之
Keywords
現代貨幣理論(MMT)

「独自の通貨を持つ国の政府は通貨を限度なく発行できるため、自国通貨建ての国債を発行して借金をしても、インフレにならなければ財政赤字は問題ではない」という考え方を中心とする理論。政府が借金を増やすことは財政破綻(はたん)を招きかねないとされてきたが、インフレ率が一定の水準に達するまでは財政支出をしても構わないと考える。「Modern Monetary Theory」の略。

「日本を『失われた30年』にしたのは、財政均衡論です。経済が伸びようとするには貨幣の量を増やさなければいけません。今、500兆円を超える国債を日銀が保有していますが、政府と日銀を一体の統合政府として見れば、返済に汲々とする必要はありません。むしろ国債を発行して給付し、市中のお金を多くすることで消費を増やせばいいのです」

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撮影・朝日教之

メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ

――コロナ禍では、テレワークなど働き方も変わりつつあります。

「働き方の変化は自然な流れです。これまで意味もなく会社にいるなど、日本の働き方には無駄なことが多すぎたのです」

「日本では、会社にずっと所属する『メンバーシップ型雇用』が多いので、外で通用する専門性を持たず、会社を離れたら何もできないという人生になってしまう人がたくさんいます」

「こうした日本企業の姿は、官僚の制度を組織に取り入れたことによるものです。官僚は法律に基づいて権限と責任を与えられ行政を執行します。法律に沿って、組織に必要な仕事をこなすことが責務ですので、メンバーシップ型雇用になじみます。ですので、法律からはみ出て何か新しいことを生み出そうというイノベーションは必要ありません」

「このような組織制度を大企業も取り入れてしまったのです。だから、グローバルに展開できるイノベーションを生み出せないので、国内では大企業でも、世界で戦えるような大・大企業にはなれていません」

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コロナ禍でマスクをして通勤する会社員ら

――どう変えていくべきですか。

「メンバーシップ型は同じ会社で役職が上がっていくタテの動きです。会社と運命をともにするので、会社に何かあったりリストラがあったりすると行き場を失います」

「一方、自らの専門性を磨いていろいろな会社で働き、ヨコに動けるのが『ジョブ型雇用』です。会社を離れたら何も残らないという人生ではなく、専門性を生かして仕事をしていくことがこれからの働き方であり、企業のイノベーションにも必要な人材です」

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撮影・朝日教之

「雇用の流動化が進めば、個人個人が専門性を持とうと考えます。さらに重要なのは、正規雇用と非正規雇用との差をなくすことです」

「今の法律では、企業は正社員として採用すれば定年まで雇用しないといけないため、正規雇用を少なくしたいと考え、代わりに非正規雇用の人を安く使っています。そうではなく、既得権となっている正規雇用の社員の解雇規定をつくることで雇用の流動化を図り、正規も非正規も同じように扱われるようにするべきなのです」

1人あたりGDPの豊かな社会に

――今後の日本に必要な政策は何でしょうか。

「GDPの総額を追い求めるのではなく、むしろ1人あたりGDPが豊かな社会にしていくべきだろうと。少子高齢化が避けられない中では、やはり欧州のような社会民主主義的な発想を充実させていく必要があるのではないかと思います。福祉政策を充実させ、差別をなくし、資本主義の欠けている点を修正する。もちろん自助も必要ですが、公助、共助をきちんとしていく必要があります」

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撮影・朝日教之
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